« 「佐山さんですか?普通の人ですよ」と田崎さんは言った ~「真説・佐山サトル」 | Main | 芸能界の天と地を見た男の40年史 ~岡野誠 『田原俊彦論』 »

August 15, 2018

コミュ障の詩人が見た喜びと絶望 ~「原民喜 死と愛と孤独の肖像」梯久美子

Photo_2

○「原民喜 死と愛と孤独の肖像」梯久美子(岩波新書)

原民喜は戦前・戦後に作品を多く出した詩人、作家である。
広島で被爆した体験をつづった「夏の花」が代表作だが、そこまで名前を知られた作家ではない。

私はこの本を読むまで原民喜を知らなかった。
ただ、原民喜の半生を通じて大正、昭和初期に生きた「個人の生活」を知ることは大変面白かった。
昭和49年生まれの私が想像できる「個人の生活」はせいぜい戦後生まれくらいからであって、明治生まれの個人の生活は想像できなかった。

町には喫茶店があり、気になる人とお茶を飲む。夜は酒を飲みに行く。
生活に余裕がある若者は学校に行かなくなり、夜型の生活をする。
暗く湿っぽい人生を照らすきっかけになるのはたいがい異性の存在である。

原は広島の資産家生まれだったということもあると思うが、昭和初期も個人の生活は意外と今と変わらない。

原の作品世界は繊細な感受性によって作られる。
繊細な感受性は対人コミュニケーションを困難にし、時に生活能力を低下させる。
原が生きた時代は彼にとって生きずらい時代であったと思うが、それゆえに彼が作品を通じて放つ「生の記録/孤独/愛」は読む人に静かに強く訴えかける力がある。
孤独は思考の刃を内面に向かわせる。
考えれば考えるほどよりネガティブに、より悲観的に、暗く悪い方向に考えがちである。
彼の生きた時代は気を紛らわせるものが少ない時代だった。
それは作品を純化させるためには有効だった半面、個人にとっては生きづらい時代だったのではないかと、気を紛らわせるものにあふれた現代からは見える。
どちらがよいというものではないだろう。
そういう時代だった、というだけで。

この本には気になる点が一つある。
それは著者の梯久美子氏が「原民喜をどういう経緯で知り、どうして興味を持ったのか」があまり語られないところだ。
あとがきに
「個人の発する弱く小さな声が、意外なほど遠くまで届くこと、そしてそれこそが文学のもつ力であることを、原の作品と人生を通して教わった気がしている」という記述が唯一あるが、そこをもう少し掘り下げて書いてもらえば読む側も思い入れを持ちやすいだろうなと思う。

だが最後に「いまだ存命中とわかった神保町のU子さん」を追い求めて著者が会いに行く場面は「史実」と「現実」が一気につながる迫力のある場面だった。
そして89歳のU子さんの語る言葉もまた人と人との関係を他者が知れる限界を教えてくれるようで、深く心に残るものだった。
多くのものを失っていく晩年の原がU子さんに感じた感情を、私もまたずっと考えている。

(H)

« 「佐山さんですか?普通の人ですよ」と田崎さんは言った ~「真説・佐山サトル」 | Main | 芸能界の天と地を見た男の40年史 ~岡野誠 『田原俊彦論』 »