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February 2020

February 26, 2020

昨今の店頭風景(2/26)

昨今の店頭風景とその雑感を書いていきます。


・とにかくマスクをしているお客さんが多い。8:2くらい。女性は9割くらいマスクしている印象。
どこで買ってるの?


・これだけな風潮になると従業員にマスク着用をさせないと

「あそこは意識が低い」「店員がマスクもしてないなんて」

という評価が一定出てくるので、明日から従業員にさせようかと思っています。

が、以前風邪用に買っておいたマスクを一日一枚スタッフに渡していくとおそらく一週間しないうちに切れる。
その先どうするの?というのもあるが、もうやるしかない。

なんかほんとに「マスクするのが礼儀」になってる。
これは後年「2020年冬の街の光景」として令和の歴史に残るだろう。(オイルショックでトイレットペーパーを求める光景的に)


・お客さんの数は微減もしくは横ばい。
そもそもコロナウィルスが流行る前から書店の来客数は微減しているので、ある種変わっていない。
むしろ来てくれてる方なのかもしれない。
中井自体人が少ないような気もするが、それも以前から少なくなってきているのでよくわからない。
繁華街の飲食店の来客数が激減している、という話があるが大丈夫だろうか。


・今月末から来月の付録つき雑誌の付録が大半中国製作なため、内容を変更もしくは付録なしへの変更連絡がちょこちょこ入ってる。明確にダメージ。


・注文出してる岩田健太郎先生の本はまだ来ない。来たからって売れるものでもないかもだが。
カミュの「ペスト」とか仕入れてみたが見向きもされていない。
小松左京の「復活の日」はちょっとやめておいた。


何が売れてますか、って聞かれると相変わらず「鬼滅の刃」。
圧倒的に鬼滅。
悪魔的に鬼滅。
数だけで出すとマジでランキングの1位~10位を独占。

それ以外で言うと

「文藝春秋」3月号(芥川賞作品掲載号) 23冊
「反日種族主義」7冊
「なんで僕に聞くんだろう。」 6冊(サイン本含む)

意外に売れてるな、ってのが

「どこからお話ししましょうか」  柳家小三治  4冊
「早川ユミのちくちく服つくり」  早川ユミ   3冊

とかそんな感じ。
店長推し中の「月まで三キロ」が5冊。


・スタッフさん(主婦)の旦那さん(SE職)の同期の出向先でコロナ感染者が出た、とか聞く。遠い。近くにやってくるんだろうか。


・とにかくコンサートからサッカーからプロレスから書店イベントまでいろんな催しが中止になってるが、これマジで倒産とか失職とか出るよね?
なんてうちも今後激減するかもなのでまったく他人事ではないのだが。

3.11の原発事故直後の空気と似ている、という声を聞く。
東京以外はどんな感じなのだろう。

 

February 19, 2020

「ザ・キングファーザー」田崎健太


以前、「Number」に若き日のイチローとカズ(三浦知良)の対談が載っていた。
90年代、まだ二人とも20代だったころの時代だ。

別競技ながらお互いがお互いをリスペクトし合い、年下のイチローが「カズさん、このあとラーメンに誘ったら来てくれますかね?」(収録は深夜だった)と茶目っ気を見せてたり、心地よい対談になっていた。

その中で若干引っかかった箇所があった。

イチローがカズに対して「カズさんはすごい、だって15歳でブラジルに渡るなんて普通できない(※当時日本国内にJリーグのようなプロサッカーはなく、カズはブラジルに渡ってプロサッカー選手になる。当時はサッカー留学制度もなかった)」と向けると、カズはそれに対して「まあブラジルはいろいろあったけど」みたいな形でやんわり話をスルーして別の話題にしていった。

そこを読んだときに「カズはブラジル時代のことをあまり語りたくないのだろうか?」と気になった。


そんなときにカズの父親=納谷宣雄についてノンフィクションライターの田崎健太さんが「キングファーザー」という本を書いてるのを知り、読んでみた。
これが滅法面白かった。

 

 

静岡の資産家の子として育った納谷宣雄は高校生の頃、当時はマイナースポーツだったサッカーに熱中し、「サッカーの道」にどっぷり浸かっていく。

まだ日本が何の縁もなかった1966年のワールドカップイングランド大会を観戦しに行き、現地で見に来ていた日本サッカー協会の幹部と面識を得る。
帰国後は静岡で国内初のサッカーショップを開き、さらに少年サッカークラブの創設、地域リーグ運営といった“サッカー教育”を広めようとする。

納谷が手掛けたのは“サッカー教育”だけでなく、“サッカー事業”も多い。

まだ遠い異国のものだったワールドカップの映像を入手して各地で鑑賞会を開いたり、また外国のサッカー中継のフィルムをテレビ局に売ったり。
サッカーグッズの開発、スタジアムでのグッズ販売。
ワールドカップ観戦ツアー。
これらはすべて納谷が手を付けた事業だ。
Jリーグ発足時に爆発的にブームになった「ミサンガ」も納谷の仕掛けだ。

さらにはサッカー留学ビジネスの立ち上げ、運営。
プロサッカー選手の代理人業務。

とにかくいろんなことに手を出している。

「人が100万儲ける仕事で納谷は500万儲けて、1000万円使ってしまう」と評されたそのやり方は毀誉褒貶が激しく、よく思わない人間もいる。
しかし、日本でこれだけサッカーが浸透し、優れたサッカー選手が出てくるようになった背景には納谷が広げたことが基盤になっている部分がたくさんある。


読むと「カズの親父の本」ではなく、「納谷宣雄というサッカーの世界で良いところも悪いところも全部手を出した男がいた」という歴史と、その次男・知良が(※両親が離婚したためカズは母方の三浦姓を名乗っている)サッカーの世界で成功した」というように思えてくる。

53歳になった三浦知良は今も現役プロサッカー選手としてピッチの上に立つ。
今もなお彼は「うまくなりたい」と語る。

先のイチローとの対談でほのめかされるように、現在カズと納谷の関係は少し距離がある。
親子としてまとめて語るのは無理があるかもしれない。

しかし、尋常でないくらいサッカーを愛している点で二人は共通している。
間違いなく、この親子が日本のサッカーを作ったし、変えた。

カズの父親はそれほどまでに強烈な人生を送った男だった。


〇「ザ・キングファーザー」田崎健太(カンゼン)

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February 14, 2020

細谷功「具体と抽象」

先日注文書を見てるときに面白そうだな、と思って取った細谷功の「具体と抽象」が非常に面白かった。 

 

人間の思考には


・具体的(=個別的、わかりやすい)なものの考え

・抽象的(=まとめた同じもの、わかりにくい)なものの考え


の2種類がある。


たとえば「魚」というのは抽象的思考からの区分けで、「アジ」「サバ」「マグロ」といった個々の名称は具体的思考。

さらにそこから「豊洲市場で仕入れた大間のマグロ」みたいにさらに具体化されたりする。

「魚」という『ふわっと全体をまとめた』表現があることで私たちはコミュニケーションができるわけで、「魚」という概念がなければ「アジとかサバとか鮭とか海や川で泳いでる生き物」みたいな説明を毎回しないといけなくなる。

たとえ話が上手い人はこの「具体」と「抽象」の間を行ったり来たりする“翻訳”ができる、ということらしい。


ペットを飼う人は飼っている動物に「ごはんよ」と声をかける。

この「ごはんよ」という表現は人間の抽象的思考そのもので、抽象的思考は人間特有のものなので仮に動物が人間の言葉を解してもおそらく意味が通じないだろう、と著者の細谷氏は言う。


ペットとして飼われてる動物にとって食物とは「食欲を満たすために食べる、戸棚やラックに置いてある、袋の中に入ってる茶色くて硬いもの」のことであって、

「人間が同じようなときに普段よく食べるのは米類であって、それを『ご飯』と呼び、転じて食物全体を総称して『ご飯』と呼ぶ」

という認識を持つことは非常に難しい、と言う。



私たちの周りには「わかりやすい」表現があふれている。

その方が伝わりやすいからだ。

他方、わかりにくい「抽象」の概念を取り入れることで他の事柄との共通性を得たり、普遍的な法則を見出したりする。


そしてここが大事なことだが、「抽象的思考」を持つ人が「具体的思考」に降りることはできるが、「具体的思考」に生きる人が「抽象的思考」を得ることは難しい。


社長の指示が「昨日はA」だったのに「今日になったらB」に変わった場合、社長の中では“会社利益になるための一番よい方法”という一貫した抽象的思考が働いているが現場で具体的思考しかないと「社長は昨日Aと言ってたのに今日はBと言った、思考がブレている」という受け止められ方になってしまう。


仕事だけでなく人間関係、ものの見方などいろんな部分に応用できる話が載っています。

脳の筋トレになる本です。


〇「具体と抽象  世界が変わって見える知性のしくみ」細谷功(dZERO)

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1992年、18歳、ヤクルトスワローズ

高校の同級生だったN君は長らく「名前は知ってるが直接会ったことはない」人だった。

同じ中学受験の予備校に通ってて同じ学校に入ったにもかかわらず、予備校時代はずっと別々のクラスだったこともあって「名簿などで名前だけ知ってる人」だった。

そんなNと高校三年のとき初めて同じクラスになり、そして隣の席になった。

N君といろいろ話すようになり、彼がヤクルトファンだということがわかった。

「へーじゃあ今度神宮に見に行こうよ」という話になったとき、彼が「いいよ。じゃあチケット用意しておくよ」と不思議なことを言った。

野球の観戦チケットは「買う」ものである。

「用意」するものではない。

どういうこと?と問うと「いや、俺の親父ヤクルトだから」と言う。

親父がヤクルト?

意味がわからずにいる私に彼が説明したのは「父親が株式会社ヤクルトのお偉いさんであり、スワローズ戦のチケットはだいたい用意できる」ということだった。

そういう人種が世の中には存在し、そしてそんな人が教室の隣に座っていた、ということにただびっくりした。


そこからN君との「神宮ツアー」が始まった。

春から夏、そして秋。

N君と何度も神宮に行った。


1992年は自分にとってターニングポイントになった年だ。

大学進学。

祖母の病気と死去。

そしてN君との神宮ツアー。

全日本プロレスではジャンボ鶴田がいなくなって三沢や川田が台頭し、新日本プロレスは蝶野がG1クライマックスを制覇した。92年はそんな年だった。


祖母が8月に入院し、9月末に亡くなって10月始めに通夜と葬式が行われることになると1つ問題が発生した。

スワローズとタイガースの優勝争いは熾烈を極め、10月頭の神宮2連戦で決着が付くことになった。

その初日が祖母の葬式に当たった。


最初に母親に「この日野球に行きたい」という話をすると、「あんた何言ってるの」という反応をされた。

当然だと思う。

しかしそのときは本当に「これが1年で最大の勝負」という思いだったのでもう一度丹念にお願いすると、意外なところから助けが出た。

「いいよ、行ってきなよ」と言ったのは父親だった。

「葬式は昼間だから、夜はいなくてもいいだろう。行ってきなよ」

父親からかけられてうれしかった言葉の1位はいまだにこの時のこれだと思う。


N君と駆けつけた試合は白熱した末に荒井がサヨナラヒットを打ってスワローズが勝ち、その勢いで数日後に14年ぶりのリーグ優勝を決める。

甲子園で胴上げされる野村監督をテレビで見ながらN君に「やったな!」と電話した。思えばメールもLINEもなかった。


野村監督が亡くなったニュースを見て、ふとN君は元気だろうか、と気になった。

あれから30年近く経っている。

N君とは大学進学してからはたまに会う程度になり、その頻度も少しずつ空いていった。

何年か前まで年賀状のやりとりはあって、結婚したことを知ったがそれ以上は知らない。


あれほど見ていたスワローズの試合を今はもうほとんど見ない。

そんな去年、90年代から2000年代にかけてスワローズで活躍した元選手を集めた『スワローズドリームゲーム』というOB戦があった。

私はそれを見に行った。

一瞬N君に連絡しようかと考えたが、20年近く会ってないので気が引けた。

いま現在親交があって、同じように当時神宮に行っていたという友人の書店員を誘った。


池山、古田、岩村といった歴代のスターから「いたいたこんな選手」というマニアックな人まで集めた試合の監督を務めていたのは車椅子に乗った野村克也だった。


途中、古田が球審に代打を告げる。

すると球場全体からワーッと歓声が沸き、ベンチから古田と真中に付き添われた野村克也がバットを持って出てきた。

付き添いがあってようやく歩ける野村がバッターボックスに立つ。バットを構える、というよりはバットを持ってどうにか立っている。

ピッチャーが山なりの球を1球投げるとブルン、と空振りして倒れそうになる。

それを近くで見守る古田と真中が支える。


なんか夢みたいだな、と思いながらその光景を見ていた。

野球に限らず時間が長く過ぎてしまうと、自分が体験したことは本当にあったことだったのか夢だったのかわからなくなる。


N君と見たいくつものナイター、ハウエルのサヨナラホームラン、打者を抑えてガッツポーズを取るピッチャー岡林、蛍光グリーンのプラスチックバットを叩いて応援していた周りの観客、帰りに食べたホープ軒のラーメン。

あれはすべて本当にあったことだったんだろうか。


目の前では「申告敬遠」を告げられた野村が支えられてベンチに引きあげていく。

球場全体から拍手が起こる。やっぱり夢みたいだった。


地下鉄の中で野村逝去の報を知ったとき、「間に合ってよかった」と思った。

あのドリームゲームが一年遅かったら、野村を見ることはかなわなかった。

あれは本当に幸運なことだった。


時間は過ぎる。

誰にでも当分に過ぎていく。

いまこうして生きていることもいずれ夢のように思う日が来るんだろうと思いながら、その日のことが今はわからない。


ケータイをしまって地下鉄を降りる。

現実の日々がそこにある。


プロ野球 野村克也さん死去 84歳 戦後初の三冠王

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200211/k10012280931000.html

February 03, 2020

「染の小道」開催期間の営業時間変更につきまして


2/21(金)~23(日)の3日間、落合・中井地区では「染の小道」という染め物の街イベントが開催されます。
http://www.somenokomichi.com/

それにともない伊野尾書店は下記のように営業時間が変わります。

2/23(日)10:00~18:00
2/24(月・祝) 休業
(21(金)、22(土)は通常営業)

お手数おかけいたしますが、よろしくお願いいたします。

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