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April 05, 2018

大事なものは、なぜ失ってから気づくのだろう― 窪美澄「じっと手を見る」

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○窪美澄「じっと手を見る」(幻冬舎)

素晴らしかった。
中盤から後半にかけての展開は読みながら体温が高くなるのを感じた。
人が年を重ね、ぼんやりとした夢から逼迫した現実に否応なく向かい合い、若さと情熱が削られていく過程で、それでもなお人に温かく接することのできる人間の美しさを、この小説はあふれるように描いている。

人生はうまくいかない。
家族と地元は厄介なものとしてずっとつきまとう。
恋はいつまでも甘くないし、愛は次第に重みに代わる。

海斗も、日菜も、真弓も、宮沢さんも、失ってばかりいる。
若さを失い、家族を失い、恋を失い、家を失い、夢への情熱を失っていく。
そしてその多くは我々もまた似たようなものだ。

それでもなお我々が生きているのはなぜなのか。
そのことの答えがこのエンディングには込められているような気がする。

表題作「じっと手を見る」で捨てられるとパニックになった裕紀を海斗が手のひらにある生命線を星座としてマジックでなぞって落ち着かせるくだりで泣いた。
窪さんはあのエピソードを創作で考えたのだろうか。
あそこはすごいと思った。

いつまでもこの小説は本棚の中に大切な一冊として置かれ続けると思う。

「仕事は目をつぶっていてもできる。食事もとれるし、眠れないということもない。
けれど、ある瞬間ふいに気づくのだ。
親知らずを抜いたあとの歯茎のように、舌で触れたときだけわかる大きな穴が、自分のなかに空いていることに」
(「よるべのみず」)

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