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September 2013

September 19, 2013

古本屋の棚の隅っこによく並んでる日に焼けた文庫本の著者の若い頃の話

円地文子は昭和の女流作家だ。
戦時中から本を書いていたが評価されるようになったのは1960年代以降で、現代語訳した「源氏物語」はずっと新潮文庫のロングセラーだった。

その円地文子は学生の頃、近視になって教室で黒板の字を読むにも難儀するくらいになっても眼鏡をかけるのが嫌で、映画や芝居を見るとき以外は前が見えなくてもずっと眼鏡をしなかった、というエピソードが山田太一の「生きるかなしみ」(ちくま文庫)に載っている。
理由は「顔が醜くなるから」。
当時の眼鏡は丸縁の愛想のないデザインだった。
円地は芝居や映画に夢中になったのもあるが、同時に「学校で眼鏡をする姿を見られるのが嫌で」学校に行かなくなり、そして退学する。

その後小説を書いて売れるようになった円地だがやはり眼鏡をかけることは大嫌いで、仕事上の会合や集まりに行くときも眼鏡をかけないまま行った。
当然、知人から声をかけられても誰だかわからなかったり、顔を見ておきながら通り過ぎるといった失礼を繰り返すようになる。
そこで円地が眼鏡をするようになったかといえばそうではなく、なるべく人前に出ないようにし、出るときは顔を見て通り過ぎる失礼のないように下を向きながら歩いた。
そうするうちに当時の文芸雑誌に「円地文子は陰気」と書かれ、憤慨したという。

ここまで読んだ大半の人が思ったろう。
「じゃあもう眼鏡かければいいじゃん」
でも円地はかけなかった。
「眼鏡はブサイクに見える」
その思いはあらゆることに優先した。
「なるべく普段は外した方がよい」という母親の助言もそれを後押しした。
人前で眼鏡をかけることは、当時の円地の美意識では絶対に許されないことだったのだろう。
まるで能町みね子や雨宮まみのエッセイみたいだ。
女性にとって「他者からの美醜を判別する視線が何より恐ろしい」というのは今に始まった話ではないのだ、というのが深く伝わる。

「女は髪型、化粧、服装を繊細な感覚によって、自分を美しく見せられるから、ありのままの自分を受け入れられるようになるのは青春をはるか過ぎたころになってからではないか。
見た目が女の人生を左右する迷信から抜け出したあとでも、女は生涯自分を装うことを業としているし、そこに女が女を見失わないよさも、執着の深さもあると思う」

円地は40歳を過ぎてから人前で眼鏡をかけられるようになったという。
年老いてから「私が若いときにコンタクトレンズがあれば」と言ったという。
コンタクトがあればあったで、また別のところで違う悩みが発生するんじゃないかと思うけど、女子でない自分がそれを言っていいのかどうかがわからない。

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(H)

September 15, 2013

オリンピックっていうとどうしても山手通りにあるスーパーの方を連想してしまうんだけど

2020年東京オリンピック開催が決まって、こんなに世の中が大騒ぎするとは思いませんでした。
ちょっと前まで立候補都市の中でも賛成の意見が少ないことが問題視されるくらい、冷めてたのに。
私自身は、良いも悪いもなく「ああ、こうして歴史の節目に立ち会うんだなー」と感じてました。
この感覚は世界的なニュースを見るたびにあって、古くは湾岸戦争の開戦を伝えるニュース映像を見たときから、ワールドカップ初出場を決めたジョホールバルの歓喜とか、9.11とか、東日本大震災まで、いつも時代の節目に「これは何年か後に歴史の教科書に載るんだろうな」というぼんやりとした感覚がありました。
言い換えると「ライトな終末感」というか。
どこかの人が書いてましたが、
「21世紀になって日本は有史以来最大級の巨大地震に襲われ、原発がメルトダウンし国土の何%かが人が立ち入れない区域になり、国の財政は逼迫して税率が上がる、そんなタイミングで2020年の東京オリンピックは行われた」
ってあらすじ調の文面にするとすごい終末感というか、サイバーパンクな世界っぽく聞こえてしまうわけで。80年代に小松左京が書いてそうな。

すでにいろんな媒体でオリンピックの明るい側面、暗い側面が語られてる中、来年春からの消費税8%がほぼ決定したというニュースや、10月から東京都の最低賃金がさらに上がって869円になるとか、
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/130910/biz13091015390010-n1.htm
7年どころかすぐ目の前にライトな時代の転換点を迎えてなんとも言えない虚無感があります。

会社も個人も、ありとあらゆるものが「同じままでいいわけないじゃん」っていうことなんだろうなあ。
2020年は何やってるんでしょ。

ところで私は1996年の春から秋まで就活してたのですが(その後内定も取れずにいろいろあってフリーターになるわけですが)、ちょうどその頃2002年のワールドカップが日韓共催に決まって、何社かの試験で「日韓共催についてどう思うか」的な作文を書かされたことがありました。
なので、来年の就活にもきっとこの話題が出るんだろうなあ。
今思うとやっぱりあの日韓ワールドカップが決まったのもそこから7年後くらいのタイミングで、「その頃何やってるんだろう、世の中どう変わってるんだろう」と思ったものですがケータイとインターネットができたぐらいで後はそう大きく変わらなかったな、って思った記憶があります。
逆に言うとケータイ・インターネット誕生級のインフラ変化がこれからあるのかもしれませんが。
そういやスマートフォンっていつできたんだっけ?って気になって調べてみたら最初のアイフォンが出たのは6年前、2007年でした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/IPhone_(%E5%88%9D%E4%BB%A3)

この7年で何ができるんだろうなあ。
ちなみに2020年に剛力彩芽さんは28歳です。イメージ的には今の上戸彩みたいな感じなのかな。

  
☆ということで

とりあえず棚作りました。

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これからどんどん増えるんでしょう。

○「IOC―オリンピックを動かす巨大組織―」猪谷千春/著(新潮社)
http://www.shinchosha.co.jp/book/333491/

によれば、1984年のロスオリンピックが商業主義的運営に大きく舵を転換するまでオリンピックは「赤字になるもの」とされていて開催都市の立候補は少なかったのですね。
この本は謎に満ちた、「どうせ裏金いっぱいもらってるんじゃねえの」的目線に晒されがちなIOC理事の実務が細かく書いてあって興味深かったです。

 

☆秋の夜長に

夜は比較的涼しくなってきましたが、こういう時期はミステリー小説とかどうでしょう。

というわけで「ミステリーマニアが選んだ面白すぎて何も手につかない!そんなミステリー集めました!」フェアを始めました。

2013

おかげさまでよく売れております。
「長い長い殺人」(宮部みゆき)、「プラ・バロック」(結城充考)あたりが売れてますが海外作品も「クライム・マシン」(ジャック・リッチー)、「ミニ・ミステリ傑作選」(エラリー・クイーン編)なんかがポツポツ売れております。

私はこのフェアに入ってる本じゃありませんが最近出た東野圭吾の新刊が普通に面白そうで気になっております。

○「祈りの幕が下りる時」東野圭吾/著(講談社)

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☆今月の名著

○「反省させると犯罪者になります」岡本茂樹/著 (新潮新書)

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もともと新刊が出たときからある程度売れていて、個人的にも2ちゃんねるのスレッドみたいなタイトルがずっと気になってたのですが読んでみたらこれは名著。
著者は刑務所での重刑犯罪者の更生支援にも関わっている臨床教育学の先生なのですが、「人間に本当に反省させるには、こちらから反省をさせてはいけない」といいます。

まあタイトルの真意は「本当に心から反省していない状態で形だけ反省文を書かせて解放しても問題意識が根深く残るだけでいずれさらに重大な犯罪を起こしかねない」という話につながっているんですけど、なかなかなるほどなーと思わせる話が満載でした。

身近な例としてこの著者はまず自分の話を書いてて(自分の身を削った話を書く人が僕は大好きです)、

ある日の夜にコンビニの駐車場でヨソの人の車にぶつけてしまった、と。
車には人が乗ってて、すぐに「すみません、申し訳ありません」と平謝りをするが、

「実のところ私は本当に申し訳ないとはこの時思っていなかった、思っていたのは
『うわーまだこれから仕事あるのにこの時間から保険屋にあれこれ連絡するのめんどくさいなあ』
『なんでぶつけてしまったんだろう』
『だいたい学生がちゃんとレポート出さないで余分な時間取らせるからだ』
みたいな自分のことばかりで、『考えてみれば被害者の方は何も悪いことしていないのにこれから余分な手間をわずらわせるわけで、悪いことをしたなあ』と考えたのはずっとあとになってからだった」

という話をしています。

私も車でぶつけた経験があるので、すごい共感できる心理です。
このとき車をぶつけられた被害者の方は「いいですよ、大丈夫です」と著者をなだめてますが、もし「ふざけんな!どこ見てるんだ!反省しろ!」となったらどうでしょうか。
たぶん、自分が悪いことを差し置いて「ふざけやがって」みたいに怒りを貯めるか、「俺のせいじゃねえよ」みたいな責任転嫁をするかで、そのまま反省することはないでしょう。

人間は「反省しろ!」と強いられると絶対に心から反省しない。

そのことが一冊通して読むとすごくわかります。
この本は犯罪矯正の話を書いてますが、部下がいる管理職の人や、スポーツチームの監督など何かしら組織をまとめる地位にいる人、子供を持つ親御さんなど、ぜひに読んだ方がいいと思います。
ヒントになる話がありすぎです。

 

☆もう一個面白かった本

○「オレって老人?」南伸坊/著 (みやび出版)

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「前期高齢者となった団塊の世代のほぼ50%は自分を老人と思っていない。
あとの50%が自分を老婆と思うはずがない」

というオビを見たときにああ~と納得しました。
街には年寄りが溢れているけど、自分のことを「年寄りだ」と思っている人はほとんどいないって言うけど、自分も含めて30代後半くらいでも結構「まだ若い」って思っちゃうというか、思いたいですからね。笑えないです。
たぶん、そのうち「老人」「お年寄り」という言葉はなくなるんじゃないでしょうか。
もっと耳障りのいい言葉に変えられる気がする。

「年をとって悲しいのは、すぐにお腹がいっぱいになること」という話にやっぱりああ~って思いました。

 

☆というわけで

台風大丈夫でしょうか。
うちのバイトちゃんが氣志團万博に行くので心配です。

☆ちなみに

9/23(月)は祝日ですが本が出ます。
と思えば今月の9/7(土)とか、来月の10/5(土)とか、本が出ない土曜日という日もあります。
すべて流通上の都合でございます。

あ、あと来月ミシマ社からCoccoの本が出ます。
『東京ドリーム』
10月25日発売。
http://www.cocco.co.jp/pc/information.shtml

予約受付中。

バレンティンと田中マー君の本はいつ出るんでしょうか。

(H)

September 08, 2013

イチローについて語るときに僕の語ること

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イチローと私は年齢が一つ違い、イチローが一学年上だ。
日本プロ野球史上初めてカタカナの登録名になった彼が驚異的なペースで打ちまくり野球界のニュースターになっていた1994年、私は大学二年生だった。
9月に入った頃、イチローはシーズン最多安打の日本プロ野球記録を樹立しようとしていた。

その新記録がかかった試合を迎えた日の朝、大学のクラスメイトだったK君が「今日イチローの試合見に行こうぜ」と休み時間に言ってきた。
試合は東京ドームでの日本ハム戦だった。
たとえ日本記録がかかっていても、平日の日本ハム戦ならチケットがまだあるだろうと思って行くことにした。

私にとって意外だったのは声をかけてきたのがK君だったことだ。
K君は自分でバンドを組んでいた鎌倉出身のロック少年で、ロックとヘビメタとヤクザ映画には詳しかったが野球の話をしていた記憶はあまりなかった。

学校が終わったあと、普段から私やK君とよく一緒に行動していたU君と、愛知出身で高校時代からイチローの存在を知っていたというO君の4人で東京ドームに向かった。
ドームに向かう電車の中で「なんで急に野球行こうと思ったの?」と聞くと「いや、イチローが日本記録作るの見たいなと思って。同い年だから」と答えた。K君は一浪していたので年が私より一つ上だった。そっか、同い年か…と思った。
自分と同い年の人間がすでにシーンの第一線にいる、そんなことを十九歳にして初めて実感した。

試合のことはほとんど覚えていない。
何打席目かで、イチローはレフト前にクリーンヒットを放って、見事に日本記録を樹立した。
打球が外野手の前に抜けた瞬間、ドームがウワーッという歓声で包まれて、ものすごいフラッシュの光が焚かれたことを覚えている。
ピッチャーは確か有倉だった。
当時の日本ハムで先発の谷間に投げたり、中継ぎをやってた地味な投手だ。
イチローに打たれたことで、打たれた彼の名前も野球史にずっと残るのだろうな、と思っていた。

場内が騒然としている中、私たちが陣取っていた三塁側内野自由席の後ろの方が「おめでとう」「おめでとうございます!」みたいな感じで急に騒がしくなった。
何だろうと振り返ると客席に座る一人の男性のもとへ周囲の観客がかけつけ次々に握手を求めている。
O君が「あれイチローの親父だよ!」と教えてくれた。
その頃、イチローの父親はたびたびテレビにも出演していてちょっとした有名人だった。
するとK君が「おう、(俺らも)行こうぜ」と席を立ったので私も彼に続けて移動し、イチローの父親を取り囲む輪に入り「おめでとうございます」とK君と私は握手をした。
テレビで「チチロー」という愛称をつけられていたイチローの父親はいったいどこの誰だかわからない私たちに対しても「ありがとうございます。ありがとうございます」と目を細めて手を握り返してきた。
チチロー握手攻めは試合が再開してからもしばらく止まらず、球場係員が「ご自分の席にお戻りください」と整理にやってきてようやく収まった。

イチローが日米通算4000本安打というとてつもない記録を作って今週号の「Number」で特集されてるのを読んだとき、チチローは元気かな、と思った。
あのとき握手したお父さんはこの世のすべての善意を浴びせられたようなフワフワした笑顔で「ありがとうございます。ありがとうございます」と周りの人々に頭を下げていた。
彼は息子であるイチローが小学三年生の頃から家の近くの公園で毎日野球の練習を共に行い、町内にあるバッティングセンターに毎日同行して息子の打撃フォームをチェックし、イチローが中学、高校と進学しても毎日学校練習を見に来ていたという。
あの東京ドームでの笑顔は、自分のすべてを「息子の野球技術の上達」に費やした男がついに世間から認められた、そんな表情だった。

が、イチローはどうだったのだろう、とも思った。
イチローは野球のためにすべてを捧げてきた。

彼は本を読まないという。
本を読むと動体視力が落ちるから、と。
雨の日には転ばないよう、徹底的に注意する。
近くの階段と遠くのスロープがあれば遠くのスロープを歩く。
すべて自分の身体をケアするためだ。
野球のために身体の故障になりかねないものを徹底的に排除するイチローには、経験しなかったこと、得られなかったものもきっとたくさんあるだろう。

イチローの4000本安打をK君はどこでどういう思いで聞いただろう。
イチローは会見で「誇れるとしたら4000本のいい結果でなく、8000回の悔しい思いと向き合ってきたこと」と語った。
私はどんな悔しい思いと向き合ってきただろうか。
あのとき東京ドームのフェンスの向こうに見えたイチローは、今や遠い海の向こうにいってしまって見えなくなってしまった。
あの試合から十九年が経った。
4000本を打つ人にも4000本を打つ人を育てる人にもなれそうにない。
が、それでもまだ何かなれるんじゃないか、何かできるんじゃないか、という思いが心の底には残っている。
その思いはイチローの心の中にある思いとちょっとでも重なっているだろうか。

(H)

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