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July 04, 2016

心を安定させるための具体的な方法論 ~田房永子「キレる私をやめたい」

○「キレる私をやめたい ~夫をグーで殴る妻をやめるまで~」田房永子(竹書房)

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デビュー作「母がしんどい」で毒親問題を、「ママだって、人間」で現代の育児問題を、「男しか行けない場所に女が行ってきました」で社会に根深く刺さっている男女の性差を。
田房永子さんはこれまでずっと「社会の中でなんとなく“まあ、そんなもんなんじゃない?”とスルーされがちな、けど当事者は違和感や疑問や苦しさを覚えること」をテーマに書いてきました。

そんな田房さんの新作は「キレる私をやめたい」。
自身が抱えるそんな悩みと向き合った本です。

キレる…今回はちょっと遠いかな、と思いながら、読み進めました。
ですが、その思いは途中で猛烈に反転します。

この本こそ、みんな読んだ方がいいです。

今までの田房さんの本が読んでて「ハッ!」とさせられる本だとしたら、これは「ああああっ!」となる本です。

田房さんはこれまでダンナさんから言われる一言にキレて暴力を振るったり前後不覚になり、その後冷静になってから自己嫌悪に陥る、というサイクルをずっと繰り返してました。
ある時、部屋の片づけをめぐって(部屋の片づけ問題がいつも揉め事の原因になっていた)旦那さんと揉めた田房さんは怒りの勢いのあまり警察を呼び「旦那が暴力を振るいました」と訴えようとするも途中で冷静になり、警察を呼んだことを激しく後悔し(警察は話だけ聞いて帰った)、それをきっかけに「もうキレないようにしたい」といろんな本を読み、多くのカウンセラーやセラピストに会いに行きます。
無駄足を踏んだりしながら田房さんはゲシュタルトセラピーという心理療法にたどりつきます。

そこでの話が、本当に目からうろこが落ちる話で。

キレるというのは不安定になった感情が外にあふれ出ている状態です。
私たちは常にキレてはいなくても、「不安定な感情」をたくさん抱えながら日々を過ごしています。

明日までにやっておかなければいけない仕事なのに、どう見たって終わりそうにない。
自分が抱えてしまったトラブルがあって、それがこの先どう転がっていくかわからない。
今日もあの人に怒られるんじゃないか、という人が近くにいる。
高齢の親に認知症の兆候が出てきたかもしれない。

生きていればどんな人でも感情が不安定にならざるをえない案件が身の回りに出てきます。
余裕がある状態なら一つくらいは対処できても、気持ちに余裕がなくなってくればだんだんそうもいかなくなってきます。
がんばってがんばってがんばっているのに、またさらに上から「問題」が降ってくればパチーン!と感情がはじけてしまっても無理ありません。

田房さんが通ったゲシュタルトセラピーでは「今ここにいることだけを考える」という教えが出てきます。
言い換えると「未来」と「過去」は見るな、ということです。

ある日、田房さんは朝起きると声が出なくなってることに気が付きます。
前日ノドの調子が悪かったのに、久しぶりに会った友達との会食が大変楽しくガラガラ声でたくさんしゃべっていたら翌朝声が出なくなっていたそうです。
田房さんはこの3日後に大勢の人前でしゃべる仕事を入れており、その日声が出なかったら…と軽くパニックになります。

この場合、「未来」を見ること=「不安の増幅」になってます。

3日後、しゃべれなかったらどうしよう。
そのときはキャンセルしなきゃいけないだろう。
そうするとたくさんの人に迷惑がかかる。
キャンセルしたらもう仕事がこなくなるかもしれない。
もしキャンセルするんだったら早く連絡をしないと。
でも3日後になったら声が出ているかもしれない。
あああ…どうしたら…!

というサイクルです。

そして「未来の不安」は「過去の原因を責める」につながります。

昨日あんなに調子に乗ってしゃべられなければ。
でもあの状況でしゃべらないなんてありえない。
ガラガラ声だった時点で会うのをやめるべきだったのか…?

という感じで。

こうして「未来の不安」と「過去の後悔」を行ったり来たりして、精神を不安定にしていくという構図は自分もすごく覚えがあります。
これがあふれるとキレてしまう。

ではどうすればいいのか…?というと、そこでさっきの「今ここにいることだけを考える」が出てきます。

この場合、今できることというのは「それはおとなしく薬を飲んで寝ること」です。
3日後のことは考えたって答えが出ないんだから考えない。
昨日のことはもう変えようがないんだから考えない。
考えるのは、「今ここにいること=今できることをやること」。
今の自分の身体の調子を見ながら、治す努力を淡々とすること。

ここを読んだとき、私は目からウロコがボロボロと落ちました。
たしかにそのとおりだ。
悩むときって延々「わからない未来」と「変えられない過去」のあいだを行ったり来たりしてて、「今現在」を見ていない。
本当にそのとおりだ、と。

この話を読んだとき、思い出したのは松井秀喜のこの言葉でした。

「自分にコントロールできることと、できないことを分ける。コントロールできないことに関心を持ってはいけない」

(参照)
http://www.asahi.com/articles/ASJ2T5KNVJ2TULZU009.html

http://n-knuckles.com/serialization/pkashima/news002206.html

http://asahi.gakujo.ne.jp/common_sense/morning_paper/detail/id=555

これと近いんだと思います。

コントロールできないことは考えない。
自分がいまできることだけを考える。

それが精神を安定させる何よりの方法なのかな、と思いました。

「キレる私をやめたい」は田房さんが自分のことを書いてる話ですが、私たち全員の話でもあります。

「どうしてこんなにキレてしまうんだろう」と原因を追究し、その解決策を探った田房さんは不安定な感情に揺れ動いてしまう私たちの先を歩いてて、この本を読むことでその後ろをついていっている感覚が沸いてきます。

私たちは他人を通じてでしか自分のことはわからないんだな、と思います。

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(H)

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