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May 2024

May 22, 2024

村瀬秀信さんインタビュー 後編(全2回)

村瀬秀信さんインタビュー 後編(全2回)

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【後編 フリーライター】

 

―フリーのライターというのは、仕事は自分で探してとってくるようになるんですか?

 

「最初は知り合いの編集者が仕事を振ってくれていました。でも野球の記事なんか全然やれない。

初めて野球のことを記事にできたのは、フリーになって2年目の2004年、球界再編の時ですよ。

これは『止めたバットでツーベース』にも書きましたけど、(横浜)曙町に『合併反対』の署名運動をやってるヘルス(風俗店)があったんです」

 

─ああ、その記事ありました!

 

「GON!というB級ニュースマガジンが好きで、この時はエロ本にリニューアルしていたんですけど、ここのモノクロページでやっていた西川口月報というのが、初めての野球に関係する記事ですよ。

そのあとに『週刊プレイボーイ』でホリエモン(堀江貴文)と二宮清純さんの対談記事書いたんです。
それから翌2005年に「Number」で書くことになるんですけど、軸足はまだエロ本でしたね」

 

─「Number」では何の記事を書いたんですか

 

「阪神ですよ」

 

─おお!今回の作品(『虎の血』)につながりますね。それはどういう記事だったんですか?

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「ちょうど優勝した年だったんで、阪神の優勝周りのアラカルトみたいな記事ですよ。『タイガースファンはなぜ中野に多い?』とか」

 

─多いんですか!初めて聞きました

 

「『中野猛虎会』(※)とかあるじゃないですか。東中野には『とら』っていう阪神ファンが集まる飲み屋がありますし、山手通りはずっと工事中で黄色と黒のポールが延々に続いている。

それから『道頓堀川の水は汚いのか』という水質調査記事とか、『インド人のタイガースファンがいる』と聞いて取材行ったりとか。

そういうのを集めた記事ですね」

※たけし軍団のダンカン(会長)が芸能人や、東京都(主に中野区)に住む阪神タイガースファンを集めて1992年に結成された阪神の応援集団

 

─なんかそういう『優勝こぼれ話』みたいな記事を「Number」で読んだ覚えがあります

 

「その年からトライアウトの記事も『週プレ』で書かせてもらうようになって、もう17年ですからね」

 

─だんだんそのあたりから「野球ライター」になってくわけですね。食べもの系の記事はいつから書くようになったんですか?

 

「『散歩の達人』ですね。あれもフリーになってからなんで、2003年か2004年からかな。

あんまり人がやりたがらない仕事をやりましたね。

ドヤに泊まってダニに食われてくるとか、モツ煮込みばっかり食べるとか、当時はそんな仕事ばかり。

連載が始まったのは2007年とかですね」

 

─今も続いている『絶賛チェーン店』(※)シリーズですね

 

※連載当初のタイトルは「俺の愛した国道の味 絶頂チェーン店」 。その後タイトルが. 「絶頂チェーン店MAX」「絶頂チェーン店 Full throttle」「絶頂チェーン店ビッグバン」「絶頂チェーン店六道輪廻」と進化。
連載は書籍化され、『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』『それでも気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』『地方に行っても気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』と3作が刊行。

 

「けど、野球もグルメも『失格の烙印』なんですよ。

『散歩の達人』っていい店どれだけ知ってるか、っていう雑誌じゃないですか。

その中でチェーン店やれってのは『おまえは失格だ』って言われてるようなもので。

雑食の方に行きなさい、ってことなんですよ」

 

─はあ…そういう世界なんですね。今の事務所(オフィスチタン)はいつ作られたんですか?

 

「2008年です。ライターになりたいのになれない時期が長かったのと、ガラにもなく後進を育てなきゃマズイと思ったんでしょうね」

 

─これから何をやりたい、書きたいってありますか?

 

「『虎の血』が売れてほしいです」

 

─そうですよね…。

 

「(最初の取材を始めて本になるまで)14年かかってますからね」

 

─最初に書き始めるきっけかはなんだったんですか?

 

「2011年に『Number』で『監督列伝』みたいな記事を書いたんです。 そのときに初めて岸一郎さんのことを知って。

そのときは『わずか1か月半だけ監督をやった謎の老人』みたいな記事で終わったんですけど、気になったんでいつかちゃんと調べて書きたいな、と思って。

そこから時間あるときは自主的に資料を集めたり調べてたんですよ。

ただそのときはどこの媒体でどうやって発表するとか何も決まってないし、当時の資料もそんな残ってないから行き詰まりを感じてたんです。

それで2017年に集英社編集部の内山さんとお会いした時に「阪神にかつてこういう人がいて、今調べている」と話したら「それ、うちでやりましょう」と言ってくださって。それで本になった形です。

途中でコロナになって取材ができなくなったりして、どうなることかと思いましたけどその間もずっと待っててくれて。

内山さんのおかげですね」

 

─昭和30年に1か月半だけプロ野球の監督をやった人のことを調べるというのは想像以上に大変そうな気がするんですけど

 

「まず、資料がほぼ残っていない。これが大変でした。

最終章で書かれる、晩年の岸一郎が訪れたという敦賀で行われたタイガースの練習試合も、当時の地元新聞にそのことを伝える記事が何もないんですよ。

本当にこの試合はあったのか?勘違いってことはないのか?って。

けれど本にも出てくる辻佳紀さんのご家族や、小山正明さん、川藤さんが覚えてて。複数の証言が取れたのでそれでやっと書ける、というような。

敦賀で取材していく中で岸一郎の遺族の方に出会えたのと、小山正明さんが岸一郎に再会したときのことを覚えていたのは大きかったですね。それで書ける、と思いました。

この本は、いろんな人の協力があってできているんです。

取材に協力してくれた方々もそうですし、ずっと何年間も原稿を待っててくれた編集者の内山さんもそうですし、お店の場所を提供してくださる書店さんに対しても。いろんな人の協力があって出せてるわけだから…売れて欲しいです」

 

─そうですよね。こういう、何年も地道に取材して書いた本が売れないと、今後こういうノンフィクションが企画として通らなくなっちゃいますし

 

「結構それは瀬戸際に来ている感じもするんです。

今、プロのライターとして、書くことだけで食べていけるような人が周りでもどんどんいなくなってる。

僕らのようなライターは、書いた本が売れることしか生き残る術はない;のです。

どうかよろしくお願いします」

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(インタビュー:2024.3.12日集英社会議室にて実施)

前編はこちら

May 20, 2024

村瀬秀信さんインタビュー 前編(全2回)

村瀬秀信さんインタビュー 前編(全2回)

 

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野球ならびにチェーン店グルメなどをテーマにした著作を多数出されているライターの村瀬秀信さんとは、10年以上前から交流があります。

4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ 涙の球団史』文庫版ではベイスターズファンでもないのに解説文を書かせていただきました。

村瀬さんとお会いすると、出した本に関する話や、取材を進めている現在執筆中の本の話が中心になるわけですが、その中に挟まれるご自身の昔話に「えっ!?」となる話がちょいちょい出てきます。

「4年くらい日本を放浪していた」とか、「四万十川で死にかかった」とか。

そういうわけで、村瀬さんにご自身の来歴をお聞きするインタビューをさせていただきました。(伊野尾)

 

 

【前編 放浪と物書き志望】

 

─村瀬さんは1975年生まれ、神奈川県茅ケ崎市のご出身ですよね

 

「そうです。茅ヶ崎で小中高まで通って」

 

─そこから大学へ

 

「いや、大学は行ってないんですよ。18歳で自営業をやっていた実家の経済状況が厳しくなって」

 

─高校卒業して、どうしてたんですか

 

「ぶらぶらしてました。時間はあるから、日本中のいろんなところ行って。野宿して、お金がなくなったら日雇いの仕事をしばらくする。そんな生活を4年くらいしました。最初に北海道に行って、そこから徐々に南下していって、最後は西表島まで行きました。

 

僕は幼いころから(地元の)大洋ホエールズ(後の横浜ベイスターズ)のファンだったんですけど、球場に見に行くと勝てない、ってのがずっとあって。何十試合と見に行ってるはずなんですが。行った試合で勝ったのが斉藤明夫の完封と野村弘樹の完投勝利の2試合だけしか記憶にないんですよ。あとはずーっと負けてるんです。

極めつけがその98年ですよ。西表島にいて、一試合も球場に行かなかったらベイスターズが優勝するっていう」

 

─「俺が見に行くから負けてしまうんだ」と思っちゃったんですね。放浪から、どこでライターへの道が始まるんですか?

 

「西表島から茅ヶ崎に戻ってきて、東京行くためにバイトするようになるんです。東京行って物書きになろうと思って」

 

─なんでそこで物書きになろうと思ったんですか?

 

「自分のストロングポイントがそこしかないと思ってたんですよ。中学の時にやたら文章をほめられたことがあって。

学校で作る文集で、『ナメクジvs人間』というエッセイを書いたんですよ。ちょっとした格闘ものだったんですけど、それがウケまして。

上級生のきれいなお姉さんから通りすがりに『あ、ナメクジくん』と呼ばれたりして。それがちょっとした成功体験だったんですね。

大学行けなくなった自分が人さまと勝負しようと思ったときに、これでやっていくしかねえな、と」

 

─なるほど。でも何もないフリーターの若者がいきなり『物書きになる』と誓っても、当時(1999年)だと何をしていいかわからなくないですか?

 

「なのでまずは出版社で働こう、と思って。角川書店(現・KADOKAWA)でバイトしたんですね。地下にあった配送室という、大量に届くハガキを仕分ける部署だったんですけど」

 

─そんな仕事が当時あったんですね

 

「そこで一年くらい働いて辞めました」

 

─それは嫌になって?

 

「いや、契約満了です。あと1999年の夏で世界は滅びて自分も死ぬんだろうから、バイトしててもしょうがないと思って」

 

─そんな理由ですか!()  ※意味がわからない方は「ノストラダムス 大予言」で検索

 

「空気のきれいなところで死のうと思って。それで四国の四万十川にいました。そしたら世界は終わらなかったんですけど、大水が出たんですよ。それでテント貼ってたところが流されそうになって」

 

─ええ!大丈夫だったんですか?

 

「いやビビりなんで、早くに逃げましたけどね。それで生き残っちゃたんで『やっぱり物書きになろう』と、もう一度目指すことにしたんです。

角川書店でバイトしたときに、編集プロダクションという会社があるのを知ったんで、今度はそこに入ろうと。

『フロムエー』という求人雑誌を編プロの募集が出ていないか、毎号見てました。

でも高卒を対象にした編プロの求人なんてほぼないんですよね。今にして思えばそんな何のキャリアもない奴を、わざわざ求人広告費出して募集する会社なんてないよな、ってわかるんですけど。

そこで高卒ってのがそもそも難しい、って知りましたね。

 

編プロに入るのがなかなか難しいから酒屋でバイトして。まあそのころからカネが本当になかった。

週2回、善福寺公園で『フロムエー』を見てたんですけど、あるとき本当にお金がなくて。いつも公園に来ていて仲良くなった5歳の金持ちの家の男の子に300円借りて、それで『フロムエー』買ったときもありますからね」

 

─5歳の子にお金借りちゃダメですよ!

 

「ほんとですよね。けどそうやって『フロムエー』見てた時期に、とうとう自分の人生を変える会社と出会うんですよ。それが池袋にあった、デストロンってところなんですけど」

 

1_20240520171501若いころの村瀬秀信さん(ご本人提供)

 

「デストロンの面接で、『ここが勝負だ』と思って、無茶苦茶書いたんです。

応募総数250通って言ってたかな…。そこで目立とうと思って、変な履歴書書いたんです。

『羊飼いのように穏やかな心を持ちながら、やるときはやる男です。人生を文章に捧げることを決意いたしました。今がこの才能を採用する最後のチャンスです』みたいな。

それが通っちゃったんです。ドラフト一位で。その時点でおかしいですよ。

結局、そういう(自粛)な人材が欲しかったんでしょうね。

デストロンという編プロは、もともとイタバシマサヒロさんとか、えのきどいちろうさんがやってたというところの弟子だった人間が作った会社だったんです。

そこで戦闘員として雇われたわけですよ。『デストロン』というのは仮面ライダーV3の悪の組織ですから」

 

─戦闘員は何をするんですか?

 

「…生きているうちに『嫌だな』と思う感情のすべてをやりましたね。

僕は入って二か月目で『スコラ』という雑誌で連載を持つんですけど、そこで持った連載が何かというと『北海道までカニを買いに行け』というんですよ。1万円だけ渡されて」

 

─1万円って、カニの代金ですよね。北海道までの交通費とか宿泊代は?

 

「ないですよ」

 

─え!じゃあどうするんですか?

 

「それを自分でなんとかしてこい、って企画だったんですよ」

 

─えー!どうしたんですか?

 

「原稿に書いたことで言うと、『西村京太郎ばりの鉄道トリックを使い』とかなんとか適当なことを書いて」

 

─それ、連載読んでた人はどう思ったんですかね?「トリック?なんだって?」とかならなかったんですか?

 

「いやー読者は何も覚えてないと思いますよ。連載2回で終わりましたし。『大好評につき2回で終了』となって」

 

─『大好評につき終了』って() それで第二回の企画はなんだったんですか?

 

「第二回は、『境港まで1万円でカニを買いに行く』ですよ」

 

─デストロンはどれくらいいたんですか?

 

「二年…くらいですかね。いやー、本当、ひどいもんですよ。『精神と時の部屋』にいたようなものですから」

 

─思い出したくないからもしれませんが…ほかにどんなことを

 

「…今だと問題になることばかりなので、あまり言えませんけど、いいこともあったんですよ。

ライターとしての基礎は間違いなくここにありました。

特に取材ですね。エロ本撮影、合コンルポの手伝い、カルト教団への潜入。

いろいろやりましたけど、思い出すのは渋谷の109前で女の子に声を掛けて写真を撮らせてもらうんですよ。

『パンツ撮らせてください』って。

そんなもん頭のおかしい人じゃないですか」

 

―おかしいですね

 

「やりたいわけないですよ。でも、後で気がつくんです。取材やインタビューで聞きずらい、常識的には失礼にあたることに踏み込むことも結局は同じ。

『パンツを見せてください』のパンツがなにかに変わるだけで、大事なものを見せてもらうために、手を変え品を変え押したり引いたりしているんです。

でも苦しいですよ。

目の前の人には好かれたいのに、あえて嫌われるようなことをしないといけないわけですからね」

 

─それはちょっと…

 

「だからみんな抜けていくんですよ。こんなところでやりたくない、って。けど僕は社長の一番のお気に入りだったから、

『村瀬さんが残ってくれれば俺らはやめられる』

『村瀬さんは全員(辞めるのを)見届けてから、しんがりを飾ってくれ』

とか周りのやつらに言われてて。

周りはやめていく。

ほかの人間が辞めていくうちに、『もう逃げられない』と追い詰められましたけど、最後はどうにか辞めることができて。

ただ今となっては僕自身が甘かったことも多々あったし、仕事の基礎を覚えさせてくれたわけなので、感謝しかありませんけどね」

 

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(32歳の誕生日にプレゼントにシャレで作ってもらった表紙) 

 

後編はこちら

May 16, 2024

「爪切男さん一日書店員withサイン会リターンズ」のおしらせ

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(※写真は前回のものです)

『クラスメイトの女子、全員好きでした』文庫化&ドラマ化記念・爪切男一日書店員withサイン会リターンズ』


5月下旬に『クラスメイトの女子、全員好きでした』が文庫化、7月にはドラマ化される爪切男さんが伊野尾書店でふたたび「一日書店員」として働きながらサインする『一日書店員サイン会』を開催します。
(2022年7月に続いて二回目の開催)

サイン会といっても、当日爪さんは伊野尾書店の「店員」として文庫カバーを折ったり、清掃をしたりと普通に働きます。

サインが欲しい方は、当店で本をご購入のうえ、黙々と労働中の爪さんにお声がけください。

また、他のお客様の邪魔にならなければ「働く爪切男」を撮影していただいてかまいません。

入場無料・予約不要ですので、時間内にご自由にご来店ください。
(混み合ってきた場合は順番待ちの待機をしてもらうことがあります)

みなさまのご来店をおまちしております。


【日時】 6月1日(土)14:00~19:00 

【場所】 中井・伊野尾書店 (地下鉄大江戸線中井駅A2出口となり


【サイン対象書籍】爪切男さんの本

・「クラスメイトの女子、全員好きでした」(文庫版)※新刊 
・「きょうも延長ナリ」
・「死にたい夜にかぎって」(文庫版)
・「もはや僕は人間じゃない」
・「働きアリに花束を」

 

【新刊案内】

文庫『クラスメイトの女子、全員好きでした』
2024年5月21日発売
660円(税込)
文庫判/256ページ
ISBN:978-4-08-744647-0

「おまえは、女の子と恋はできないだろう」。
突然、父から突然の宣告を受けた少年は、クラスメイトの女子をひたすら観察することにした。
宇宙一美しいゲロを吐く女の子。水の飲み方が妖怪みたいな学校のマドンナ。憧れのプロレスラーそっくりの怪力女番長。    全員素敵で、全員好きだった。
面白くて、情けなくて、ちょっぴり切ない恋の記憶。
読めばきっと、恋をしたくなる! 
全21編のスクール・エッセイ。

https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-744647-0 

【著者情報】
爪切男(つめ・きりお)
1979年香川県生まれ。
2018年『死にたい夜にかぎって』でデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。
著書に『もはや僕は人間じゃない』『働きアリに花束を』『きょうも延長ナリ』など。

https://twitter.com/tsumekiriman

 

【ドラマ化情報】

『クラスメイトの女子、全員好きでした』がドラマ化されます!

https://www.ytv.co.jp/classmate/

読売テレビ・日本テレビ系 プラチナイト木曜ドラマ
2024年7月11日(木)よる11時59分スタート
出演 木村昴・新川優愛 ほか

ご期待ください!

 

May 14, 2024

「いいひと、辞めました」ふかわりょう

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〇「いいひと、辞めました」ふかわりょう(新潮社)

四十路の独身男、平田の悩みはモテないことだ。
結婚はおろか恋人もできない。
彼を知る女性たちは決まってこう言う。
「いいひとなんだけどね…」

平田は喫茶店の隣の席で「元彼とやっちゃった」というあけすけな話をしていた二人の女性たちと出会う。意を決して話しかけて意見を聞くと、彼女たちはこう言う。

「いいひとっていうのは、他にほめるところのない、断るときの免罪符として使うのよ」
「それ自体は無害というか、無味無臭。無味無臭だから惹かれるものはない」

「いいひと」が褒め言葉だと思っていた平田はショックを受け、「いいひと」を脱却しようとするが慣れない行動はストレスとなり、体調を悪くしてしまう。
そんなある日、平田は登録しているがちっとも上手くいかない結婚相談所のスタッフ・姫野から『サイテー男養成所』という不思議な施設を紹介される。
ここに通えば「いいひと」は辞められるらしい。
意を決して養成所に通いだした平田は、教官の厳しい教えを守り、徐々に「サイテー男」になっていく…。


これは面白かった。
完全に「笑うせえるすまん」か筒井康隆の小説だ、と思った。
リアリティの枷を少しずつ外していく展開の作り方が上手い。
「笑うせえるすまん」や筒井康隆だったら最後はだいたい破滅のオチになるが、さて…と思いながらどんどん読んでしまった。
どういうオチかは言わないので読んで確かめてほしい。
ただ「ふかわりょう、小説上手いな」と思うことは間違いない。

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