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November 2014

November 28, 2014

「1964年のジャイアント馬場」と僕、俺、私、そして父親

テレビを見ていて感情が揺さぶられた最初の体験は7歳の時だった。
土曜日夕方の「全日本プロレス中継」。
毎週出てくるザ・ファンクスという外国人兄弟タッグチームが僕は大好きだった。
感情型でやんちゃな弟のテリー。
冷静でテクニックを持った兄のドリー。
どちらかといえばドリーの方が好きだった。
そんなファンクスが、ブルーザー・ブロディとジミー・スヌーカという、見るからに乱暴そうな大男二人と戦っていた。
僕はテレビの前で一生懸命ファンクスを応援した。
ところが試合の途中、ブロディの仲間と思われるウェスタンハットに私服姿の大柄の男にテリーが場外でやられてしまった。
「ハンセンですよ!ハンセンですよ!」と実況のアナウンサーが絶叫する。
僕は「ハンセン」を知らなかった。
知らなかったが、本来2vs2の勝負に「ハンセン」が出てきて、乱暴そうなブロディとスヌーカに助太刀して、3vs2になってテリーをやっつけてしまったことに言葉にならない怒りが沸いた。もう少し大きかったら「きたねえ」と口にしたことだろう。
一人残されたドリーを僕は一生懸命応援した。
が、ドリーは孤軍奮闘しながら、最後はブロディにやられてしまった。
勝利が決まって喜ぶブロディ、スヌーカ、ハンセンの3人。
悔しい。
大好きなファンクスが負けて悔しい。
それもこんな卑怯な手で負けて。たまらなく悔しい。
そのとき、リングに何人かの選手が出てきた。
ハンセンにまっさきに向かっていったのは、いつも父親と一緒に見ているプロレス中継でなんとなく最後に出てくる、赤いパンツのジャイアント馬場だった。
「日本側の選手で、たぶん一番強い人」という認識はあったものの子供心にいまいち存在感の薄かった馬場が、卑怯なハンセンに怒りの感情をむき出しにして攻撃を加えている。動けなくなったファンクスの代わりに。
「許せない」という僕の感情を馬場は汲み取ってくれている。
「馬場、怒りの鉄拳!怒りのチョップ!」とアナウンサーが興奮しながら叫んでるのを聞いて、僕はのどの奥がツーンとしてきて、目頭が熱くなっていた。
1981年の冬。僕は小学校一年生だった。
そのとき感じたのと同じ感情はそれから4年か5年後、テレビで「さようならドラえもん」を見るまでやってこなかった。

僕は小学校に入ったばかりの頃、身体は大きかったが、あまり要領のよくない子どもだった。
鈍臭かったし、口も回らないので、同じ地域の同級生や少し上の子どもたちにからかわれたりいじめられることがままあった。
あるとき、家の近くで近所の子どもに泣かされてると、向こうから「コラッ!」という大人の声がした。
声のした方を見ると、そこには父親が立っていた。
父親が近所の子どもたちの頭にゲンコツを下ろすと、さっきまで僕を泣かせてた彼ら自身が泣いて、どこかに行ってしまった。
今にして思うとずいぶん大人気ない父親だなと思わなくもないけど、その時の僕にとって父親はスーパーヒーローに見えた。
ファンクスの窮地を救った馬場に、僕は父親を重ねて憧れの視線で見ていた。

中学生になると、プロレスを好きで見ている同級生が急に少なくなった。
「あんなの好きなの?あれって八百長でしょ?」と言われることも増えた。
そういうことを言ってくる同級生が決まって攻撃対象にするのは、馬場だった。
「あんな細い腕で戦えるのがおかしい」
「胸なんかアバラが出てるじゃん」
「ぜってー俺でも勝てるよ」
怒りの感情が沸くというのは、相手の発言が真理を突いているからだ。

なんとなく敬われているけど、身体はどう見ても鍛えてる身体でなく、本当に強いのかどうなのかよくわからない馬場。
下にジャンボ鶴田とか天龍とか若い人間がいるのに、彼らに第一線を譲らずにずっと自分が出続けた馬場。
NWAという「世界ですごい」とされてるけど実態はよくわからない権威に固執し続ける馬場。
新しいものを非難はしないけど、決して取り入れない馬場。

僕はいつまでも一線に出続ける馬場が恥ずかしかった。
早く引退してくれと思っていた。
そして家に帰ると「ゲームばかりしていて大丈夫なのか」と聞く父親に「うっせーなわかってるよ!」と乱暴な口をきいていたのもこの頃だ。

やがて馬場はついに一線を退き、ラッシャー木村に「アニキ」と呼ばれるようになり、テレビの放送席でボソボソと選手にケチをつけるポジションについた。
90年代に入って三沢たち四天王の時代になると、「自分にはあんなことできなかった」というような若い選手を認めるような発言が急に増えた。
いつの間にかファンは「馬場」と呼ばず「馬場さん」と呼ぶようになった。
馬場はおじいちゃんになったんだな、と思った。
おじいちゃんになった馬場は年に1回か2回くらい、三沢たち若い第一線の選手と戦った。
ふだんどんなに人気がある選手でさえ、その頃の馬場と戦えば会場の声援は馬場一色になった。
そして1999年1月、馬場はいきなり亡くなってしまった。
亡くなる一ヶ月前まで普通に試合に出ていたため、私たちファンはショックで頭が真っ白になった。
私が父親のあとを継いで本屋になるのはその2ヶ月後の話だ。
父親はもう「自分を押さえつける人」ではなく、「自分より長く生きている人」になっていた。

『1964年のジャイアント馬場』(双葉社)には世界のスポーツ界で通用する日本人がまだ誰もいなかった時代に、馬場がどれほどまでに世界的なスーパースターであったのか、そのとき培った経験が「ジャイアント馬場」というプロレスラーを、日本プロレス界をどのような方向性に導いていったのか、その結果ライバルのアントニオ猪木がどういう考えを持つのか、その猪木の新日本プロレスに追い抜かされた馬場がどのような苦悩をしていたのか、関係者の取材と膨大な資料から得られた言葉で綴られる。
そんなことがあったんだ。
そんなことをしていたんだ。
読んでいるうちに私は、父親の若かりし日の日記を読んでいるような、そんな不思議な気分になった。
私が一番馬場の試合を見ていた1980年代、全日本プロレスは反則やリングアウトといった不透明決着が多く、見ている私はしょっちゅうやきもきしていた。
なぜ当時そうなっていたのかという理由もこの本では明かされる。
その理由を知ったとき、わたしは馬場も、プロレスも、プロレスラーのことも、わかってるようでまだ何もわかっていなかったのかもしれない、と深く思った。

私のプロレス好きは父から受け継がれている。
父はむかしからプロレスが好きで、あちこちによく見に行っていたという。
見に行って一番よかった試合は?と前に聞いたら「馬場とジン・キニスキーの試合」と語っていた。
調べてみたら馬場とキニスキーの試合は昭和43年に蔵前国技館で行われていた。
当時34歳の父はどんな思いでその試合を見ていたのだろう。
国技館の客席から、リングに立つ馬場をどんな風に見ていたのだろう。
力道山亡き後のプロレス界を一身に任されていた、自分より三歳年下の馬場に何かを投影して見ていたりしたのだろうか。
私は父のことをわかってるようで、何もわかっていない。

父にこの本を読ませたら、なんて言うだろう。
手に取ると、タイトルの文字の下から1960年代当時の若き馬場が眼光鋭くこちらを睨んでいた。

1964giantbaba

November 09, 2014

前言撤回:中井文庫はまだやってます

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10月末で終了と告知してきた「中井文庫」ですが、11月に入った今もまだ店頭に並んでいます。
いやね、10/31の段階では撤収する気だったんですけど、その日(というかその週)もよく売れてて、なにより11/1の夕方に撤収しようと思ってたんですけどその日の午前中も売れてたりすると、「…あと1ヶ月やるか」って。
はい。
そんなわけで「中井文庫」は何食わぬ顔でまだやってますんで、DDT高木社長の本とか、 [水玉の悪魔]THE VELVETのMiMiさんの選んだ本とか、なんか外国における納豆食のことを今取材してるらしい高野秀行さんの本とか、まだチェックしてないという方はぜひ足をお運びください。
今度こそ11/30までの予定…かな?
12月には「今年のベスト作品」みたいなフェアをやろうと思ってるのですが、依然中井文庫の方が売れてたらケロッとそのままにしておくかもしれません。
そんなゆるい感じで進行しております。

現在の売れ行き順位はこんな感じ。(9/1~11/9)

1 ゲイルズバーグの春を愛す          ハヤカワ文庫
2 ユーラシア大陸思索行 改版         中公文庫
3 腰痛放浪記 椅子がこわい          新潮文庫
3 キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるかデラックス  朝日文庫  
5 ちびちびごくごくお酒のはなし        PHP文庫

先月末から「ユーラシア大陸」が急伸して一回は「ゲイルズバーク」を上回って1位になったりしたんですが、またひっくり返されました。
「ゲイルズバーグの春を愛す」本当によく売れてます。
しかし、両作品とも初版は30年以上前の作品なんですよね。
ちゃんと調べてませんがフェアにある23点の文庫の中で古い順にいって1番と2番くらいじゃないかと思うんですが、その二つが売れてしまうのだからわからないものです。
その他で言うと伊藤まさこさんの「ちびちびごくごくお酒のはなし」がジワジワと上がってきました。

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☆今月八木書店から仕入れたもの

週に一度、神保町の八木書店という人文書系を多く扱ってる取次に仕入れに行くんですけど、そこで最近人文書に限らずいろんな本が並んでいるのでちょろちょろ仕入れてます。
というわけでこんなものが今店頭にあります。

○つるとはな

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http://www.tsuru-hana.co.jp/sokango/

『Olive』編集長をつとめられていた岡戸絹枝さんと『考える人』『芸術新潮』編集長をつとめられ現在は作家としてご活躍されている松家仁之さんが新しく作られた雑誌ということであちこちで話題になってますね。
ホームページによれば“年上の先輩の話を聞く小さな場所”だそうです。公民館みたいなものでしょうか。
生活の中のちょっとしたことを拾う記事に混じって載っている火野正平さんのインタビューが気になります。
雑誌名の「つる」と「はな」は、スタッフのおばあちゃんの名前からとったものだそうです。

○BOOK5

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http://tomasonsha.com/?mode=f6

「本に関わるすべての人へ発信する情報バラエティ誌」だそうです。
最新号である14号の特集は「名画座で、楽しむ。 名画座を、愉しむ。」
なんとなく中野や神保町で売れそうな特集ですね。
山内マリコさんがエッセイを書いてたりラピュタ阿佐ヶ谷の支配人さんのインタビューが載ってたりするのですが、個人的に一番引っかかったのは後ろの方の「古本屋ツアー・イン・ドリーム」で早稲田の大観堂書店さんが紹介されてることでした。

というのも今から二十年ちょっと前、西早稲田に今もある「みよし」というパチンコ屋に当時18歳くらいだった私よく行ってまして。
なんでそんな中途半端に自宅から遠いパチンコ屋に行ってたのか記憶が定かでないのですが、「みよし」で勝てばいいんですけど、負けると不貞腐れた気持ちを収めるように近くの古本屋をぶらぶらしてから帰るのが常になっていました。
そのとき「みよし」の道路挟んだ向かいくらいにある大観堂書店さんもよくそんな流れで寄っていた、とそういう記憶がフラッシュバックしたからであります。

その頃の記憶としては「みよし」でいつだったかパチンコに勝ったとき勢いでカウンターにあった岡村孝子のCDをもらってきまして、当時の岡村孝子といえば今で言うaikoのごとく「女子POPミュージックの頂点」みたいな位置に存在していて、尾崎豊と長渕剛ばっかり聴いていたのに「こういうのを聴いておくのも恋愛の素養になるかも」みたいなだいぶ不埒な理由で聴いたりしたのですが、晴れた日曜日の午後にパチンコから帰ってきて部屋で岡村孝子を一人聞いていると「俺は何をやっているんだろう」という気分がより増幅してとてもつらかったのをよく覚えています。

まあ20年たってわかるのは岡村孝子を聴いたからといって別に恋愛の素養とかあまり関係なかったというか…なんかこういう話してると軽く死にたくなりますね。。。

なんだったけ、「BOOK5」の話ですよね。名画座特集です。早稲田松竹に行きたいです。

しかしこのバックナンバー第10号の特集「本と腰痛」って何だろうな…気になる。

 

○「次の本へ」(苦楽堂)

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http://kurakudo.co.jp/

1冊目を読んだあと、私はこうして次の面白い本に出合いました」。本をもう1冊多く楽しく読めるようになる、84人の読み方案内エッセイ集。
ちょっと変わった形の本ガイドといいますか。

聞きなれない出版社だと思いますが、この苦楽堂という版元は以前プレジデント社で編集者をされていた石井伸介さんが今年の夏に新しく立ち上げられた会社で、この本が記念すべき第一作になります。
石井さんは藤波辰爾の大ファンで、仕事で大分に行ったときに空いたわずかな時間で藤波の生家を見に行って15分で帰るとかそんなことをしているぐらい藤波が大好きで、伊野尾書店にも一度「無我」のジャンパーを着て来店されたことがあるくらいだったので今回の独立も藤波の団体・ドラディションように「大きく成功しているようには見えないがかといって失敗してるようにも見えず、淡々と続いている」という風になるよう、応援しております。

 

☆今月の文芸書

○「笹の舟で海をわたる」角田光代(毎日新聞社)

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終戦から10年、主人公・左織(さおり)は22歳の時、銀座で女に声をかけられる。風美子(ふみこ)と名乗る女は、左織と疎開先が一緒だったという。風美子は、あの時皆でいじめた女の子?「仕返し」のために現れたのか。

私の中で角田光代さんはもはや別格の作家さんみたいになってるところがあるのですが、何がすごいって毎回こちらの期待値を上回るクオリティを保ちながら、物語を味付けの違ったものにして作るところで。
今回は昭和を生きた二人の女性を通じて「人生の真実とは何か」を描く長編です。
すばらしく良いです。

人生はずっと過去に追いかけられながら生きないといけないものなのか。
自分の人生はどこまで自分で選択したものによって築かれているのだろうか。
人間は少しずつ変わってしまい、一方では変えた方がよいとわかってるのに変えられないものがある。

葬式の夜に母親から六十年分の半生の告白をされたような、とても重大なものを預けられたような読後感があります。
しばらく思考を奪われてしまうような。
そして全部読み終わってから、帯にある「人生を受け渡す瞬間」という言葉を見ると「ああっ…!」となるものがあると思います。
もう一度言いますがこれは本当によかったです。

 

 

☆今月のマンガ

○「同棲終了日記 ~10年同棲した初彼に34歳でフラれました」おりはらさちこ(双葉社)

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いや、タイトルでもうどういう話かすべて表してるんでこれ以上の説明はないんですが…これはなんかすごかったなあ。
なんでもない二人から恋が生まれ、少しずつ接近して最後はくっつく、そんなよくある恋愛マンガの逆モーションですからね。
くっついてる二人が徐々に離れていって、最後は別れる、いくという。
またねー、最初の恋人と10年つきあって、同棲して、それで別れるのが34歳という…。もうあとは読んでください。

 

☆今月の余計なひとこと

某本屋本に載っけてもらいましたがなんか恥ずかしいのであまり見ないでください。
壇蜜さんは大好きです。
どのくらい好きかというと去年池袋のリブロで行われたサイン会に行ったくらい大好きです。
そのときに手紙を書いていったのですが渡したら「ねー、字ちがうー」と困った顔で突き返されて、よくよく見たら『壇“密”さま』という字を書いていて、もう100回くらい死にたくなりましたがそんな私に「うふふ。ね、これブログに出してもいい?」といじわるな笑顔で聞いてきた壇蜜さんはテレビの150倍くらい可愛らしかったです。

私からは以上です。
壇蜜さん書き下ろしの新刊出てます。

○「壇蜜日記」(文春文庫)

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どうぞよろしくお願いいたします。

(H)

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