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June 23, 2016

「1974年のサマークリスマス ~林美雄とパックインミュージックの時代」

自分が生まれた頃にどんなテレビ番組が流行っていたか、どんな歌が流行っていたのか、まるで知らない。
もちろん調べれば番組名も曲名も出てきて、「あーなんか聞いたことある」くらいには知ってると思う。
けどそのテレビ番組や歌が当時どのようにして人々の心に刻まれたかは想像もつかない。

70年代は学生運動が終息していき、オイルショックやベトナム戦争など閉塞的な空気が流れる中、新しいメディアが生まれていった時代である。

ということも「そうだったらしい」と、1974年生まれの私は伝聞で書いている。
本当の時代の空気は知らない。

ただ、その時代のことを書いた本を読んでると、うっすらと「こんな感じだったのかな」と感じることがある。

 

柳澤健「1974年のサマークリスマス」(集英社)は70年代の伝説的ラジオパーソナリティ、林美雄と彼の名物番組「パックインミュージック」を中心に当時の放送する側、聴く側にどんなことが起きていたかを深く掘り下げたノンフィクションだ。

70年代前半、ラジオの深夜枠は一部の「人気番組」と「そうでもない番組」に別れ、後者はスポンサーもつかない替わりにパーソナリティが自分で放送内容から何まで考えないといけない時代だった。
林美雄は子供の頃からの夢であるアナウンサーになるため正しいアナウンス技術を習得してTBSラジオに就職したが、「正しい日本語」は話せても「おもしろい話」はまるでできなかった。
林の周辺には久米宏、小島一慶といった才能の塊のようなアナウンサーがおり、彼らは独自の話術で人気を博したが林には彼らのように人の心をつかむ話術を持っていなかった。
披露する知識もなかった。

苦しんだ林はひたすら映画を見に行く。
他の人が見ないような映画をどんどん自分から見に行く。
そうして見に行ったなかで、「これは!」と思ったものを過剰に紹介する。
そこから、少しずつ林の番組が変わっていく。
午前3時から始まる林の「パックインミュージック」は、情報を伝えるメディアが限られていた1970年代の中できわめて特殊な位置付けを持ち始める…。

話術をもたない、平凡なアナウンサーがいかにして「伝説のラジオパーソナリティ」に変わっていったのか。
そして、どのような経緯があって、その座を降りていったのか。
この本はそんな「確かにあった栄光と挫折」を、当時の時代背景を、若者の感覚を指でたどるように書きだしている。

知る人ぞ知るサブカルチャーを広く紹介する番組として狭く深く愛された林美雄の「パックインミュージック」が最終回を向かえた時、熱狂的なファン数十人は放送時間にあわせて深夜のTBSラジオに詰めかけたという。
今の感覚からすると意外な感覚があるが、さらに驚くべきは放送終了後ラジオ局に詰めかけたファンの前に林が現れ、「ちょっとみんなで散歩しようか」と赤坂のTBSから四谷まで散歩した、という逸話である。

「笑っていいとも」最終回放送の時間にお台場のフジテレビに詰めかけたファンはどれくらいいたのだろう。
また、いたとしてもタモリが彼らとお台場海浜公園を散歩することはなかっただろう。
(そのタモリも「パックインミュージック」に出演して四か国語麻雀を披露していた)

私たちは常に知らない。
他の人が生きた時代を、他の人が味わった感覚を、いつもわからないでいる。

youtubeには林の「パックインミュージック」最終回の録音音源がアップされている。

聞いていると正直「古いなー」と思ってしまう。
だが、いま、この時代に私たちがおもしろい、すごいと思っているものも、40年もたてば「古いなー」と思われるだろう。

林の「パックインミュージック」と同時代に生まれた小説、柴田翔「されど、われらが日々」の一節を思い出す。

 やがて、私たちが本当に年老いた時、
    若い人がきくかも知れない。
    あなた方の頃はどうだったのかと。
    その時私たちは答えるだろう。
    私たちの頃にも同じような困難があった。
    もちろん時代が違うから違う困難ではあった
    けれども、
    困難があるという点では同じだった。
    そして、私たちはそれと馴れ合って、
    こうして老いてきた。
    だが、私たちの中にも、
    時代の困難から抜け出し、
    新しい生活に勇敢に進み出そうとした人が
    いたのだと、
    そして、その答えをきいた若い人たちの
    誰か一人が、
    そういうことが昔もあった以上、今われわれも
    そうした勇気を持つことは許されている
    と考えるとしたら、
    そこまで老いて行った私たちの生にも、
    それなりの意味があったと言えるのかも知れない(「されど、われらが日々」)

時代は変わる。
少しずつ変わっていく。
そのなかで少しずつ、引っ掛かりを覚えながら、あるいは誰かに引っ掛かりを与えながら、私たちは消えていく。

あとがきで、柳澤健さんはこう締めている。

「人の世ははかない。はかない世を、人は懸命に生きる」

「パックインミュージック」が終了して40年、林美雄が亡くなって14年。
伝える人がいる。
受け取る私たちがいる。
林美雄の言葉が、深く静かに私たちの心に引っかかる。

「本当にいいものは隠れている。
だから自分で探さないといけない。
自分でいいと思ったものを信じて、それを追いかけるんだ」(林美雄)

1974

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