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April 10, 2024

堤康次郎 西武グループと20世紀日本の開発事業

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「堤康次郎 西武グループと20世紀日本の開発事業」老川慶喜 著
(中公新書)


大正期から昭和期にかけてリゾート開発から始まって、道路・都市整備、鉄道事業、化学工業事業、百貨店運営…と事業を拡げ続け、西武グループを一代で築き上げた堤康次郎の足跡を膨大な資料からまとめた本。
「よく調べたな」と感嘆する箇所が多く、資料性が高い。これで1,210円は安すぎる。

一方で文献などの資料から当たっているので、康次郎の「やったこと」は残っていても「どうしてそれをやったのか」「どう思っていたのか」については資料からの類推みたいになる。
なので外形的な事実はつかめるが、深い部分ではわからないことも多々ある。
堤康次郎は土地の接収や女性関係の悪い話をしばしば耳にするが、そのあたりには触れられていない。
公式な「資料」が存在しないからではないかと思われる。

ただ、康次郎亡き後のグループ継承に触れた終わりの項で、清二と義明の事業に対しての考え方の違いがどのように表れていたかを分析したくだりは説得力があった。
清二は康次郎と同じく「革新」の考えがあるゆえに老境に差し掛かった康次郎の硬直的な考えと合わなくなり、義明は「理念」がなく「家徳」を守るためだけにグループの王になり、後年時代から追われるようにコンプライアンス違反で退場した、と。
この二人に関しては資料や記録がいろいろ残っていたからだろうか、とても深淵に迫っていると思う。

あらためて読むと若き日の堤康次郎は「日本のために」「普通の市民のために」という社会奉仕の心情があったように思う。
自分で考えた道筋を通すために乱暴な部分、無理を通す部分もあり、感情ではなく勘定を優先できる部分もあり、献身的な部分もあった。
それらを同居させたまま、強いパッションで世界を変えていった。

戦前・戦中の池袋がスラムだったとか、もともと池袋線は巣鴨発着の予定だったのが池袋に変わったとか、伊東から下田を結ぶ伊豆急行は康次郎の駿豆鉄道を出し抜く形で落下傘的に東急が作ったとか、60年代の箱根山戦争では対立する事業者の車を通さないよう道路を塞いだとか、知らない話が山ほどあって面白かった。
いかんせん「全部載せ」になって一つ一つの話が長いのが玉に瑕だけど、そこも「時代背景と詳細を押さえる文献」を目指していると捉えるなら評価すべきものかもしれない。

私が子供の頃、父が連れて行ってくれた豊島園、ユネスコ村、西武園ゆうえんち、西武球場、秩父、箱根。
すべて堤康次郎が作った観光地だ。
康次郎が開発したひばりヶ丘、東久留米、清瀬といった池袋線沿線の街には中学高校の友達が何人か住んでいた。
大学生の時に遊びに行った伊豆、軽井沢も康次郎が開発した。
上流階級だけのものだった「観光」を中流階級にも開放するという目的のために。

東京の西武線沿線に住む私は、かつて堤康次郎が思い描いた世界に生きている。
康次郎が今も生きていたら、東京ディズニーランドや越谷レイクタウンをどう思うのだろう。

 

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