「Phantom」羽田圭介
〇「Phantom」羽田圭介(文藝春秋)
千葉の工場で事務職として働く華美は長期投資をしている。
ニューヨーク証券取引所が開く日本時間午後10時30分、彼女は自分の資産がどれだけ増えているのか、あるいは下がっているのかをチェックし、その結果を見て次善策を検討する。
頭の中には常に資産運用があり、ゆえに現実世界で発生する細々した支払いに対し「これは妥当なのか?」という意識が常に働いている。
彼女には同じ工場で働く直幸という交際相手がいる。
彼は華美と同程度の収入であるが実家住まいなので倹約には無頓着で、GT-Rというスポーツカーをローンで買ったり高そうなタブレットを買ったりする。
彼は華美に「そんな株でお金だけ増やしても仕方ないでしょ」などと言う。
華美は彼にイラっとしたり、別のときは「やっぱりいい相手かも」と思ったり、評価を決めかねている。
そんな直幸があるときから会員制オンラインコミュニティに参加し、ネット上だけでなくリアルな集まりにも行くようになった。
「お金なんて貯めないで使わないと意味がない」
「既存の法定通貨は時間の問題で終わる」
「一期一会の出会いを大切にしたい」
オンラインコミュニティの配信者である「末(すえ)」の語る“新しい経済”論を信奉する直幸は熱を持って語り出し、やがて華美との関係が少しずつ変化していく…。
これは面白かった。
途中で飽きることなく一気に読んでしまった。
現代の錬金術と、その世界の中で踊る人々。
お金、生活、承認欲求、自尊心。
グルグルと回る人間の“業”が描かれる小説。
作中ある人物が語る、「昔あったことを知らない人たちが、それを新しいものと思い込んでいる」という言葉が頭に残る。
オンラインサロンを作って会員ビジネスを展開していくインフルエンサーがやたら古民家を再生していたり、サウナが好きだったり、「日本酒のコーラ割り」という不思議な飲み物を飲みながら配信していたり、「テレビを見る奴は馬鹿」と言ってたり、著作のタイトルが『解脱3.0』とか『まだお金なんか稼ごうとしているの?』だったり、羽田圭介さんが部分部分でそういう揶揄をしつつ、それは枝葉であって物語の中心部では決して短絡的な結論を出していない。
そして読み終わると『Phantom』(=幻影)というタイトルがあとあと効いてくる。
かつて村上龍の『限りなく透明に近いブルー』や田中康夫『なんとなく、クリスタル』が一つの時代を象徴する作品だったように、羽田圭介『Phantom』もこの2020年代を象徴する作品であるように思った。
少し時間をあけてもう一回読みたいと思う。
(H)