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March 2016

March 09, 2016

「かなわない」植本一子(タパブックス)

「家族とは一体何だろう。
私はいつからか、誰といても寂しいと思っていた。
それは自分が家庭を作れば、なくなるんじゃないかと思っていた。
自分に子どもが出来れば、この孤独は消えて楽になるじゃないかと。
でもそれは違った。
私の中の家族の理想像はその孤独によってより高いものになり、そして現実とかけ離れていることにしんどさを覚えた。
自分の苦しさは誰にも言えなかった。
限界を感じた時、その好きな人は目の前に現れた」
(「放棄しない」より)

かつての少女マンガは主人公の女の子が恋する男の子と結婚して家庭を持って終わるのが定番だった。
少女マンガだけではない。
私が何度も読み返した新井英樹「宮本から君へ」のエンディングは、主人公の宮本とその恋人・靖子の間に子供が誕生する場面だった。
結婚して子供が生まれ、家庭を築くことが「幸福な人生」である、という認識は今も広く浸透している。

けど、結婚して子供が生まれればそれで人生が終わるわけではない。
当然そのあとも人生は続く。
そしてその「エンディング後」の日々にこそ、人が生きていく喜びと怒り、穏やかな幸福と深い落ち込みが色濃く詰まっていたりする。

 

「かなわない」は写真家の植本一子さんが日々起きたことや思ったことなどを日記形式で書き記していくエッセイ集だ。
植本さんは24歳年上であるラッパーのECDさんと結婚され、二人の娘さんがいる。

前半、震災後の不穏な日々の中で、イヤイヤ期の始まった二人の小さな娘さんに自分のペースを崩され、植本さんは精神的に苦しい日々を過ごす。

育児と家事、それに仕事。それと自分の時間。
一生懸命やろうとしてもうまく回らない。
親にも頼れない。
母親に感謝はしているが、言葉がきつかった彼女から愛されて育てられた実感はなかった。

これから仕事に向かわないといけない時、娘さんに「自転車乗らない」「保育園行きたくない」と駄々をこねられ、大きな声で泣かれてそれを他人から咎められるような視線で見られる。
家事と育児に挟まれたほんのちょっとわずかな空き時間をうたた寝していると、「うんちしちゃったの」と起こされ、見ると畳にうんちの跡がついており、起こされた不快さも合わさって瞬間的に「なんでトイレできないの!」カッとなってしまう。

そんな極めて克明な日々の記録はある時点を境に突然様相が変わってしまう。

植本さんは好きな人ができてしまう。旦那さんではない、別の人を。

そしてここから、この本はまったく違った顔を見せ始め、最後は想像もつかない終わり方で終わる。

読み終わって私は腑抜けてしまった。

生きていくってなんて大変なんだろう。

「幸福な人生」のルートをたどってきたはずなのに、どうしてこんなに生きずらいのだろう。

「これでいいはず」と思いたい気持ちと「なんか上手くいってない」という実感の部分があって、けど世の中的には当面これでやるしかなくて。
でもその二つの間には収まりきらない、はみだしたものがある。
容易に言葉にできない、言葉にしてもうまく伝わるとは限らない何かが。

「かなわない」にはその何かが詰まっている。

本の表紙にはバタートーストのイラストがある。
平凡な日常風景。
しかし、バタートーストの味は同じでも、どういう心境で食べるかは日々少しずつちがっている。
ある人と食べることが幸せな時もあれば、その人と食べることがこの上なく苦痛になることもある。

それでも私たちは人と出会う。
そのことの意味を、この本を読んでからずっと考えている。

「不思議なもので、自分が必要とする人と、しかるべきタイミングで必ず出会えるんだということを実感している。
(中略)
 もちろん、もう会えなくなってしまった人もいる。
 それは、簡単に言えば縁がなくなったのだ。
 そしてまだ見ぬこれから会う人もいるのだと思うと、失った人を思う気持ちが少し軽くなる」 (あとがきより)

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March 03, 2016

やるべきことは仕事でしょうよ

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 太洋社の店売(書店が仕入れる取次の商品倉庫)にはお世話になりました。
 初めて神田村に行ったとき、どこの取次店もこちらを見て「本屋さん?」といぶかしげに聞いてきたのに、太洋社の方だけは「いらっしゃいませ」と挨拶してくれたことを覚えています。
 
 太洋社店売はコミックが充実していて、出版社在庫が切れて次の重版までなかなか入ってこないものも結構在庫があったりして、ずっと助かっていました。
 
 コミックの棚は出版社ごとに並んでて、その時その時の売れ筋コミックに常に更新されていくわけですけど、どういうわけか講談社コミックの棚にはずっと「稲中卓球部」の単行本版が全巻並んでて、もうこれ持ってく本屋っていないんじゃないかな…と思っていたのですが、「稲中」は最後まで棚に残っていました。
集英社の棚には「こち亀」も全巻揃っていました。
 
店売には店売の力学みたいなのがきっとあって、在庫するには在庫するだけの理由がきっとあるのでしょう。
私が「もうこれいいんじゃない?」と思った「稲中」単行本ももしかしたら年間レベルでみたらお客様注文などがコンスタントに入ったりして定期的に出て行っていたのかもしれない。

先日前を通ると、太洋社の店売はもう閉まっていました。
あの「稲中」単行本は、どこに戻っていったのだろう。
週一で太洋社の店売に寄るのはもう10年以上続いたルーティンワークで、これからその欠落した部分をどう埋めるか考えています。

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・10年くらい前でしょうか、書店関係の集まりに顔を出すと、よく挨拶に立った人の口から「これから書店が生き残るためには~」みたいな話がよく出てて、なんかサバイバルな話だなーと思ってました。

当時はそこまで実感がなく、どこか他人事のような感じがしてました。

あれから同じ町の本屋が消え、隣町の本屋が消え、「業界の中では元気のいい店が集まってる」と言われてきた書店グループの中からも閉店する店が出て来て、そしてここ最近は全国的に有名な書店が閉店することも増えてきました。

イメージ的には「バトル・ロワイヤル」に参加して、自分よりはるかに生存能力の高そうな登場人物が横で倒れるのを目の当たりにしてる気分です。
おまえもここからいなくなるのか、あんたもいなくなるのか、と。
 
一方で、なかなか実感を得ないけど、明確に増えていることもあるのです。

ありがたいことに少し遠方、ぐらいのところからわざわざ来て下さる方が増えました。
聞けば高円寺だったり、所沢だったり、駒込だったり。
通勤路だったり、何かのついでだったりだと思うのですが、少なくとも前はそういう方は本当に少なかったと思います。
「よいお店ですね」と声をかけていただく機会も増えました。
それは周りの本屋がなくなってる、ということと決して無関係ではないと思うのです。

けどもう、こちらからそういうのはもう気にしないようにしています。

“超一流アスリートを取材していて生き方を教わることがある。例えばイチローと松井秀喜だ。全く違う個性の2人から同じ言葉を聞いたことがある。

 イチローが首位打者争いをしていた時、ライバルのその日の成績を伝えた。彼の言葉は「愚問ですね。彼の打率は僕にはコントロールできませんから」。

 松井はヤンキース1年目、出だしでつまずいた。成績があがらない。ニューヨークのメディアは厳しい。「気にならないか」と松井に聞いた。「気にならないですよ。だって彼らの書く物は僕にコントロールできないもの」

 つまり、自分にコントロールできることとできないことを分ける。コントロールできないことに関心を持たない。

これは日常生活にも採り入れられる生き方だと思った。”

朝日新聞デジタル「(EYE 西村欣也)スポーツというレンズがあったから 最後に、三つのことを」より抜粋
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12230226.html?_requesturl=articles%2FDA3S12230226.html&rm=150

 

やっぱり松井やイチローはいいことを言う。

コントロールできないことに関心を持たない。

本当、そのとおりなんだと思います。
自分は、自分のできることをやるしかない。
他人の成績を気にしてる暇があったら、そのあいだにバットを振った方がいい。

練習環境とか、自分の体力が以前と変わっていったとしても、その都度それに対応して。
ほら、イチローがよく言うじゃないですか。
「アジャスト(=対応)することが大事」って。
対応しながら、そのとき出せる最大のパフォーマンスを目指して。

もしかしたら僕らは「バトル・ロワイヤル」の参加者じゃなくて、「世の中」という球団と契約しているプロ野球選手みたいなものかもしれなくて。
周りがどうなろうとも、「君はそろそろ」と言われるまでは、やれることをやるしかない。

加藤浩次がこう言ってたそうですよ。

♯愚直 「やるべきことは仕事でしょうよ!!」(『KAMINOGE』vol.49)

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愚直。
結局最後はそれしかないんだと思います。
愚直に本屋をやります。

 

【3月のフェア】

山岳、自然等に関する出版物を出してる「山と渓谷社」は5年ほど前からヤマケイ文庫という文庫レーベルを出してるのですが、それが非常に名作ぞろいであることに最近気づき、3月からフェアを始めました。

「ヤマケイ文庫フェア」

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私は高野秀行さんや角幡唯介さん冒険ノンフィクションが大好きなのですが、その流れで新田次郎や井上靖などの書く山岳小説も好きです。
山では人の命は誰かの意思とは無関係にあっけなく失われ、故に大きなドラマが生まれます。

「ヤマケイ文庫」には遭難ノンフィクションが数多くありますが、先日読んだこの本も静かな迫力に満ちた一冊でした。

○「ドキュメント 道迷い遭難」羽根田 治著

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道に迷い、何日間も山中をさまよう恐怖―。
登山者の盲点でもある、誰もが陥りがちな道迷い遭難。
その7件の事例を取り上げ、原因を探り未然に防ぐ方策を検証する。

7件の遭難事故はまさしく九死に一生を得るような、壮絶な体験記からどうしてこれで遭難扱いになってしまったんだろう、みたいな話まで強弱いろいろあるわけですが、共通するのが自分が道に迷っていると気が付いても「なんとかなるだろう」と楽観して進んだ末に取り返しのつかないことになることで。

山では「違う道を歩いてるとわかったら一度元の道に戻れ」「迷ったら沢に降りるな」という鉄則があるのですが、頭ではわかっているはずの登山者がどうしてそれをできなくなるのか、そのメカニズムも含めて静かな恐怖に満ち溢れたノンフィクションです。

すばらしく面白かったので同じシリーズの「ドキュメント滑落遭難」「ドキュメント気象遭難」もいずれ読みたいと思います。

https://www.yamakei.co.jp/products/?_mode=series&product_series=%22%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%82%B1%E3%82%A4%E6%96%87%E5%BA%AB%22

 

○気になる本

「モンスターマザー―長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い―」福田ますみ/著(新潮社)

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「息子は校長に殺された!」 たった一人のモンスターが学校を崩壊させた。

不登校の高一男子が、久々の登校を目前に自殺した。かねてから学校の責任を追及していた母親は、校長を殺人罪で刑事告訴する。

人権派弁護士、県会議員、マスコミも加勢しての執拗な追及に崩壊寸前まで追い込まれる高校。

だが教師たちは真実を求め、ついに反撃に転じた――。どの学校にも起こり得る悪夢を描ききった戦慄のノンフィクション。

 

☆プロ野球選手名鑑出ました。

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こちらをどうぞ

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1038557479535820&set=a.173929872665256.42099.100001447346815&type=3&theater

 

☆紀伊国屋書店創業者の小説

○「本屋稼業」波多野聖(角川春樹事務所)

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田辺茂一って女好きだったんですね…。

(H)

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