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August 16, 2024

「言語学バーリトゥード2 言語版SASUKEに挑む」川添愛

Round2

「言語学バーリトゥード2 言語版SASUKEに挑む」川添愛(東京大学出版会) 8/20発売

言語学に関する幅広い雑学を、言語学者の川添愛先生が普通に紹介するだけでなく時には寸劇、コント、フリースタイルラップバトルにしたり多種多様な表現方法で遊びながら教えてくれる本、第二弾。
前著に続き、学問的な内容なのにエンタメ度数が高い。
言語学の観点からRGの「あるある」、「ジョジョの奇妙な冒険」、永田裕志の「いいんだね、やっちゃって」、錦鯉(コントをする方)、アントニオ猪木など多彩な世界で使われる“言葉”の構成を解読する。
多彩な世界、と言いながら「プロレスとお笑いが多いな」と今気づいたぐらいだが。

どの話も笑いがあって読みやすい。
いろいろ読んでるとたまにえらい読みにくいエッセイに当たってしまうことがあるが、さすが言語学者、言葉の使い方が上手でリズムがいい。
受験の例題に使われたのも納得である。その内容は猪木の話だったらしいが。

特に倒置法がいかに聞く人にインパクトを与えるかを説明するのに永田裕志の「いいんだね、やっちゃって」をテキストに使うところが最高である。
これは2004年に一度は新日本プロレスを退団して出ていった佐々木健介が、いろいろマグマなことが起こった末に新日本に出戻り参戦することになった際、その行動に対して怒りを表明していた永田選手が対戦することになり、試合前に発したセリフだ。
これが「やっちゃっていいんだね」だとインパクトが弱い。
「いいんだね、やっちゃって」と言うからインパクトがある。
日本語の面白さを実感させてくれる解説だ。
なおこれだけセリフが伝説化しているわりに、肝心の健介vs永田戦の試合のことを覚えている人は少ない。そこがプロレスの楽しいところである。
アントニオ猪木が試合前に「この試合に負けるようなことがあれば、勝負は時の運ということだけではすまないと思いますが」と聞いたテレビ朝日のアナウンサーに一拍置いたあと「やる前から負けることを考える馬鹿がいるかよ」と張り手を見舞ったことはみんな知ってても、肝心の猪木、坂口征二vs橋本真也、蝶野正洋戦の試合内容を覚えている人は少ない。そんなものである。

読んでると雑学のようで、いや雑学なんだけど、言葉ってかなりの部分「共有」で成り立ってるんだなあ、ということに思い至る。
居酒屋に入って「いらっしゃい!」と声をかけてきたお店の人に「生で!」で通じる。
正確に言えば「生ビールを一つ、注文します」だが、極限まで削られて「生で!」でも通じてしまう。
それはお互いが「こういうことだろう」という認識を共有しているからだ。
共有があれば多少日本語としておかしくても、主語がなくても通じてしまう。
それがとても面白い。

「重複表現は短いと突っ込まれるが、長くなると違和感が減る」という話も面白かった。
「頭痛が痛い」と書くと「重複表現だ!」(重言というそう)と突っ込まれる。
だが「長年苦しんでいる頭痛が今日は特に痛い」だと、あまり気にならない。
「会社に入社する」だけだとおかしいけど、「第一志望の会社に入社した」だと気にならない。

なにげなく使っている言葉の不思議な構造に気づかせてくれる本である。
言語学の専門的な話が出てくる一方、なぜかRGに対抗して川添先生もいろんな題材で「あるある」を作っている。
プロレスラーは「余計なことをする」方が面白い。
「無駄なことはしない」プロレスラーは技術的には優れているが、見てて面白くはない。
川添先生は完全にプロレスラーである。

 

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