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September 11, 2016

「この本が売れなかったら、もうダメですよ」杉江さんはそう言った――「漂流」角幡唯介/著

「この本が売れなかったら、もうダメですよ」

いい感じに落ち着いた雰囲気の神保町の老舗喫茶店で、杉江さんはそう言った。
杉江さんは本の雑誌社の営業マンだが、何年か前から編集にも携わっている。
高野秀行さんがアフリカにある国際的には未承認の国家・ソマリランドを訪ねて体験した出来事を描くノンフィクション「謎の独立国家ソマリランド」は杉江さんが担当編集した。
自分で作るだけあってノンフィクションの本もたくさん読んでいて、杉江さんが何かしら反応する本は読んでみるとたいがい面白い。

その杉江さんが会ってすぐに「伊野尾さん、角幡さんの『漂流』読みました?」と聞いてきた。
ちょうどそのとき読んでいたところだったのでそのことを伝えると、「あ、やっぱり?いやーこれすっごい本ですよ!」と高いテンションで言ってきて、そのあとに続いたのが冒頭の一言である。
これだけ時間と労力をかけて取材して、それも読み進めるうちにこちらの予想を次々に崩していく、「こんな世界がわたしたちがいるのと同じ国の中にあるのか」と教えてくれるような本が売れなかったら、もはやノンフィクションは何を作っていいのかわからなくなる。
そういったことを杉江さんは興奮と戸惑いの混ざった語気で語り、アイスカフェオレを一気に飲んだ。

「漂流」はこれまで自身の冒険の記録を書いてきた角幡唯介さんが初めて、自分以外の人間の冒険記を徹底的な取材で書いたノンフィクションだ。

1994年2月、グアムから出港したマグロ延縄船・第一保栄丸はミクロネシア沖での操業中、突如船尾から浸水し始めた。
船長の本村実は8名のフィリピン人船員とともに排水に努めたが船はどんどん沈んでゆき、彼らは船をあきらめ小さなゴム製の救命イカダに乗り移った。
SOS信号を発した本村は船員たちに「すぐに救助が来るから」と伝えた。
しかし彼らに救助は訪れず、イカダに積んだ水と食料は「すぐに救助が来るから」と考えた船員たちによって数日で食べ尽くしてしまい、そこから彼らは水と食料の不足にひたすら苦しみながら、どこかの島にたどりつくことも通りがかった船に救出されることもなく、晴れの日も雨の日も海が荒れた日も太平洋上をただゴムボートで漂い続けた。
漂流が始まってから32日後、フィリピン沖で地元漁船に奇跡的に発見されたとき、彼らの大半は衰弱して立つこともできなくなっていた。

角幡さんはこの漂流事件の生還者・本村実のことを本に書こうと考え取材を申し入れる。
しかし電話をかけた本村実の妻・富美子は「今、うちにはいませんので……」と力のない声で言ったあと、驚くべきことを告げた。
「じつは、十年ほど前から行方不明になっているんです…前と同じように漁に出て帰ってこないんです……」

本村はなぜ、死の淵まで追い込まれた海に再びまた出て行き、そしてまたいなくなったのか。
なぜそんな選択をしたのか。
沖縄本島で、宮古島で、グアムで、フィリピンで、角幡さんは多くの人に話を聞こうとする。

ところが。みな話してくれない。
逃げられる。
即座に「よくわからない」「覚えていない」と放棄される。
なぜ、彼らは話してくれないのか。

この作品は「本村実の漂流事件」という謎と、「本村事件の取材が予測していた方向からどんどん外れていく」角幡さん自身の記録、二重構造になっている。
そして読み終わると、「なんだこれは…」という虚脱と「こんな世界があるのか」という驚きの混じった、複雑な読後感に包まれる。
先日、「NHKスペシャル」で放送されたアマゾン奥地のイゾラド(文明社会と接触したことがない先住民族)の映像を見た時は衝撃を受けたが、それと似た感覚がこの「漂流」にもある。

9/9、神楽坂ラカグで行われた『はじめての海洋ノンフィクションを、僕はこう書きました』というトークイベントで、角幡さんはこの取材テーマにした理由を「海への漠然とした憧れがあった」と語った。
チベット奥地などの辺境の登山、北極探検にも行った角幡さんは「海の世界」という未知なるものに漠然とした憧れがあったという。
そして海をテーマにしたノンフィクションが少ないことを知って、「じゃあ俺が書いてやる」という気持ちにもなったという。

ところが自身が取材していくうちに、漁師を題材にしたノンフィクションが少ない理由がわかってくる。
それは「海の世界の男たちから言葉を引き出すのが容易ではない」ということと、そしてもう一つは「美談にならない話が多い」ということだ。
いったいそれはどういうことなのか、その答えもこの本に出てくる。

杉江さんはかつて漁師への憧れがあったという。
「今の仕事をやめたら漁師になりたい」と考えてたこともあったそうだが、この本を読んで少しそれが変わったという。

「『漂流』を読んで、漁師という人々が自分たちとまったく違った世界の住人であることを知って、『自分にはとうていなれないからこそ、憧れだったんだ』ということがわかったんです」

海で生きる男たちの、陸に生きる私たちとまったく違う価値観はどこから生まれるのか。

「漂流」というタイトル、本の表紙のどこまでいっても終わりのないような荒れた大海原が、読み終えた私たちの心を揺らぎのない場所に持っていく。

読み終えて確かに思う。

この本が売れなかったら何が売れるのかわからない。

「佐良浜の人たちから聞く戦後の生活には混沌と動乱が渦巻いており、会話の中から火薬物の硝煙の匂いが漂ってくるようだった。
(中略)
そのような先の見えないおそろしい航海のような生活は、いつ終わるともしれず、ふとした拍子に足をすべらせてクリ舟(丸木舟)から海の中に転落してしまえば、その人生は一巻の終わりで、実際にそういう人間はたくさんいた。
そのような死が間近にある生活、常に死を意識しながら展開される生に、私は畏敬とも畏怖ともつかない気持ちをいだいた」

 

○「漂流」角幡唯介/著(新潮社)

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