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April 01, 2019

人生でかならずどれかは捨てなければいけないとしたら ~「トリニティ」窪美澄

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○「トリニティ」窪美澄(新潮社)

私が中学生ぐらいの頃、「DINKs(ディンクス)」という言葉が世の中に出てきた。
「ダブルインカム・ノーキッズ」の略で、子どもがいない共働きの夫婦を指す。
時間的にも金銭的にも自由で、ゆとりある生活が送れる生き方だとして、当時は「最先端のカップルの形」に近い語られ方をしていたように思う。
当時はトレンディドラマ全盛期、カップルの「2人」でいることが小さな子を抱えた「お母ちゃんとその旦那」でいることよりも持て囃される風潮があった。

あれから30年経った現在、この言葉を聞く機会は少なくなった。
結婚するもしないも、子供を持つも持たないもその人次第。他人がとやかく言うことではない。
「結婚して、子供を作って育てる」ことが良しとされる、旧来型の家族観は依然としてある。
それでも昔に比べればだいぶマシにはなった。

こうなるに至るまでは、先の時代に生きた多くの人が疑問を持ったり、声をあげたりしてきたという経緯がある。
そのすべてが正しかったわけではないだろうけど、我々より年上の人たちが我慢したり「これは生きづらいからやめよう」と変えようとしたことが現在の価値観につながっていることはたくさんあるはずだ。
そのことを普段考えることはあまりない。


「トリニティ」は昭和から平成にかけてそれぞれの人生を生きた、3人の女性のそれぞれ半生記だ。
閉鎖的な農村で父なき子として生まれ、産みの母にも置いていかれ、村の女性に育てられた妙子。彼女は努力と才能、そして人に出あう運でイラストレーターへの道を切り開き、ある新雑誌の表紙のイラストを描くことになる。
裕福な家庭に育ち、やがて母と同じ物書きとしての人生を歩むライターの登紀子。
サラリーマン家庭に育ち、出版社の事務職から専業主婦の道を選ぶ鈴子。

3人は1960年代にある出版社で出会う。
仕事も、育ってきた環境も、考え方もみんな違う。
ただ、男尊女卑がまだ色濃く残る時代の中で懸命に生きぬく同年代の仲間として彼女らは結びつきを強くしていく。
しかし、それも3人の長い人生の中では一瞬の点でしかない。
3人ともにそれぞれの深く長い人生が待っている―。


読み終わったとき、私は戦後50年にわたって社会で戦ってきた女の人たちのことを思った。
もちろん、今の時代には今の時代の苦しさがある。
(物語の中で鈴子の孫娘である奈央が現代の苦しさを語る役柄として登場する)
ただ、「昔はよかった」と回顧されがちな時代の中で懸命に生きていた女性がいたことをこの小説は強く訴えてくる。
すべてを得られない。
かならず、何かを捨てなければいけなかった人たちがいたことを。

私は何か捨てているだろうか。すぐに答えられない。ただ、それでもやはり女の人よりは手の中に残しているような感覚はある。

それがある限り、この小説は「現代の物語」として読み継がれないといけない物語ではないかという気がする。

(H)

 

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