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May 02, 2019

ネットとスマホのない時代から届いた手紙 ~島田潤一郎「90年代の若者たち」

90


○「90年代の若者たち」島田潤一郎(岬書店)


「そのころのカラオケは曲数がすくなかった。
だから二時間も、三時間もカラオケルームにいると、だれかが必ずリンドバーグの『今すぐKiss Me』をうたった。
あとはブルーハーツの『リンダリンダ』。
うたう本人(100%男だ)は席から立ち上がって、ぴょんぴょん跳ねて楽しそう。
ぼくは『またこれかよ』と思うのだが、“歩道橋の上から 見かけた革ジャンに”と歌がはじまると、アルコールも入っているから、やっぱりみなと同じように楽しくなって、小さな声で『ウォウウォウ』といっしょにサビをうたう」
(P.96)

 

 


去年の誕生日で僕は44歳になった。

あと2カ月で45歳になる。

 

年を取ると、寂しく感じることが多々出てくるようになった。

髪が薄くなる。
顔にしわが増え、身体がたるんでいく。
体力の低下を感じる。

そういった身体の変化に加えて、地味にショックだったのが「過去の記憶が薄くなっていく」だった。

10代のころ。20代のころ。
楽しかったこと。悲しかったこと。
いろんな感情を揺さぶられた出来事があったのに、その記憶がどんどん抜けていく。
かつて頭の中で鮮明な映像としていつでも再生できた情景が、今ではうすぼんやりした解像度の低い画像としか再生できない。

けれど、そんな薄くなった記憶が、あるきっかけで突然クッキリとした映像でよみがえることがある。

音楽を聞いたときだ。

自分では音源を持っていない曲、自分では能動的に聴くことのない曲をテレビやラジオ、映画や映像のなかで受動的に耳にした瞬間、「その音楽を聞いた場所」がフラッシュバックする。
そして思いだす。
あのときこんなことをしていた。あの人がそこにいた。こんなことを思っていた。

一瞬前までは思いだすこともなかった思い出のディティールが、解凍されて沸き出てくる。

 

  

夏葉社の代表である島田潤一郎さんが書いた「90年代の若者たち」というエッセイを読んだとき、そんなことをいくつも思いだした。

静謐で、味わいのある本を作り続けファンも多い出版社である夏葉社の代表である島田さんは本への造詣が深く、古本や書店などについてのエッセイを数多く書いている。

一方で島田さんの自著「あしたから出版社」ではパッとしなかった自身の青春時代のエピソードが描かれる。
若き日の島田さんはきらびやかな青春とは程遠い、文学サークルに所属するイケてない男たちだけで集まり、ウダウダと時間を過ごす。

「90年代の若者たち」は、そんな島田さんの「パッとしなさすぎる」青春エッセイだ。
しかし、その中にはあの時代を生きた世代であれば、誰しも触れてきたであろうキーワードがいくつも出てくる。

 

 
1990年代。
インターネットやスマートフォンはなかった時代。
僕らはテレビを深夜まで見て、CDを買って部屋で聴き、雑誌を読んでいた。
友達には家に電話をした。
家にいない時は留守番電話に用件を吹き込み、外出先の公衆電話からそれを聞いたりした。
携帯が出てきたのは後半の頃で、それまではポケベルを持ち歩いていた。

島田さんは90年代を「みんながCDを買った時代」と言う。
買った。
たしかによく買っていた。
そして年中カラオケに行っていた。

カラオケに行くとかならず誰かがBOOWYの「B・BLUE」をうたった。
電気グルーヴの「N.O.」も、光GENJIの「ガラスの十代」も小沢健二の「ラブリー」も、誰かがうたった。
僕はいつも尾崎豊の「15の夜」をうたっていた。


あったなあ、という情景を島田さんは温かく描く。
その情景はいま40歳くらいから50歳くらいのひとたちがみな、少しずつ共有している気がする。

 


高校一年の夏休み、学校の林間学校で長野に行かされた。
三泊四日くらいで、山の中にある宿舎にクラスメイトと泊まり、運動をしたり山登りをしたりする。
集団生活でストレスばかりかかった。

その帰りのバスにはカラオケ設備があった。
誰かがやろう、と言いだした。
クラスのヒエラルキー上層にいる、目立つ人たちが順番に歌いだし、それを内心(うるせえ…)と思いながら聞き流す。

あるときイントロで「あ、これ知ってる」という曲が流れた。
誰かが「これ歌ってるのって、TM NETWORKのサポートだった人らしいよ」と言った。
林間学校で何をしたかは全然覚えていないけど、長野県の山間部を走るバスの中でクラスメイトが歌うB'zの「太陽のKomachi Angel」が流れたときのことは今も頭に残っている。

 


どうっていうことのない話。つまらない話。

それでいいんだ。

そんなどうっていうことのない話を、僕らは日頃そこまで考えないけど、実は大切な関係である身近な人としないといけないんだ。

だって、その身近な人は、いつまで自分の近くにいるかわからないのだから。

明日、その人は病気で入院してしまうかもしれない。
家庭や仕事の事情で、遠距離に行ってしまい、もう二度と戻ってこないかもしれない。
気持ちの変化で、もう会わなくなってしまうかもしれない。

何か重要な話とかではない、どうっていうことない雑多な話をした時間だけが、会えなくなってから映像のように残るから。

 

 
この本を読んでから、僕はある人の顔が頭に思い浮かんだ。
学生時代、一緒によく遊んだけど、もうずいぶん交流のない人だ。
その人に、この「90年代の若者たち」を読んでほしい。いろんなことを思いだしてほしい。

でも、十年以上音沙汰がない人に、いきなり「久しぶり。元気?ちょっと読んでほしい本あるんだけど」とは送りずらい。

だから僕はこう送ろうと思ってる。


「ピエール瀧、逮捕されたね」と。


その人が「今さら!?」と返してくれることだけを願って。


(H)

 

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