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July 25, 2018

自分を燃やし続ける天才・山里亮太

山里亮太を初めて見たのは両国国技館のリング上だった。
2013年8月、プロレスとアイドル、ロックコンサートなどがコラボしたイベント「DDT万博」でのことだ。
 
オープニングで進行役としてリングに上がった山里亮太はいきなり満員の観客からブーイングを浴びた。
その時点で彼について知ってるのは
「しずちゃんと南海キャンディーズというコンビを組んでいる」
「アイドルとよく仕事をしている」
ということしかなく、なぜ彼にこんなにブーイングが飛ぶのかよくわからなかったのだが、とりあえず右に倣って僕も大声でブーイングした。
 
山里はプロレスを見たことがない、と言っていた。
単純にこの日メインに出場した男色ディーノという選手と仲が良く、「たのまれたから」みたいな話だった。
彼はファンから容赦なく浴びせられるブーイングにいちいちリアクションし、進行では演者に的確なツッコミを入れ、出てきたアイドルになぜかボコボコにされる。
よく知らないながらも「あの人面白いなあ」という空気が作られていく。
大会は盛り上がった。
 
大会の最後に彼が
「プロレスって本当、面白いですね。この場にいさせていただいて、皆さんと一緒に盛り上がることが出来て本当に良かったです。この想いが、もっとプロレスが広がるように、僕にできることがあったら少しでも手伝っていけたらなぁと思っています」
と言うと数時間前にはブーイングを飛ばしていた観客は大きな『山ちゃん』コールを送った。
ブーイングの理由はわからなかったがこの大声援の理由はよくわかった。「盛り上げてくれてありがとう」という気持ちだ。
リング上で山里、いや山ちゃんは「もう!この人たち飴と鞭が上手いんだ!」と泣いていた。
 
 
あれからいろんなテレビで山ちゃんを見るようになった。
もしかしたらそれまでもいろいろ出ていたのかもしれないが、ピントが合っていなかったんだと思う。
おかっぱ頭に赤メガネ。
くせのあるビジュアルから出される言葉は実に語彙が多く、「この人頭いいんだなあ」と実感させられた。
 
それからも山里亮太はDDTプロレスに何回か登場した
もういろんなテレビに出ていて、『南海キャンディーズの』という肩書はいらないくらいの知名度を持っていたのに、DDTではゲストとして来たはずがなぜかパンツ一丁にされて試合に駆り出されたり、「友情のため」という名目で肛門を爆破されたり(そういうのがあるんです)、団体への献身的すぎる姿勢と愛情を身体を張って見せていて、その姿にいつも深い感銘を受けていた。
まあ根本的にそういうのが好きなんだろうと思うが、なかなかできることではない。
 
 
そんな山ちゃんは2006年に自著を出している。
タイトルは「天才になりたい」(朝日新書)。
しかし昨年、版元品切れになってしまった。
伊野尾書店で昨年5月にフェアを組んだときには入って来たのだが、追加しようと再注文したら品切れになっていた。
 
今回の『天才はあきらめた』はその『天才になりたい』を加筆修正したものだ。
12年の間に天才になるのはあきらめてしまったらしい。
しかし『天才はあきらめた』を読むと、山ちゃんは普通の人が持ちえない、ある卓越した能力を持っていることがよくわかる。
 
それは「劣等感を努力のガソリンに代える」能力だ。
この本で描かれる山里亮太は自身を極めてネガティブに見る側面と、自分の能力を高く見積もり他人を下に見る自信過剰な側面の両方を持っている。
その二つの間を行ったり来たりする様がしばしば描かれるが、彼がすごいのはお笑いの仲間、先輩、仕事相手、ファン、いろんな人間に心ない言葉を言われたり屈辱的な行為をされたことをそのまま相手に返さず「今に見ていろ」と心につなぎとめることだ。
 
「復讐のノート」と呼ばれるノートに屈辱的な言葉を書く。
だらけたくなったり、やる気が出ないときにはそのノートを見て怒りを思い出す。
怒りを行動するエネルギーに代えていく。
この“自分を燃やしていく方法”がハンパない。
山里亮太が天才であるとすれば(本人はあきらめたと言ってるが)、それは語彙力とか機転の利き方とかお笑いの才能とかではなく、この「前を向くエネルギーの生み出し方」と「その継続力」である。
 
若林正恭は山里亮太の家に遊びに行ったとき、机の前の壁に『他の人たちがコンパをしている間に一つでも新しいワードを生み出す』と書いた紙を張りだしてあったことを強く記憶している。
かつて大きく自分の前に立ちふさがった「自分は(他の芸人に比べ)面白くない」という巨大な劣等感。
それを彼はどのようにして超えていったか。
すべての人に「前を向く参考書」になる本だと思う。
 
「天才とは尽きない劣等感と尽きない愛のことなのだから」(若林正恭)
 

〇山里亮太「天才はあきらめた」(朝日文庫)

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