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October 07, 2019

「新潮社の百田尚樹ヨイショ感想文キャンペーン」について思ったこと


新潮社の百田尚樹ヨイショ感想文キャンペーンはそんなに叩かれるようなことなのだろうか、とずっと思っている。

考えをまとめてから書こうと思ってるうちに批判にさらされる形でキャンペーンが中止になってしまった。
ネットの世界ではどうせ来週には忘れられてしまうだろうから、備忘録として残す。


◎企画に対しての温度差

たぶん、今回のことは出版の世界から遠く、そして百田尚樹のことを「ヘイトスピーカーだが公権力を持ってる作家」ぐらいに思ってる人が一斉に「何それ…」と拒否感や嫌悪感を示した、というのが大筋だと思う。
「ヨイショ感想文」という言葉が「百田センセイ、もっともっと持ち上げましょう」というイメージを想起させた。

ただ、おそらく新潮社はそこまでゴマをする感じではなく「話題になる面白いキャンペーンをやりましょう」くらいのところから始まってると思う。
百田尚樹と仕事をしたことがある人から聞いた話と、「Newsweek」での石戸諭の検証記事を読んで感じた百田尚樹像は一致していて、それは「とにかくウケたがりの関西人のおっちゃん」である。

とかく、著述業のウケ=反響はわかりづらい。特にリアルタイムでは届きにくい。
しかしTwitterのウケ=反響は即伝わる。

Twitterの反響が面白く、その中でも特に反響があるのが政治的発言であるというのに気づいてしまってから、百田尚樹はTwitterの中でモンスター(ちなみに百田にはそのまま「モンスター」という作品がある)になった。


しかし、あぶくのような発言だけが残るTwitterから一歩外れると、そこは「ウケたがりの関西人のおっちゃん」である。
「夏の騎士」を告知するキャンペーンを考えたときに、百田自身は「おお、なんでもするでえ」くらいのスタンスだったのではないか。
でないとあんな自分を金色にかたどった銅像姿にOKなんかしない。

また、こうなってしまったのに百田は一切「自分は被害者」のようなスタンスをとっていない。
「善意の企画が空回りしただけ」と言っている。
https://twitter.com/hyakutanaoki/status/1180473595421585417

やらしい根性をしている作家であればこういうとき「自分は嫌だったけど、勝手に進められて仕方なくOKしてしまった」みたいなコメントを出すだろう。

現場周りが「ネタとしてこれ面白いんじゃない?」と考えて出したらいろんな人から「趣味悪い…」として受け取られた。
読み違い。
ただこれに尽きると思う。


◎出版社はヨイショ感想文しか求めていない

「面白くない?」と思って出したら「面白くねえよ!」と多数の人に突き返されてしまったのだからキャンペーン中止は仕方ないかもしれない。

でも今回のこれは小説のプロモーションの根っこをついていたと思う。

というのは、出版社というのは「ヨイショ感想文しか宣伝には使えない」からだ。
ある人が本を読んで、「こういうところがよくなかった」と思う。
その感想をネットに書く。全然自由。なんも問題ない。

ただし、宣伝には使えない。

宣伝に使えるのは「この本素晴らしかった」という感想だけだ。
だからその感想が欲しくて、出版社は書店員にゲラを配る。ネットギャリ―で全文公開する。

10年くらい前だろうか、出版社の人からゲラをもらうようになった頃、私は「もらった以上、必ず読まないといけない」と思っていた。
そして読んだらその感想を必ず伝えないといけない、と思っていた。

ただゲラをもらって読んだ作品(だいたい小説)は「まあまあ面白い」ものが多かった。
もっと正確に言えば「部分部分気になるところがあるけど、面白いか面白くないかでいえば面白い」くらいのものが多かった。
そうすると感想としては「この本、めっちゃ面白い!!」ではなく「うーんまあ良いんだけど、ここが気になるんだよなあ…」みたいなモヤッとした微妙感想コメントになる。
当然、出版社の人から帰ってくるのは「そうですね、そういうところありますね…お読みいただいてありがとうございました」みたいなモニャっとした返信である。
そして私のコメントが使われることはない。


そんなことを続けていたあるとき、感想を送った出版社の人に言われた。

「伊野尾さん、読んで面白くなかったら無理してコメントしなくていいんですよ」

えっ、そうなの!?とびっくりした。

「だってそんなコメント送ってもらっても、どっちみち使えないじゃないですか。出版社が欲しいのは絶賛コメントだけなんですよ」

えっ、でもせっかくゲラ送ってもらったのに、まったく無反応だったら申し訳なくないですか…?

「申し訳なくないですよ。ああ、伊野尾さんには合わなかったんだな~ってそれだけですよ。こっちは絶賛コメントをくれる人が欲しくて、でも誰が絶賛してくれるかわからないから、いろんな人に送ってるんですよ」

そのときは「そっか、どうしても俺に読んでほしかったわけじゃないんだな…」と少しガッカリしたが、今になればわかる。

あの人の言ってることは正しかった。
出版社が欲しいのは絶賛コメントだけだ。
批判は今後の参考にするかもしれないが、宣伝には何も役に立たない。

それをネタ含みとして“表”で言ってしまったとき、こんなにも拒否反応があるんだなというのを今回あらためて知った。
もちろん、そのヨイショする対象がTwitterでの絶対的悪役・百田尚樹だったというのもまた拍車をかけた。


◎百田尚樹のことをヨイショしても誰も傷つかない

百田尚樹のTwitterでのヘイトツイートを見て嫌いという人は多かろうし、特に韓国がらみのことはよくひどいこ

とを書いてるなとは思ってるが私自身、そこまで気にしていない。
申し訳ないがそこまで怒れない。
自分のことで手一杯だ。
というか、実際のところ百田尚樹が聖人君子でも汚いおっさんでもどちらでもよい。

百田の人間性と百田の書く作品はまったく別のところにある。
人間性がなんであれ、小説がよかったらほめなくてはいけない。
いけないというか、よいものはよい。

だから何はともあれ「夏の騎士」を読まないといけないんだと思う。
もし読んでよかったなら「これいいんだよ!」と言いたい。
ちゃんと言わないといけない。


もう一度書くが、作家の人間性とその人の書く作品はまったく別のところにある。

書店員という仕事をしていて、運良く本を書く何人かの人とお知り合いになることができた。
SNSもあって、わりとフラットな連絡を取れるようになった人も何人かいる。
それは私の中で「その人個人」が好きなだけであって、「その人の書く作品すべて」が好きなわけではない。
仲良くしてる作家さんにも「この作品は好きだが、こっちの作品はそうでもない」というものはある。
その「そうでもない」の方には、私はあまり触れないようにしている。

もちろん読んでいる。
でも「まあまあ」とは言えても「すっごいよかった!!」とは言えない作品だった場合、私は口をつぐむようにしている。
「うーん…まあまあ」と言われて買いたくなる人はいない。
ただ、「自分には合わなかったが、たぶんこの人(=お客さん)は気にいるのでは」というときはそこの点を抽出して薦めるようにしている。

私は書店員であって、本の感想に対して誠実でいないといけない。
そうするとすべての本に「すっごいよかった!!」とは言えなくなってくる。
けれど自分が「まあまあ」でもある人にとっては「人生の一冊」になることは往々にしてある。
だからその邪魔もしてはいけない。
口に出すのが許されるのは「絶賛」だけであって、「微妙」とか、まして「批判」は公のところで言ってはいけない。


百田尚樹をヨイショしても誰も傷つかない。
俺は傷つく!という人は、少し目を遠くに離した方がいいと思う。
承認が足りな過ぎて誰かの否定をすることだけが生きがいになってる。コウテイペンギンちゃんに「朝起きてえらい!」とほめてもらわないと。


出版にかぎらないけど、知らない人に商品なり会社なり企画を知ってもらうためには「え、なにそれ?」と振り向かせることをやらないといけない。
それは「エラーをしないように」という守りの発想では届かなくて、ときに「もしかしたら暴投になるかもしれないけど投げる!」くらいの思いきりが必要だ。
それは出してみないとわからない。
批判はいつだって後出しジャンケンなんだし。
出す前にわかるだろ!ってのも常套句だけど、おそらく世界には「出したらウケたであろうけど、上司が批判を恐れて出さなかった」プロモーションも山のようにある。
けどそちらは一生発見されることがない。だから知られない。
後世まで知られるのは叩かれた“事例”だけだ。


長くなってしまったのでまとめる。

 

私が言いたいのは

「周りが叩きだしたのを横目で見てから安心して乗っかるように叩くのはやめてほしい」

ということと

「新潮社がんばれ」

の2点に尽きる。

ネットは1回のエラーを大きく取り上げるが、99回の成功した守備には何も触れない。
その99回に書店は大きく救われている。

結局今もなお文庫レーベルで質・量ともに一番は新潮文庫だし、私の大好きな窪美澄を発見したのも新潮社だし、大好きな矢部太郎「大家さんと僕」も新潮社だ。

「週刊文春」で叩かれがちな文藝春秋もそうだが、勇み足になった部分だけは広く伝わるが、事業の根幹をなしてる「良書」の部分は基本話題にならない。
その話題にならないところを、どうやって話題にしようかと出版社の人たちが日々考えているのを私は知っている。

だから新潮社、今回はうまくいかなかったけど、次がんばれ。

てか一緒にがんばりましょう。

 


伊野尾書店 伊野尾宏之

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