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November 14, 2018

野球は人生に似ている~ 村瀬秀信「止めたバットでツーベース」

野球が好きな人へ。
野球を見るのが好きな人へ。
人生の機微を感じさせる文章が好きな人へ。
人間が好きな人へ。

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○「止めたバットでツーベース」村瀬秀信(双葉社)

村瀬秀信による野球作品を集めた選集。

村瀬さんは野球「だけ」を書かない。
「野球をめぐる人々」の物語を書く。

第1章、『君は近藤唯之を知っているか』

かつて近藤唯之というライターがいた。
野球を題材にした本を何冊も出していた。

いま、書店に近藤唯之の本は並んでいない。ほとんどが絶版か品切れになっている。

学生野球をやっていた近藤は「野球をする」側をあきらめ、「野球を書く」側に回る。
組織の指示よりも「独自取材」を徹底する近藤は周囲の理解を失いながらも珠玉の原稿を書き続け、本を出し続けた。
独自の言い回しと浪花節のようなドラマを絡ませた“近藤節”で数多くの読者を魅了した名ライターにも、やがて晩秋の季節がやってくる。
物書きの栄華と衰退を描いたこの作品は、最後に映画のようなドラマが待っている。

第6章、『ヤクルト芸術家』。

画家・銅版画家、ながさわたかひろ。
雑誌「美術手帖」に連載を持ち、岡本太郎現代芸術賞特別賞を受賞している彼は、2010年から愛するスワローズの試合の名場面を銅板に描き、それを紙に刷り出し、カードにして球団に届ける、という活動を始めた。
それは特定の試合だけではない。公式戦全試合である。全試合観戦し、自分で「今日一番のプレー」と思った場面を試合後から銅板に描きだし、完成させて翌日球団に届ける。

それは金銭の発生しない無償行為である。
シーズン中は試合があれば休みなく描き続けることになる。

彼は自分をながさわ“選手”と自称し、「スワローズの一員」と自認する。
ひたすらチームへの“愛”を形にして作品にしていくが、やがて活動を続けていくことが難しくなる、大きな転機が訪れる…。

第17章、『PLチャーハン』。

野々垣武志は中学生の時に見た桑田・清原のKKコンビに憧れ、1987年にPL学園に入学する。
ショートを守る野々垣の2年先輩に立浪和義、1年先輩に宮本慎也がいた。
あまりに過酷な寮生活に野々垣は何度も脱走し、そのたびに周囲に説得され寮に戻ることを繰り返しながら、野球部に残った。

卒業後、野々垣はドラフト外で西武ライオンズに入団する。
結果が出ず、広島、ダイエー、そして台湾と球界を渡り歩くが、ついに球団から解雇を宣告される。
路頭に迷う野々垣に「なあ、俺の運転手兼マネージャーをやってくれんか」と声を掛けたのはPL学園の大先輩で、後年ライオンズのチームメイトになった清原和博だった。

しかし、清原はそこから苦悩の時期を迎えることとなる。
野々垣、清原、二人が迎えたそれぞれの人生、それぞれの軌跡。

 

18+αの物語で「野球を見る人」「野球をする人」「野球をする人を育てる人」の物語が描かれる。
そしてなぜ表題作が最後に収められているのか、なぜ『村瀬秀信 野球短編撰集』という改まった呼び方の著作集を出すことになったのか、最後まで読むと「ああ、そうだったんだ…!」という一つの答えが明かされる。

読んで思う。

野球の結果は人生に反映されない。けど、野球は人生そのものであったりする。

わたしたちはなぜ野球を見るのか。
なぜ野球が好きなのか。

その答えが、この本の中に書いてある。
すべての野球ファンに読んでほしい。

「野球は人生に似ている。こちらの意図など関係なく、球の行方は神のみぞ知る。
止めたバットでツーベースになることもあれば、ベストを尽くした最高のバックホームが目の前で大きくイレギュラーしてしまうこともある。
勝った負けたなんて結果は一瞬の幻。
僕らは目の前のこの試合に、ああだこうだ言いながら、命を燃やすことができればそれでいいのだ」
(表題作「止めたバットでツーベース」より)

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