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May 08, 2018

「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」を読んで思い出したこと

 
池袋駅西口を出て地下通路を歩いていくと、ルミネの地下1階にドトールコーヒーがある。
かつて僕はその場所で一人の女の人と待ち合わせた。
それは出会い系サイトで知り合った人だった。
 
書店で仕事をするようになって2年目の、24歳の秋。
恋人はずっといなかった。
友達は学生時代の仲間しかいない。
その彼らも社会人3年目くらいになり、だんだんと連絡の頻度が減ってきていた。
職場には両親しかいない。
仕事仲間と呼べる人もいない。
人と会話する時間は少なく、塞がった気持ちを持てあます、そんな毎日をただ過ごしていた。
 
あるとき、読んでいたパソコン雑誌で「メール友達募集サイト」という存在を知り、そこに登録していた何人かの人にメールを出した。
そうすると何人かからは返事が返ってきた。
手元のパソコンからメールを送るだけで、全然知らない人とつながることができる。
その一年くらい前までパソコンもインターネットも触れていなかった人間にとって、それは衝撃的な発見だった。
それから数人の人とたわいもないメールのやり取りをするようになった。
あるとき、その中一番メールのやり取りを頻繁にしていた女の人に「ご飯でも食べませんか」と送ったら「いいですよ」という返事が返ってきた。
その待ち合わせ場所が池袋駅西口ルミネ地下の噴水広場、現在ドトールコーヒーがある場所だった。
 
2000年11月の最終日曜日の夕方。
僕は噴水広場の前にいた。
携帯電話が鳴って「着きました。どこにいますか?」という声が聞こえると同時に、視界の端で電話片手にウロウロしている女の人が見えた。
その人がここ数か月、メールのやり取りをしていたMさんだった。
背が低く、丸顔で眼鏡をかけたMさんの第一印象は「普通の人だな」だった。
 
Mさんと僕は西口のイタリアンレストランに入った。
メールを始めるときに自己紹介で「本屋で働いている」ということを言っていたので、本の話が多かった。
大槻ケンヂの『グミ・チョコレート・パイン』の話をしたことを覚えている。
 
会話は盛り上がり、気がつくと夜の11時を過ぎていた。
しゃべりながら考える。
Mさんの家は大宮と言っていた。
埼京線の終電って何時なんだろう。わからないけどもうそろそろなんじゃないのか。しかも今日は日曜日だ。いつもより早いんじゃないだろうか。
 
Mさんが帰る様子はない。
これは、このあとのことを考えないといけないのだろうか。
頭の中で「このあとの予定」を考える。
池袋の「帰らなくていい場所」を脳内で検索する。
でも、どうなんだろう。
彼女は欲しい。
ではこの人と、俺はつきあいたいんだろうか。
 
Mさんは楽し気に何かの話をしている。
それを遮るように僕は突然「お会計しましょう」と立ち上がった。
Mさんは一瞬「えっ」という驚いた顔をして、それから「ああ…」という感じで財布を出した。
そして実際にははるかに余裕があったにも関わらず「すみません、そろそろ終電も近いんで帰ります。今日はありがとうございました」と言って、店の前でそそくさと別れた。
駅までも一緒に行かなかった。
 
それ以来、僕はMさんに連絡をとっていない。
あのイタリアンレストランで「違う」と思ってからは、メールを続ける気力がなくなってしまった。
 
その後、僕はそのサイトを使って2人の女性と会った。
一人とは一緒に演劇を見たりした。
どちらの人も普通の、ちゃんとした人だった。
けど会って話をしている分にはいいのだが、つきあいたいのか?と自分で考えると「うん…」と詰まってしまう。
そして一度会ってしまうと「あの人と関係を深めたい…とは思えない」と考えてしまい、それ以上連絡することをせず、関係は終わりになった。
 
それ以来、このサイトを見てメールを送ることはしなくなった。
 
当時の私は、出会った女の人を「恋人候補」という側面でしか見ていなかった。
まるでアルバイトの採用面接のように、目の前に突然現れた、昨日まで顔も知らなかった女の人を自分の恋人候補として「採用」「不採用」か、心の中で決めていく。
今にして思えば一人一人考えてることは違ってたし、浅く緩い「知り合い」という付き合いをすればよかったと思うが、そのときはそう思えなかった。
ただ、そういった失敗も含めて、この時のことはなにかしらの経験値にはなったのかな…という思いだけが残っている。
 
 
花田菜々子 さんの「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」(河出書房新社)を読んだとき、そのときのことを思い出した。
ヴィレッジヴァンガードで店長をしていた花田さんは旦那さんとの離婚にあたって家を出る。
しかし行先はない。
大きな荷物を抱えてネットカフェやカプセルホテルを泊まり歩き、そこから職場に向かう日々。
そうした中で、長年好きで続けてきた仕事についても徐々に疑問を抱くようになってきた。
このままでいいのか。
これから自分はどうしたいのか。どうしたらいいのか。
 
煮詰まった中で、たまたま知った出会い系サイト“X”。
花田さんはそこでちょっと変わったことをしてみようと考えた。
そこで始めたのは、出会い系サイトの中で『あなたにぴったりの本を紹介する』という活動だった…。
花田さんにとって“X”と、そこで出会った人たちは自分の新しい人生を広げていくきっかけになっていく。
嫌な目にあった話も出てくるけど、人と出会う体験を通じて「そうか、こんなことをしてもいいのか。こんな風にすると楽しいのか」と発見する話が出てくる。
そこがすごくいい。
その体験によって「こうでなければならない」という思考の“柵”が取れ、自由な発想と行動ができるようになる。
そうすると、花田さんの人生はどんどん変わっていく。
 
 
この物語は人生に煮詰まっていた一人の女性が、たまたま始めた活動で「人生を取り戻していく」話だ。
もちろん話自体面白いのだけど、多くの人に「人生が変わる瞬間」を示唆していると思う。
“X”という出会い系サイトについて、花田さんは「ここは、どこかに行く途中の人が集まる場所」という感想を抱く。
僕が「メール友達募集サイト」で知り合った人に会っていたあの頃、僕も、僕の出会ったMさんたちも「どこかに行く途中」だったのだろうか。
もちろん時代も、サイト自体も、会った人も、何もかも花田さんの場合とは違うのだけど。
 
 
 
花田さんとは数年前から交流がある。
大商談会という、書店が仕入れをする場でたまたま共通の知人に紹介された。
一昨年の冬、花田さんがパン屋の一角に併設した本屋の店長をされると聞いて、お店を見に行った。
平日の夜、下町の住宅街を歩いていくと少し大きめの食品スーパーがあり、その隣にできたばかりの新しいパン屋があり、その一角に小さな本屋があった。
パン屋はもう閉店していて、夜の街にガラス戸の中の本屋の灯りだけが遠くから見えた。
花田さんは一人で、レジカウンターの中で何か書き物をしていた。
その姿が映画「ユー・ガット・メール」でメグ・ライアンが演じていた小さな本屋の店長みたいで、「なんか映画に出てきそうな店ですね」と花田さんに言ったのを覚えている。
花田さんは「なんですかそれ」と笑っていたけど、この本を読んでからはそもそも花田さんの人生が映画みたいだったんだな、と思う。
 
けど花田さんはきっと自分の人生が映画みたいだとは思ってないだろうし、後から考えれば「たまたま」映画みたいな人生になっただけなんだろう。
そしてそれは誰でもそうで、ちょっとした選択で、ちょっとしたきっかけで、劇的なドラマの第一歩は目の前にあるんだろう。
 
 
「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」
 
やたら長いタイトルのこの本が、どこにもたどり着いていない、どこかに行く途中の人の手に取られますように。
 

Photo

(H)

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