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September 2015

September 13, 2015

中卒の引きこもりがフランス貴族になるまで -『ヒキコモリ漂流記』

少年は頭がよかった。
学校の成績は常にトップクラスだった。
作文を書かせれば地元の地方紙に掲載された。
タイトルは「ぼくのランドセル」。
ぼくのランドセルはお兄ちゃんのお下がりだ、ほかの子とちがってペッタンコ、ぼくはそれをだいじにつかって弟にあげる、そんな作文。
小学生がこういうことを書けば大人は喜ぶだろう、というのを念頭に入れ、効果的にひらがなを多用した。
少年はのちにこの作文を「産地偽装の作文」と評した。”偽りの出どころ”という意味を込めて。

少年は運動もできた。サッカーが得意だった。
大人たちに人望もあった。
自然、リーダー的な存在になった。
バレンタインにはチョコレートがたくさん集まった。
次第に彼は自分を「特別な存在」と思うようになり、他の子供たちに強い優越感を抱くようになる。
やがて同じクラスに中学受験する児童がいると知ると、その“他の子と違う”特別感に少年は強く惹かれ、両親に中学受験したい、そのために日能研という進学塾に通わせて欲しい、と依頼する。

父親が少年を連れて行ったのは、そこに塾があるということを知っている同級生が誰もいない、住宅街の中の小さな民家だった。
先生は本業が不明の中年男で、時に少年が先生に問題の解き方を教えるような環境だったにも関わらず、少年は見事に難関中学に合格した。
彼はちょっとした町の有名人になっていた。

進学した難関中学でもやはり成績はトップクラス。
サッカー部でも頭角を表していく。
少年が自らに恃むところの「神童感」は、巨大な風船のように大きく膨れ上がっていく。

そんなある日、風船は破裂する。

たった一つの、ただ中学生男子には自らの権威を下げるのに致命的な、ある事件をきっかけに。

それは誰が悪いわけでもない、ちょっと運が悪かったようなものだ。
ただ彼の「神童感」は、そのことを許さなかった。
彼は学校に行けなくなり、家に引きこもり、そして「神童」がたどるべき人生の道程を手放していく。

部屋から一歩も出ない、彼の暗黒な日々が始まる。
日中家にいると家族には疎んじられるので、顔を合わせないように昼夜逆転した生活になる。
かといって外に出ると近所の人から受ける視線に耐えられないので、家から出なくなり、みるみると太っていく。
少年は友達を失い、学業を失い、サッカーを失い、精悍な容貌も失った。
けれど、これまでの人生でずっと抱えてきた「神童感」は手放すことができなかった。

ここから少年は泥の中を転がるように落ちていく。
何もかも失った16歳の時に彼が発する「人生が余ってしまった」という言葉が胸を打つ。

少年はずるずると青年になっていく。青年になって少しは取り戻せるかと思いきや、ほとんど好転しない。

引きこもる家を失った彼は借金を重ね、いよいよ明日の食事にさえ困窮するようになる。
その流転振りは小説のようでもある。

そんな小説のような自伝が、面白くないわけがない。
そして、そんな話を“過去のもの”として書けるようになったことを、本当によかったなと思う。
過去になってなかったら、彼が「神童」のままだったら、きっとこの話は書けなかったんじゃないかと思う。

流転の少年が転がりついた先は、フランス貴族・山田ルイ53世だった。
貴族に生きることで、彼は暗黒から抜け出すことができた。

コンビニでバイトしているところを同級生に見られ、話しかけられることが何よりつらかった少年は今お笑い芸人をやっている。

貴族である彼は舞台の壇上で、テレビの前でワイングラスを片手に(中身はファンタグレープだそうだが)「ルネッサ~ンス!」と盃を合わせる。
「ルネッサンス」の意味は「再生」「復活」である。
この本を読むとその掛け声の意味は違ったものに聞こえてくる。

○「ヒキコモリ漂流記」山田ルイ53世(マガジンハウス)

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September 07, 2015

生きることの喜びと悲しみを、濃く伝えてくる小説 ~東山彰良「流」

1975年、昭和50年。
紅茶キノコがブームになり、広島カープがセ・リーグ初優勝し、双子デュオ歌手ザ・ピーナッツが引退した。
当時1歳の私はそのすべてを知らない。よだれかけをつけたまま幸福に泣いていたことだろう。あとから聞けば母はこの頃本当に大変だったらしい。

当然、台湾という厳密には国とは呼べなかった、お隣の地域で偉大な指導者が亡くなったことも知らない。
その年を契機に、台湾は大きく変わっていく。

「流」はその1975年に17歳の高校生だった台湾人少年・秋生をめぐる青春小説だ。

秋生が17歳のとき、彼を可愛がってくれた祖父が惨殺された。
発見したのは秋生だ。
犯人は捕まらない
祖父を殺した犯人は誰なのか、謎が引っ掛かりつつ、彼は人生に翻弄される。
悪友とのハチャメチャな毎日。
美しく成長した幼馴染との淡い恋。
徴兵された軍隊での日々。
人生の節目で現れる、不思議な狐火。

そして成長した秋生が知る、祖父殺しの真実と、家族の過去を知る瞬間。

わたしたちは生きている。
ずっと昔にされたことの恨みを残して、愛する人を得られなかった悲しみを残して、苛烈な体験を経ては生きていることに安堵して、自分の求める世界と、大切な誰かを探り当てて。
「流」はそうやって生きることの喜びと悲しみを、濃く伝えてくる小説だった。

「心から願うものが手に入らないとき、わたしたちはそれで満足するしかない。
もしくは正反対のもので。
そしていつまでも、似たものを似たものとしか認めない。
それを目にするたびに妥協したという現実を突きつけられる。
だけど、ほとんどの人は気づいていない。
その似たものでさえ、この手に掴むのは、ほとんど奇跡に近いのだ」

秋生が日本に住む恋人に、思いを遂げられなかった人への思いが強く残ってることを吐露する場面のこの言葉を、私は何度も読み返した。
読み返しながらいろいろな人のことを考えた。

秋生はこのあとにこう続ける。

「だけど、どんな人でも。いつまでも誰かの代わりではいられないんだ」

いつかまた、私はこの本を読むだろう。
そのとき誰が近くにいて、誰がいなくなってるのかはわからない。
誰もおらず、一人になっているかもしれない。

そのときも、この小説を読める喜びは変わらないだろう。
私たちには物語がある。
自分をどこかに導いてくれる物語がある。
私たちは幸福だ。

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「どうしようもないことはどうしようもない。
わからないものはわからない。
解決できない問題は解決できない。
それでもじっと我慢をしていれば、その出来事はいずれわたしたちのなかで痛みを抜き取られ、修復不能のままうずもれてゆく。
そしてわたしたちを守る翡翠となる。

そうだろ、じいちゃん?」

September 04, 2015

勝敗や記録や成績の前に、野球は人間がやっているものと教えてくれる雑誌― 「読む野球」

三瀬幸司は2003年のドラフト7位で福岡ダイエーホークスに指名され、入団した。
大学卒業後はNTT西日本中国クラブというクラブチームでプレーしており、28歳でのプロ入りだった。
開幕から一軍で結果を出した三瀬は新人ながら抑え投手に抜粋され、その期待に応え一年を通してリリーフエースとして活躍。
オールスターゲームに選ばれ、新人王に輝き、最優秀救援投手のタイトルを獲得した。
一年目のルーキーで最優秀救援投手を獲得した選手は1990年の中日ドラゴンズの与田剛と、三瀬だけである。

「プロ一年目が終わったときには自分のボールがプロでも通用すると思って、自信を持っていました。
でも、ひと冬越えて二年目のシーズンを迎えるときに、きちんと身体のケアをしていませんでした。
自分では“まだまだ元気だ”と思ってたんですけど、どこかでガタがきていたんでしょう。
2年目からは急に球が走らなくなって悩んでいました」(三瀬)

翌2005年、三瀬は同じようにリリーフエースとしての活躍が期待されていた。
開幕から1か月は絶好調だった。
しかし5月のロッテ戦で失点すると、そこから何本かホームランを打たれた。

「本調子ではないのに開幕以来抑えることができたのは、前年のイメージがあったので相手が身構えてくれていたからだと思います。
でも、やっぱり本調子ではないから通用しないんです。
すると、ストライクゾーンの中で勝負するのが怖くなってくるんです。
それまで無我夢中でどんどんストライクを投げられていたのに、この頃になると“コースを狙おう”と意識の変化が起こってきました」(三瀬)

こうした状態で三瀬は6月2日の阪神戦を迎える。
そこで三瀬を待っていたのは、804試合連続フルイニング出場中、カル・リプケンの持つ世界記録までちょうど残り100試合と迫っていた金本知憲だった―。

 

 

「読む野球」(主婦の友社)はいろんな野球人にインタビューすることで野球の裏側にあるドラマを書きだす雑誌です。
今月の特集は『記録を読む』。
そのメイン特集は、前人未到の「1492試合連続フルイニング出場」を作った、元阪神の金本知憲の記録達成の裏側で起きていたノンフィクションが描かれます。

11年に渡ってすべての試合を最初から最後まで出続けるという記録が続けられる中で、最大のピンチは二度にわたって金本を襲った頭部へのデッドボールでした。
その二度のデッドボールを与えた二人の投手、三瀬幸司、そして木佐貫洋と金本の間で起きていたドラマを、今回の「読む野球」では余すところなく伝えています。

甲子園、9回裏、三瀬が投げようとしたスライダーは指から抜けた。
「投げた瞬間、ボールがどこへ行ったのかまったくわからない」と三瀬が語るボールは左バッターボックスに立つ金本のヘルメットに当たった。
金本は当たった瞬間のことを「ヘルメットが脱げて頭に直接当たって、頭蓋骨が骨折した」と思っていたという。
金本がかぶっていたヘルメットは衝撃を逃がすために割れるように作ってあるというA社のヘルメットだった。
そのヘルメットを被ると「あごが細いオレが大きめのヘルメットをかぶるとカリメロみたいになっちゃうから」という理由で、金本は中のクッションになる綿を抜いた状態で使っていた…。

当日、三瀬がどういう状況でマウンドに上がっていたのか。
どういった経緯であの死球は生まれたのか。
甲子園から巻き起こる怒号の嵐の中、危険球退場となった三瀬が考えていたことは何なのか。
そして、苦しみながら金本が思っていたことは何なのか。

三瀬はこの試合のあとも投球が乱れに乱れたため、リリーフエースの座は馬原孝浩に譲ることになります。
その後中継ぎとして試合には出ましたが、一年目のような投球にはついに戻らず、負け試合での登板も多くなり、徐々に出番を減らし、2010年に中日ドラゴンズに移籍。2014年に引退しました。

ネット上では「三瀬は金本への死球をきっかけにイップス(=精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、自分の思い通りのプレーができなくなる運動障害)になったのではないか」という俗説が出回っています。

今回の記事を執筆したライターの長谷川晶一さんは三瀬に直接そのことを聞きます。
三瀬の答えは…読んでお確かめください。

そしてもう一人、同じように「大記録達成中の選手の頭に当ててしまった男」、木佐貫洋と金本の物語も描かれます。
危険球を与えた木佐貫に金本は試合後、あるメッセージを送るのですが、それは木佐貫のもとには届かなかった。
金本が伝えたかったことは何なのか?

本当に読み応えのあるストーリーです。
そして、こういう本を読むと、プロ野球を見る目は変わってくるはずです。

○「読む野球-9回勝負-No.9」

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“鉄人”と呼ばれ、1492試合連続フルイニング出場の世界記録を成し遂げた金本知憲をフィーチャー。
世界記録と2つの危険球にまつわる物語をお届け。
本人のインタビューに加え、当時の指揮官・真弓明信、チームメイト・矢野燿大の言葉から記録の偉大さに迫る。
そして記録継続時に頭部死球を与えた木佐貫洋、三瀬幸司との間にあった出来事とは?

ほかにも福本豊、大野豊、簑田浩二、田中幸雄、久保田智之、野村収、五十嵐章人がそれぞれの記録について語る。
また、知られざるさまざまな記録も大公開!

第二特集は埼玉西武ライオンズ。
黄金時代の主軸・秋山幸二にロングインタビュー。
お馴染み堀口文宏(あさりど)の「裏話ホリ出し」は、豪華2本立てで、西口文也、石毛宏典が登場。
さらに、鈴木健、石井貴がライオンズ愛を語る。

巻頭カラーでは前半戦の主役となった中畑清監督率いる横浜DeNAの現在地を探る特集。
坪井智哉コーチが若きチームの現状を分析。 

連載「藤田の教え」は、堀内恒夫と岡崎郁が登場。
「高森勇旗の2軍で見つけたプロ野球」では、佐伯貴弘をクローズアップ。

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