« March 2019 | Main | May 2019 »

April 2019

April 24, 2019

ゴールデンウイークの営業につきまして


いつもご利用ありがとうございます。

今年のゴールデンウイークは下記の営業時間となります。

 

4/28(日) 休み

4/29(月・祝)~ 5/3(金・祝) 11:00~20:00営業

5/4(土)、5/5(日) 休み

5/6(月・祝) 11:00~20:00営業

5/7~ 通常営業

 


どうぞよろしくお願いいたします。


※4/30、5/1、5/2は新刊の発売があります


伊野尾書店

April 08, 2019

3つの衝撃があった本 ~「セイバーメトリクスの落とし穴」お股ニキ

Photo_31

 

○「セイバーメトリクスの落とし穴」お股ニキ(@omatacom)  (光文社新書)

この本は面白かった。
が、「面白かった」以上にいろんな部分で衝撃的だった…!

それは以下の3点です。


①素人(一般人)がプロ野球(およびMLB)についてここまで調査・研究・考察できてしまうこと

この本はお股ニキさん(Twitterネーム。なぜこの名前なのか説明はない。以下お股さん)が日米プロ野球の現在のトレンド、課題点を広い範囲にわたって研究、考察した本です。
お股さんは中学の途中まで野球をやってたものの、アマチュアとしての経歴は無し。単なる一ファン。
しかし長年野球見て蓄えた知識、独自に調べ上げた研究はすさまじく、お股さんのTwitterを見たダルビッシュ有が「興味深いことを書いている」と直接やり取りをするようにまでなる。

ここで大事なのは

・プロ選手から見て「気になること」を書ける一般人が存在する
・素性のわからないネット民でも有用だと思えば分け隔てなく意見を受け入れるダルビッシュの頭の柔らかさ

という二点で。

一時期、調子が上がらないダルビッシュにお股さんは

「ツーシームが縦回転してるから変化が少ない。横回転するように投げられればもっと曲がる」

とメッセージを送り、ダルビッシュはそれをきっかけに再び活躍するようになった、という逸話が本書に出てくる。
回転の向きって…!
そんなのテレビ中継でわかるものなの…?

このようにお股さんは一事が万事、「何のソフトを使ってるんだろう」と思わせる細かな分析に、「よく調べてるなあ…」と感心する現代野球メソッドに通じている。

たとえば変化球。
自分なんかはいまだに「ストレート」「スライダー」「カーブ」「フォーク」といった「実況!パワフルプロ野球」で使われていた変化球くらいしか頭にない。
が、現在ではそのあたりの球種からさらに派生した新しい変化球がどんどんできている。
「カットボール」はまだなんとなくわかる。
が、カットボールをスライダー回転させて投げる「スラッタ―」なんていう球種が出て来ており、それが今のMLBでは主流になってるという。
スラッターがいかに現代の魔球か解説したあと、さらにはその弱点についてまで言及する。
「2019年の野球の最前線」がどういう風になっているのか、非常に勉強になる。


さらに野球を見る上で多くの人が好きな采配論・戦略論についても明確な提示をしている。

「ノーアウト一塁でバントするより打った方が得点力は高い」という理論は今や明確にデータで証明されている。

最近普及してきた「2番につなぎの打者ではなく、強打者を置く作戦」は「強打者になるべく多く打席を回した方が点は入る」という当たり前の理論で、5番あたりに置くのと2番に置くのでは年間レベルで見たら打席数が相当変わってくる、というメソッドである。
こういった「かつてのプロ野球では当たり前とされていた理論とは別の作戦」の有用性がしばしば語られる。

それを読んでるだけでも「今は全然違うんだな…!」とショックを受ける。

 

②プロ野球の「効率化」が恐ろしいスピードで進んでいる現状

これだけデータ分析ができるようになると「それまでの常識」が覆されていく一方で、別の問題が出てくる。

それは「みんなが同じようなことをやるようになる」という問題である。


MLBでは「ゴロで転がすより、フライを打っていった方が得点力は上がる」という理論が一大ムーブメントになった。(「フライボール革命」)
そうすると下位打線であろうとみんながホームランを狙うようになり、打つ人もいるが三振が急増する。
人によっては「大味」と評する野球をどのチームもやるようになった。

先発ピッチャーに高いパフォーマンスの投球をしてもらうには100球を目途に交代してもらう。
能力の高いピッチャーは試合の展開を左右するセットアッパーに配置する。
クローザーはセットアッパーを何年か務めて、投球能力が落ちてきたものの経験は多く経た人間が務める。

理論で言うと間違ってはいない。
が、もはやMLBではかつての日本野球のように「エースが一人で160球熱投!」みたいな戦い方は出てこない。もしかしたら「クレイジー」くらい言われてしまう。

そうやっていくと野球が「間違ってはいないが、エンターテイメントとしてはどんどん味気ないもの」になっていく。

勝負論と観客論。エンターテインメントスポーツで常に出てくる問題が、フェイズを変えて今また野球界に出て来ている。


さらに①で書いたことと表裏一体だが、「数字が過信される」という傾向が出てくる。
いくらいろんなデータが収集できるようになったからといって、野球をやっているのは人間である。

グラウンドでプレーする者でなければわからないことは必ずある。
通常であればAの作戦だが、状況によっては今回に限ってはBの方がベターである、と現場のプレイヤーや首脳陣が判断するケースがあって当然のはずだ。

ところが「データ」「数字」を絶対視する人間は少なくないので、その人たちには「不合理」と烙印を押されてしまう。

お股さんはこれだけ精緻な分析をしていながら、その点を非常に懸念している。
松下幸之助の言葉を引き合いに出しながら
「現場で勝負をしているプレーヤーが感じた“勘”はデータよりも説得力があるもの」
と考えているのは興味深い。

この本には「理論はゼロヒャクで語られるものではない」という話がしばしば出てくる。
どうしても我々は「送りバントでの得点力は低い」と聞くと「送りバントは無意味」というように飛躍させて考えがちだ。

実際は「得点力は低いが、送りバントが有効な場面も出てくる」と判断するべきなのだろう。

イチローが引退会見で「最近のMLBの風潮として、頭を使わずにプレーするようになった」というニュアンスの話をしていたが、ようは

・データ偏重で現場のプレイヤーの判断が置き去りされている
・「三振かホームランか」の野球が進んでしまっている

という話をしたかったのではないだろうか。

 

③これだけの知識と見識を持つ人が「本というメディアに全然興味を持っていない」こと

お股さんは野球を見ることと語ることは好きだがそれを発信することで何かを得ようとか、有名になりたいといった欲はそれほどなかったように見受けられる。
当初本を出すことにも興味がなかったという。
(結果的にそこから口説いた編集者さんグッジョブと心から思う)

もちろんこれまでの時代でも「人々に有用な見識を持ちながらそれを広めることに興味がない人」というのはいたと思うが、現代は「SNSなどで発信して小さなコミュニティがあればそれで満足」という世界が「執筆者側(発信者)」にも「読者側(フォロワー)」にも広がっている。
本当は「本というメディアは、そういった有用な見識が詰まってるんですよ」と広くアプローチしてほしいのだが、残念ながら多くの人々(特に若年層)にそれは伝わっていない。そこが個人的には非常に気になっている。


新書という本は「ある専門分野について安い金額で広い見識を広める」という目的で出ていると思うが、それに見事合致した本だと思った。

野球が好きであればぜひ読んでもらいたい一冊です。

(H)

April 01, 2019

人生でかならずどれかは捨てなければいけないとしたら ~「トリニティ」窪美澄

Photo_30

 

○「トリニティ」窪美澄(新潮社)

私が中学生ぐらいの頃、「DINKs(ディンクス)」という言葉が世の中に出てきた。
「ダブルインカム・ノーキッズ」の略で、子どもがいない共働きの夫婦を指す。
時間的にも金銭的にも自由で、ゆとりある生活が送れる生き方だとして、当時は「最先端のカップルの形」に近い語られ方をしていたように思う。
当時はトレンディドラマ全盛期、カップルの「2人」でいることが小さな子を抱えた「お母ちゃんとその旦那」でいることよりも持て囃される風潮があった。

あれから30年経った現在、この言葉を聞く機会は少なくなった。
結婚するもしないも、子供を持つも持たないもその人次第。他人がとやかく言うことではない。
「結婚して、子供を作って育てる」ことが良しとされる、旧来型の家族観は依然としてある。
それでも昔に比べればだいぶマシにはなった。

こうなるに至るまでは、先の時代に生きた多くの人が疑問を持ったり、声をあげたりしてきたという経緯がある。
そのすべてが正しかったわけではないだろうけど、我々より年上の人たちが我慢したり「これは生きづらいからやめよう」と変えようとしたことが現在の価値観につながっていることはたくさんあるはずだ。
そのことを普段考えることはあまりない。


「トリニティ」は昭和から平成にかけてそれぞれの人生を生きた、3人の女性のそれぞれ半生記だ。
閉鎖的な農村で父なき子として生まれ、産みの母にも置いていかれ、村の女性に育てられた妙子。彼女は努力と才能、そして人に出あう運でイラストレーターへの道を切り開き、ある新雑誌の表紙のイラストを描くことになる。
裕福な家庭に育ち、やがて母と同じ物書きとしての人生を歩むライターの登紀子。
サラリーマン家庭に育ち、出版社の事務職から専業主婦の道を選ぶ鈴子。

3人は1960年代にある出版社で出会う。
仕事も、育ってきた環境も、考え方もみんな違う。
ただ、男尊女卑がまだ色濃く残る時代の中で懸命に生きぬく同年代の仲間として彼女らは結びつきを強くしていく。
しかし、それも3人の長い人生の中では一瞬の点でしかない。
3人ともにそれぞれの深く長い人生が待っている―。


読み終わったとき、私は戦後50年にわたって社会で戦ってきた女の人たちのことを思った。
もちろん、今の時代には今の時代の苦しさがある。
(物語の中で鈴子の孫娘である奈央が現代の苦しさを語る役柄として登場する)
ただ、「昔はよかった」と回顧されがちな時代の中で懸命に生きていた女性がいたことをこの小説は強く訴えてくる。
すべてを得られない。
かならず、何かを捨てなければいけなかった人たちがいたことを。

私は何か捨てているだろうか。すぐに答えられない。ただ、それでもやはり女の人よりは手の中に残しているような感覚はある。

それがある限り、この小説は「現代の物語」として読み継がれないといけない物語ではないかという気がする。

(H)

 

« March 2019 | Main | May 2019 »

My Photo

他のアカウント

ご注文はこちらまで

May 2019
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31