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March 06, 2019

あの頃、同じ虹を見ていた仲間たちに ~「夜の虹を架ける」市瀬英俊

○「夜の虹を架ける 四天王プロレス『リングに捧げた過剰な純真』」市瀬英俊(双葉社)

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「山の頂の向こう側へ。愚直なまでに前へ前へと突き進む男たち。
 すべては、観客の心を揺り動かされるために―」(本書より)

自分が子供だった1980年代、テレビで見るプロレスは「怪物たちのケンカ」に見えた。
スタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ、ザ・ファンクス。ジャイアント馬場にジャンボ鶴田。
名前もすごいし、体も大きい。
テレビ画面に写るプロレスラーたちは人間なんだろうけど普通の人間じゃない、マンガやアニメに出てくるキャラクターのように見えていた。

そこから時代が少しずつ変わってって、プロレスラーは少しずつ「怪物」から「人間」に近づいていく。
90年代半ばの全日本プロレスの中心にいたのは三沢光晴、川田利明、田上明、小橋健太。
名前も、見た目もだいぶ「人間」になっていた。
だが彼らが「人間」でなかったのは、常人では考えられないような、極限まで命を削り合うようなハードな試合をリングで見せていたことだった

だいたい2カ月に1度開催される全日本プロレスの日本武道館大会。
その二階席からリングを見下ろしながら私はいつも興奮とともに「うおお!」とか「すげえ!」といった声にならない声を出し、同時に「この勝負はどうなるのだろう…」「どこまでいくのだろう…」という底の知れない不安、二つの気持ちに挟まれていた。
そして激闘の末に勝負が決すると「川田、負けたか」「三沢、強いな」という勝敗への感情と、「やっと終わった…」と解放されるような気持ちの両方があった。

大会が終わって武道館の外に出るとそこでやっと深呼吸ができる。
九段下駅までの道は武道館から吐き出された大勢の人で埋め尽くされている。
その道を人の流れに沿ってずるずると歩きながら

「三沢、すごかったな」
「すごかった」
「タイガードライバー’91はやばいだろう」
「あれはやばい」
「やばいよな…」

といった、会話にならない会話を同行の友人としながら駅に向かう。

それが自分にとっての90年代の全日本プロレスだった。

マイクで言葉をアピール選手はいない。
入場で演出をされることもない。
リング上の選手を襲って因縁が始まったり、ましてはバックステージで起きた出来事が原因で次の試合を組まれたりすることもない。
特別な試合形式もない。

あったのは必要最低限まで装飾をそぎ落とした生身のレスラーたちによる、極限まで身体を張った戦い。
それに私たちは酔った。
またあれが見たい。もっとああいう試合を見たい。
そうして酔い続けた。

結果、選手は。ファンは。プロレスは―。

 

今は2019年。
プロレスは今も続いている。
けど、あの時から「プロレス」は間違いなく変わった。

酔いが醒めた今、振り返る。
あの頃の全日本プロレスとは、何だったのか。なぜあんな試合になったのか。
当事者たちの今言える証言。
そして明かされる事実。

それまでやっていたことが「もう時代のニーズに即していない」と判断されたとき。
それまでやっていた人が身体の不調を訴えて退いたとき。

あとを任された若い彼らはやらなければならなかった。
何を。
それまで誰もやっていない、誰も見たことがないようなプロレスを、自分たちで――。

「週プロの市瀬記者」が全日本プロレスの熱心な伝達者だったことは当時も知っていた。
しかし、「全日本プロレスの凄さを伝える」市瀬記者自身がジャイアント馬場とともに全日本プロレスの対戦カードを決めていたことは知らなかった。

やがて市瀬氏はその職務を解かれ、プロレス記者からもひっそりと離れた。
長年プロレスと距離を置いていた氏は「あるきっかけ」を元に、この長大な物語を書き始める。
そうして書きあげたこの作品は氏の集大成であると同時に、「絶対にこの物語を残す」という執念、情念も感じさせる。

「夜の虹を架ける」ここには人間の記録がある。
 

あのとき、武道館で同じ虹を見ていたすべての仲間たちに。

たくさんの虹を見せてくれた選手たちに。

締め切られた世界に架かっていた夜の虹を知ることなく、別の時間を過ごしていたたくさんの人たちに。

 
どうか届きますように。

 

「未来のことは誰もわからないし、三沢さんもそうなろうと思ってそうなったわけじゃないし。皆が一生懸命やってきた、その事実があるだけで」(小橋建太)

 

「日本武道館のメインの試合って、終わってマットに横たわってると、マットが照明の光で熱いんだよね。体もワーッと熱くなる。
 だいたい頭を打ってるから細かいことは覚えてないんだけど、その熱さで試合が終わったんだなあ、と」(田上明)

 

「このまま超世代軍でやってたら死ぬって思ったの。肉体的に、もう死ぬなって。異常だったですよね。異常に酔ってた。
 自分がどういう状況にいるかわからない。自分もそうだし、相手もそうだし、見ている周りもそう。
 みんな酔ってるから、その試合がどれだけ危ないかということをわかっていなかった」(菊地毅)

 

「パニック障害のことは恥ずかしくて誰にも言えなかったですね。(中略)当時はタイトルマッチ以外にも、上の人とのシングルマッチが多かった。そこに向かって『どうしたらいいんだろう』と考えると、交感神経が優位に立って、興奮して寝られなくなるんです」(秋山準)

 

「(川田は)4人の中で一番覚悟を持ってやってたよね。身体を張ってた。四天王の中では一番小さいから無理をしてたよね。努力家ですよ」(馳浩)

 

「プロレスとは、裸の詩(うた)、心の詩、漢の詩、涙の詩、魂の詩!」(若林健治)

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