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November 20, 2016

雨宮まみさんのこと

雨宮まみさんが亡くなったというニュースが回っています。

ほんとなんでしょうか。

本当に、ほんとなんでしょうか。

全然、全然実感がわかないです。

たちの悪いデマじゃないんでしょうか。

Twitterで「こんなタチの悪いニュース誰が流してるんだ」とコメントつけてリンクを張ったら雨宮さんから「なんなんですかね、これ」とリプライが来るような気がしています。

 
いや、きっと、ほんとなんだと思います。

ごくごく近しい人たちだけでお見送りした、という話を聞きました。

いろんな人が悼む言葉を発してます。

けれどそんな伝聞というか情報のようなものだけで「雨宮さんがいなくなった」というのが、実感にならないんです。

今も東京のどこかにいて、こうして雨宮さんのことをネットに書くと即座にリツイートしてくれるような気がするんです。

 

 

雨宮さん。

雨宮さんのことを少し書いてもいいですか。

「伊野尾さんとはそんな親しくもないし、そんな一方的に語られる筋合いでもないですよね」とピシャッと言われてしまうんじゃないかという気がしています。

というか、たぶんそうです。

でも雨宮さんがどうにもならない感情や心の動きを文章にしたように、僕もどうにもならない感情がこの三日間渦巻いています。

それを少しだけ、吐き出させてください。

雨宮さんについてここで何か書いても、肝心の雨宮さんには読んでもらえない。

その事がすごく重く、心にのしかかってます。

僕からの一方的な形で、「それ違います」という反論の場を雨宮さんに与えない書き方になることを、どうか許してください。

 

 

雨宮さんのことを知ったのは、ポット出版のサイトに載っていた「セックスをこじらせて」という手記を読んでからです。

知り合いの編集者さんから教えてもらったような気もするし、誰かがTwitterで紹介してたのを読んだような気もします。

ちょうど大学時代の雨宮さんが友人の彼氏としてしまう話で、「ええ…!これ、ホントの自分の話!?」とビックリしたのを覚えてます。

そこから連載の第一話に戻って最新話まで、圧倒的な熱量とアップダウンの効いた話をすっかり夢中になって読み続けました。

そして「こんな話あるんだ…」と打ちのめされるような気分になりました。

それ以来、不定期に更新される「セックスをこじらせて」の最新話がアップされることを待つのは小さな楽しみになりました。

毎回面白く、時にハラハラしながら読み、連載が終わったときは残念な気持ちとお腹いっぱいになった気持ちの両方がありました。

 

しばらくして、書店に送られてくる出版社からのFAXの山の中に

「ポット出版最新刊 『女子をこじらせて』雨宮まみ(『セックスをこじらせて』改題)」

という注文書がありました。

「ああ!あれ本になるんだ!」と高揚した気持ちで冊数を記入して注文を送ったのですが、届いた『女子をこじらせて』は正直なところそんなには売れませんでした。

今でもそうですけど、「これはいいです!」と書店側が強く思って売りだしても、それを販売冊数に結び付けるのは難しいです。

(だからこそそれを結び付けている同業者の人には本当に敬意があります)

POPをつけたり声かけで売り込んでみたりしたがあまりかんばしい結果にはならず、もう少し別の売り方があったのかもしれないと反省しています。

ただ、著者の雨宮さん自身が「中井の伊野尾書店さんにあるようです」とツイートしてくれたのはうれしかったです。


雨宮さんはそのあとくらいからどんどん発表する文章が増えました。

ネットでの連載、雑誌コラム、単行本、いろいろ出ました。

だいたい読んでたはずですが、追いきれないものもあったと思います。

デビューの頃は「AVライター」という肩書きだったのが、だんだん「AV」がとれて「ライター」になってました。

雨宮さんの文章は人の心の底に沈んでいて本人すら自覚していないような澱のようなものを「ほら、あなたの心の痛みの原因はこれでしょ?」と掬い取ってくれるようなものが多くありました。

それがもっとも出ていたのが「“穴の底でお待ちしています”」という、いろんな人の愚痴を聞く人生相談でした。

http://cocoloni.jp/culture/29443/

毎回寄せられる愚痴(という言葉に収めるには重すぎる内容も多々ありました)に対する返答が本当にすばらしく、読みながら「すごい…!この人はなんなんだろう…!」と思っていました。

(読んでない方はまだ読めるので、今からでも全部読んでほしいです)

 

あるとき、私が定期的に行ってる出版関係の人を招いたプロレス観戦会で、よく参加してくれてた新潮社のNさんという人が「今度、知り合いのライターさんを呼んでいいですか?」というので「いいですよー、ぜひぜひ。ちなみになんて方ですか?」と聞くと「雨宮まみさんです」というのでびっくりしました。

こんなことってあるのか、というのがそのときの印象です。

初めてお会いした雨宮さんは、素敵な人でした。

他の人がよく書いてますが、「キラキラしている」という言葉がぴったりの方でした。

そのときは両国国技館に新日本プロレスを見に行く会でした。

両国駅前から国技館まで移動しながら

「プロレスは初めてですか」

「初めてです」

「なんで見ようと思ったんですか」

「んー、Nさんが『見た方がいい』って言うんで(笑)」

という感じでなごやかに話してたんですが、僕が

「『女子をこじらせて』読みました。すごいよかったです」

と言うと

「ああ…どうも」

と言ったきり、下を向くようにして会話をシャットアウトする感じになってしまい、焦りました。

あとから考えれば、自身のかなり繊細な部分までさらけだして書いた話を、今目の前にいる見ず知らずに近い男性に知られている、というのはあまりうれしいものではなく、「読んでもらえるのはありがたいけど…」という感じだったのかもしれません。

国技館の座席につくとNさんが「伊野尾さん、雨宮さんにいろいろ教えてあげてください」と私と雨宮さんを隣同士の席にしてくれました。

私はプロレスが大好きで、無駄な知識もかなり持ってると思いますが「初めて見る人に教える」というのがあまり上手くありません。

試合を見ながら横であれこれ解説した方がいいのか、それともなるべく予備知識なくそのまま見てもらうのがいいのか、いつも考えてしまいます。

そのときは「基本そのまま見てもらって、たまに補足的に口を出す」というスタンスにしましたが、その「補足的」なコメントが本当に必要だったのか、横であれこれうるさいんじゃないか…とずっと思ってました。

ロッキー・ロメロとバレッタという外国人選手のチームが「ロッポンギバイス」という名前で、入場曲は外国人がなんか「ロッポンギ、ロッポンギ」言ってる曲で、入場の際に場内に流れるPVがベタベタな六本木の光景をシャッフルしたみたいな映像で、それに雨宮さんウケてましたよね。

六本木で思いだしましたけど、いま思えばあのころちょうど雨宮さんは「東京を生きる」を執筆してたんじゃなかったでしょうか。

セミファイナルで中邑真輔が出て来てロープをつかんで体を反らせるいつものポーズを決めると、雨宮さんは口に両手をあてて「きゃー!やばいー!」と反応してました。

試合が全部終わったあとみんなでちゃんこ屋に行ったとき、雨宮さんに「今日誰が印象に残りましたか」と聞くと即答で「中邑!」と答えてくれましたね。

初めて見た人にも伝わるんだから、中邑真輔ってすごいです。

そのちゃんこ屋では雨宮さんがAV男優の話をしてくれたり、意外な共通の知人がいることが判明したり、独身女子の話を雨宮さんが聞いたり、あの日の飲み会は本当に楽しかったです。

雨宮さんとはそこから1,2回、一緒にプロレスに行きましたけど、雨宮さんが女子プロレス、里村明衣子とセンダイガールズにハマってからは一緒に行く機会がめっきり減ってしまいました。

あれはどこでお会いしたときのことでしたっけ、センダイガールズのすばらしさをとうとうと語られたあとに、「結局、わたし男じゃなくて女を追っちゃうんですよねー」と言った一言を覚えています。


雨宮さんは「面白い」と思うものをいろいろ教えてくれる人でした。

岸政彦さんというすばらしく良い文章を書く人がいる、と教えてくれたのは雨宮さんでした。

岸さんの「街の人生」は雨宮さんが「SPA!」に書いてた書評文をそのままPOPにして売っていました。

雨宮さんとのDM履歴をずっと見ていたら、2015年2月3日に

「伊野尾さん、岸政彦さんに会いましたよ!」

「すごいうれしかったんですけど、自慢できる人がいないので自慢させていただきました」

「岸先生、男前ですな…」

というやりとりがありました。

これは今年出たミシマ社の「愛と欲望の雑談」のもとになった対談か、その打ち合わせだったんでしょうか。

雨宮さんと岸さんという僕のなかで「すばらしい文章を書く二大巨頭」の対談の本が出たのは今年うれしかったことのひとつです。

でも、この本が雨宮さんの最後の本になってしまうんでしょうか。考えたくないんですけど。

 

岸さんは

「雨宮さんがいなくなったことを、雨宮さんに相談したいと思ってしまいます。あの美しい人生相談の本を書いた雨宮さんなら、どんなお茶を出してくれるだろうか、どんな言葉をくれるだろうかと思います」

と書きました。

http://sociologbook.net/?p=1114

本当に、そう思います。

雨宮さんは岸さんに「浮気した方が作品に深みが出ますよ」言ったそうですが、それにならうなら「大事な人を突然失うという経験をすると深みが出ますよ」と言ってくれるのかもしれません。


けど、深みなんかでなくていいです。

心に穴があいたような感覚があって、すごく、つらいです。

こんな思いをするなら浅いままでいいです。

 

つらくてもなんでも、日常はやってきます。

僕の仕事は本屋なので、どんな気持ちであれ毎日本は入ってきますし、その新刊を並べたり、入れ替えたりします。

今日はかつて雨宮さんも出た「KAMINOGE」の新刊が発売になりました。

表紙が僕の好きなDDTの人たちで「おおー」と思ったのですが、棚に並べる時に表紙のコピーを見て固まってしまいました。

Kaminoge201611


なんでしょうねこのタイミングで。

「ヤッてる奴だけが気持ちいいんだ!!」、ですって。

そういえば「ヤるかヤらないかの人生なら、俺はヤる人生を選ぶ」って映画がありましたよね。

「『プロレスキャノンボール』についてちょっと語りましょう今度!」って約束したのは、あれ何のときでしたっけ。

約束、覚えてますから。

いつかどこかでできるんじゃないか、と思っておくことにします。

雨宮さんがセンダイガールズを愛したように、僕はこのDDTというプロレス団体が大好きです。

 

僕は雨宮さんとは「作家と書店員」であり、「著者と読者」であり、「プロレス仲間の知人」という3つの面があわさった関係でした。

仲良くはさせていただきましたけど会うのはどこかのイベントとか何かの集まりばかりでしたし、個人的な話もしたことはありません。

ずっと心地よく交流させてもらいながら、同時に「これ以上は入ってきてはいけない」という一線がピンと引かれているような気がしていました。

違ってたらごめんなさい。

雨宮さんは人の弱いところすべてを受け入れてくれるような面と、誰も立ち入れない壁を一瞬のうちに築くような両方の面があったように思います。

みんな、そうなのかもしれませんけど。


「プロレス仲間」としての雨宮さんとは、どうやらこれで切れてしまうみたいです。

けど雨宮さんはたくさんの文章を書かれました。

「作家と書店員」「著者と読者」の関係はまだこれからも続きます。

 

書店員は、著名な作家が亡くなったら、話題になっているうちにその人の本を店のよいところに出して追悼フェアとかやるんです。

どんな形であれ、話題になってる本を売るのが仕事ですからね。

ただ、昨日雨宮さんの本を前に出したんですけど、どうしても、「追悼」とか、そういう言葉が書けないんです。

書いたら何かが終わりになってしまう気がして。

だから、何も書かず前に出してます。

Photo

そのうち、たぶん引っ込めます。

そして棚の一部に、女性の方がなるべく見そうな棚の端に、雨宮さんの本を並べておきます。

棚に並んでる限り、なんとなくですが僕と雨宮さんの関係は切れないんじゃないか、そんな風に思ってしまうのです。

 

(H)

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