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July 2013

July 29, 2013

本当の夏が来た 生きているまぶしさ

夏になりました。
なんだか二日に一日くらいの頻度で夕方雷が鳴って雨が降ってる印象があるのですが、先週の土曜日は隅田川花火大会が途中で中止になったり、NEWSのコンサートが中止になったり、それでまあいろいろあったりと、みんな大変だったみたいですね。

本屋の夏の風物詩的なものというと文庫各社の夏のフェアですが、集英社は文庫以外にコミックでも「ナツコミ」という名称で夏のフェアをやっとります。

http://natsucomi.shueisha.co.jp/

この「ナツコミ」、参加書店の店頭装飾コンクールもやっているのですが、今年初めて参加してみました。

どん。

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「暗殺教室」の殺せんせー。

うちのスタッフさん3人が作ってくれました。
通常業務の間に寸暇を惜しんで、まさしく夜なべという感じでした。

そんなわけでただいま「暗殺教室」をお買い上げのお客様に殺せんせーのフェルトコースターさしあげております。
数に限りがありますのでなくなった場合はご了承ください。

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ところで集英社文庫の方の「ナツイチ」が今年はAKB48がやっているという話は前の前のエントリに書きましたが、7/13からいよいよメンバーの感想文がアップされるようになりました。
ちょこちょこ読んでて思ったのは…うん、夏休み明けに生徒の読書感想文を読む学校の先生になった気分ですね。
とりあえず松井玲奈さんの感想文を載せておきます。
(※週替わり交代なので来週になると見れなくなるようです)

太宰治の「人間失格」を読まれたそうです。
http://kansoubun.shueisha.co.jp/matsui_rena/

松井さんには「古屋兎丸の『人間失格』も面白いですよ」って伝えたいです。
http://www.shinchosha.co.jp/book/771621/

 

☆偏屈な天才パティシエと彼を取り巻く人間が贈る甘く染み入る人情ストーリー

○「アマイタマシイ」(1~2巻)杉本亜未(集英社グランドジャンプコミックス)

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裏寂れたシャッター通りの街にやってきた天才パティシエ・熊谷にスイーツ好きの二人の男女が「この街にあなたの店を開いてほしい」とお願いし、開店を決意させたまではよかったものの天才パティシエは他人の言うことを聞かない上に思ったことは何度もズケズケ言う性格でこの先どうなるのか…というお話。
いい話です。
そして美味しそうなスイーツの豆知識がいろいろ得られます。

こちらで試し読みが読めます。
http://www.s-manga.net/book/978-4-08-879386-3.html

今ならお買い上げのお客様にオリジナルクリアファイルか付箋をさしあげてます。

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☆もし大ヒット少年漫画家が連載中急死したら―

○「ミリオンジョー」十口了至/原作 市丸いろは/漫画 (講談社モーニングコミックス)

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単行本最新刊の初版が500万部という国民的人気漫画『ミリオンジョー』。
その作者・真加田恒夫が連載中に部屋で急死していた。
発見した担当編集者の呉井がチーフアシスタントの寺師を呼ぶと、寺師は言った。
「少し待ってくんねえかな…通報するの。今『古代戦士編』最高に盛り上がってるところだろ?」
そして二人は真加田の死を隠蔽し、そして自らが続きを書く事を決意する―。

いろいろ喉元まで出かかってるツッコミもありますが、あえてもう何も言いますまい。
ただ、面白い。
どうなるのかこの先。

こちらも試し読みができます。
http://kc.kodansha.co.jp/product/top.php/1234645773

つい「キン肉マン」でキン肉マングレートが控室で死んでいるのを発見したテリーマンが咄嗟に自分でグレートのマスクを被ってしまうエピソードを思い出します…。

 

☆気になる本

○「混浴と日本史」下川耿史/著 (筑摩書房)

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この国における混浴の歴史について徹底的に調べた本。
すごいね。
よく平安時代の入浴風習とか「日本書紀」の中の記述まで調べたなあと感服します。
日本で長く続いてきた混浴に禁止令が出るのは江戸時代後期のことで、理由が「売春の斡旋につながる」だったとか、そんな話がたんまり読めます。

そういえば私は23歳の頃、一人で和歌山のあたりを旅行してた時にたまたま入った露天風呂が混浴で、「うおっ!」と思いつつ入っていたらゲイっぽいおじさんに妙に話しかけられてそれはそれでまた「うおっ!」となったことをなんとなく思い出しました。

 

☆気になる本2

○「必修科目鷹の爪 ネット動画世代のためのあたらしい教養読本」内藤理恵子/著 (プレビジョン)

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アニメ「鷹の爪」が私は大好きなんですが、まさか「鷹の爪」を介して社会を読み解くなんていう本が出るとは思いませんでした。
著者は愛知大学の国際問題研究員の方だそうですが、まえがきを読むとなんとなくネットで見た「鷹の爪」にドハマりして自分が大学で請け負っている『企業と社会』という授業の教材として使えないかと考えた末に吉田くん(「鷹の爪」の中心人物)のモノマネをしながら講義をしたり、「島根は鳥取の左側です」Tシャツを倫理学の授業に来ていったりと、内容はともかくこの先生のことが気になります。大丈夫なんでしょうか。

「デラックスファイターは資本主義の象徴であり、彼が失敗するのを見て私たちは資本主義に染まる自分たちの行いを反省する」みたいなことが書いてあったり、全体的に「一時期流行った『エヴァンゲリオン』で社会を読み解くとかそういう本に似てるなあ」と思ってたら、この先生かつてはエヴァにハマっていたそうです。
『エヴァンゲリオン』から『鷹の爪』への移行がこの15年くらいの社会の変革の象徴なんでしょうか。
深いですね。
そんなわけで今宵は「鷹の爪」とあの「ガラスの仮面」がコラボした大変わけのわからない動画を貼り逃げしてお別れとしたいと思います。
た~か~の~つ~め~。

(H)

July 11, 2013

4522分のうちの15くらいの記憶

平成の前に昭和という元号がつく時代があった。

流行の音楽は久米宏と黒柳徹子の「ザ・ベストテン」で知る時代があった。

 

そんな昭和61年、新宿区立落合第二小学校5年3組の男子はみなどこかしらの野球チームが好きでいなければいけなかった。

 

クラスの大半の男子にとって好きな野球チームを持つことは円滑なコミュニティを形成する必須条件で、「野球に興味ない」「好きなチームなんてない」という子はクラスの中でマイノリティに追いやられた。

 

ガキ大将的なリーダーのタケイ君は巨人ファン。

 

足の早いイトウ君も身体の大きかったマツムラ君も巨人ファン。

 

クラスの男子半分くらいは巨人ファンで、ついで多かったのが阪神ファン、それから西武、中日のファンがポツポツといるといった具合。

 

そんな中、家が銭湯を経営しているホソカワ君だけは大洋ホエールズのファンだった。

 

大柄な彼は温和で、何かと揉め事を起こす他のクラスメイトの中で常に「まあまあ」となだめる役回りで、一方で掃除の時間にはふざけて我々を笑わせて、皆で仲良く先生に怒られるきっかけを作ったりするようなムードメーカーだった。

 

当時わたしたちの間にはプロ野球カードというサイコロを振ってその出目でヒットとかアウトとかホームランという結果を決めるカードゲームが爆発的に流行っていて、ホソカワ君が使うホエールズのカードは紺と白のツートンカラーが他のチームとは一線を画していてカッコよかった。

が、高木豊・加藤博一・屋鋪要というスーパーカートリオを擁する彼のホエールズカードはあまり強くなく、クロマティ・原・吉村・駒田が並ぶタケイ君のジャイアンツやバース・掛布・岡田という破壊的な打撃陣を持つイシカワ君の阪神にいつも負けていた。 

 

 

 

元号が昭和から平成に変わり世の中に「トレンディブーム」というのがやってきてた頃、やりたいことは自堕落、当面の目標は自堕落、欲求不満とコンプレックスと自意識過剰が膨れ上がって破裂寸前だった中学3年の私の隣の席に座っていたイノウエ君は話してみると大洋ホエールズのファンだった。

 

イノウエ君は背の小さいメガネをかけたおとなしい男子で、黙っているとクラスにいるのかいないのかわからなくなるくらい淡白な存在感の人だった。

 

彼がクラスの他の同級生と話しているのを見ることはほとんどなかった。

 

そんな彼と退屈な授業中に野球の話をするようになると、なぜか野球については異様な攻撃性を発揮し「欠端はダメだ。死ね」「大門また打たれやがった。あいつ死んだ方がいい」といった感じで愛しているはずのホエールズの選手を呪うペシミストだった。

 

 

一度彼と5月の連休中の横浜スタジアムに横浜-中日戦を見に行ったことがある。

 

「なんだよ来んのかよ。めんどくせえなあ」とかなんとか言ってたわりに待ち合わせ場所に行くと妙にオドオドして「お、おう、じゃあ行くか」と行って“俺のホーム感”を出して先導し、球場に入るまで場外に続く列に並んでると「コーラ買ってくる」といきなりどこか行ってしまい、なんだよマイペースな奴だな…とイライラしてたらその手にはコーラのボトルが二つ握られていた。

 

イノウエ君とはその後私の趣味に付き合ってもらって西武球場に西武-ロッテ戦なんかを見に行ってやっぱりロッテの選手を罵倒された記憶があるのだが、それ以降の記憶がない。

 

きっと、クラス替えか何かでパッタリ遊ばなくなってしまったのだろう。

 

覚えているのは、彼が使っていたノートの端っこには当時ホエールズがマスコットマークに使っていた男の子がバットを振るシールが貼ってあったことだけで。

 

 

 

 

「大学行けるかな」「行けるだろ」「でも行けなかったらどうしよう」「にしても今年で高校生活終わりなんだな、何もなかったな」「ヒマだな」「彼女ほしいな。いや彼女とまではいわない。しゃべることができる女ともだちがほしい」「バイトでもすっかな」「いやその前に勉強だろお前」と自分の頭の中で大勢の天使と悪魔が喧々諤々の議論をしていた高校3年生。

 

その頃よく遊んでいたのはテニス部だったけどテニス部はシンドいからやめて自宅の近所のテニスクラブに通い、ファッション誌を見ては洋服や髪型のあれやこれやに気を遣い、発売間もないスウォッチを上野かどこだかに行って買ってきたりする、中肉中背で口達者なヨネカワ君。

 

工場の息子で18歳のみぎりで「石倉三郎に似ている」と言われ「おっちゃん」と呼ばれたりする、しかし実際18歳という年に見えない落ち着きとビジュアルを誇った背の高いイシガミ君。

 

以前は野球部にいて、その時に投げたボールがナチュラルシュートしていたために「ナチュ」というアダ名をつけられていた長身のサトウ君。

 

多少そのときによってメンバーが増えたりあるいは都合でいなかったりしつつ、何かというと私を入れたこの4人で集まってはゲームセンターにいったり釣りにいったりマクドナルドでグダグダしたり、という高校生らしい無駄な時間を過ごしていた。

 

四人とも野球が好きで、私はその頃ヤクルトファン、イシガミ君もヤクルトファン、ヨネカワ君とサトウ君の二人が横浜大洋ファンだった。

 

必然的に学校が終わったあとに四人でよく神宮球場にヤクルト-横浜戦を見に行った。

 

当時セ・リーグは「巨人・中日・広島」のAクラスチームと、「ヤクルト・横浜大洋・阪神」がBクラスとハッキリ分かれていた時期で、阪神がまた図抜けて弱かったのでヤクルトと大洋は「同じ穴のムジナ」的なライバル心があった。

 

ヤクルトに点が入ると喜ぶ私とイシガミ君に向かって他の二人が「ムカつくなあ」とメガホンを叩き、大洋に点が入ると今度は喜ぶ彼らに向かって私とイシガミ君が「ムカつくんだよ」とメガホンを叩くという、要するに野球を通して四人でじゃれあっていた。

 

そのころは大洋にレイノルズという足が早くて巧打を連発する外人選手がいていいところで痛打するので、私のヤジはいつも彼に向けられていた。

 

東北福祉大学から入った背番号22番をつけた佐々木というルーキーのプロ初先発も神宮で見た。

 

その佐々木が魔球のようなフォークボールを習得し絶対的な抑えになっていった頃、引退間際のスワローズの杉浦享が代打で出てきて彼からホームランを打ったのも神宮で見た。

 

けどそんな鮮烈な瞬間はほんのちょっとで、たいがいは岡本透とか欠端とか田辺とか今思い出そうとしても何の特徴も思い出せない地味な投手たちが淡々と試合を作り、高木豊とかシーツ、若かりし進藤や谷繁といった「存在は記憶にあるけどプレーは記憶にない」選手がコツコツと点を取る、そんな地味で丹念な野球をホエールズはやっていた。

 

今思うとあの4人で一番野球を見に行った1992年は、大洋ホエールズ最後の年だった。

 

私たち4人が揃って大学に進学するのと同時に、濃紺がカラーの大洋ホエールズは消えてブルーのストライプがまぶしい「横浜ベイスターズ」という華やかなチームが誕生した。

 

 

 

大学に入ったはいいけどやっぱりこれといってやりたいこともなく、ただアルバイトに明け暮れては稼いだお金を右から左へプロレスのチケット代に回していた21歳の頃、バイト先にキリュウ君という一つ年下の専門学生が入ってきた。

 

キリュウ君は岩のような頑健な表情をした背の低い若者で、とっつきにくい第一印象を与えながら仕事している間は「はーい!」「了解しましたぁ!」「今もっていきまぁす!」とヤケに快活な返事をすることで瞬く間にスタッフ間の信任を得て、すぐに私たちと一緒にご飯や遊びに参加するようになった。

 

キリュウ君は横浜ベイスターズのファンで、毎週土曜日のバイトが終わったあとは深夜に私の家に来て「ワールドプロレスリング」を見て、それから「実況!パワフルプロ野球」という野球ゲームをやるというのがお決まりのコースだった。

 

彼が使うベイスターズは打線が粒ぞろいな上に四番にブラッグスというホームランバッターがいて、ピッチャーも抑えに大魔神・佐々木がいるので対戦するのが厄介なチームだった。

 

横浜はゲームだと結構強いのに何で優勝争いできないのかな…と思っていたが、それから三年後に38年ぶりのリーグ優勝と日本一を遂げることになる。

 

もっともその年は、日本が初出場し国中が大騒ぎしたワールドカップフランス大会が開催され日本は3連敗に終わり成田空港では再三好機をはずしたフォワードの城彰二にファンが水をかける事件まで発生したその陰で、わが千葉ロッテは3連敗どころか18連敗というワースト日本記録を達成し、シーズン終了後に当時のロッテ・近藤監督が退任会見で「もっと強いチームでやりたかった」と発言してロッテファン的には暗黒過ぎていまだにネタにできるぐらい真っ黒だったことが思い出深い一年だったわけだが。

 

もうすでに就職して公務員になっていたキリュウ君に「おめでとう」と電話をすると(当時はメールなんてしなかった)、ありがとうございます、家族中で喜んでます、と上機嫌に答えられた。

 

そういえば彼はお兄さんの影響で大洋ファンになったって言ってたっけ、てことを思い出した。

 

 

 

あれから15年。

横浜ベイスターズは優勝していない。

チームは2000年代中盤から低迷し、2000年代後半は1998年のロッテを上回る、プロ野球の歴史に残るような暗黒期に突入する。

2012年には親会社も代わって「横浜DeNAベイスターズ」になり監督は中畑清になったが「不格好経営」ならぬ「不格好球団」ぶりは抜け出せていない。

 

 

思えばあれから私もベイスターズファンに出会っていない。

 

こういう時代なので、Facebookを覗くと仕事関係での面識がある知人がベイスターズのことに触れていて「あ、○○さんはベイスターズファンなんだ」と知ることはあるが、今まで自分の近くにいた人たちのような、そういう距離の中にはいない。

 

 

村瀬秀信の「4522敗の記憶」を読んでいるうちに、ふと、イノウエ君は何をしているんだろうと思った。

 

ホソカワ君は何をやってんだろうと思った。

 

ヨネカワ君を、サトウ君を、キリュウ君のことを、順番に思い出していた。

 

みんな、あのチームが好きだったはずだ。

 

でも今はどうなんだろう。

 

39歳になった彼らは、日々の生活と仕事に追われ、もしかしたらベイスターズはおろか野球に触れる機会も失ってるかもしれない。

 

欠端も、レイノルズも、進藤も、今じゃ日常生活で見ることがなくなったように。

 

 

右から左に通り過ぎていった友人たち。

 

グラウンドをかけめぐった、記憶に残っては薄れていく選手たち。

 

みんな過ぎ去ってしまう。

 

あとになれば思い出は夢のようなもので、本当にあったことなのか、夢であったのか、それすら判別不能になっていく。

 

大きくて広いスタジアムの中で、ボールを投げて打つことで成績という数字は残っても、そこに物理的なものは残らない。

 

 

野球を見ることは友人と過ごすことに似ている。

 

そのときしか見られないものがある。そのときにしか伝えられないことがある。そのときしか伝わらないことがある。

 

けれど、過ぎ去ってしまうと、目の前で見たホームランをもう一度リプレイできないように、すべては記憶の中でしか再生できない。

 

今日もスタジアムでは試合がある。

 

私たちに新しい記憶を残すために。

 

白球の向こうに私たちはいつも別のものを見ている。

それが何かに気づくのは、ずっとあとになってからだったりする。

 

 

ベイスターズの中心選手として20年間に渡って活躍した石井琢朗は2008年、横浜球団から戦力外通告を受け広島東洋カープに移籍した。

 

プロ野球選手の応援歌はチームが変わると通常移籍先の球団応援団が新しく作るのが慣例だが、石井の場合は特例的にそのまま横浜時代の応援歌が引き継がれた。

 

石井は広島で4年間現役生活を送って引退。

 

引退試合はカープの本拠地であるマツダスタジアムではなく、かつて自身が所属した横浜ベイスターズの本拠地・横浜スタジアムで行われた。

 

その試合の現役最終打席、スタジアムでは石井の応援歌を広島カープのファン・横浜ベイスターズのファン双方が一体となって合唱するという感動的な光景が現出した。

 

4522

○「4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史」村瀬秀信(双葉社)

July 06, 2013

近すぎる幸せは見えにくい

なんかいろんなものを見に行ったり、あるいは自分が出てみたり、非常に不思議な二週間でした。

 
この間、「本屋とは何か」「これからの本屋はどうあるべきか」的な論考に触れることが多かったのですが、実のところ自分はあまりそういう議論が苦手で、「店のサービスや事業で収益を出して従業員と自分に給与を出す」ことが第一義で、それが立ち行かなくなったら畳むしかないんですよね。
「これからの本屋にはこういうサービスが必要なんじゃないか」というお話はよく伺うのですが、実のところ私らが興味あるのは「店に来るお客さんの数が増える」「店に来るお客さんのお買い上げ金額が増える」であって、時々提案されるサービスが「…これはそのどちらの話なのだろう?」ということもあります。

そして、近年これほど本屋がフューチャーされるのは、衰退して数が減って「どこにでもあるもの」から「どこにでもあるわけじゃないもの」になりつつあるとか、「大衆的なもの」から「非大衆的なもの」になってることを逆説的に証明しているんだろうなあ、って思います。
ほら、コンビニとか100円ショップってそんなにフューチャーされないじゃない。あるのが当たり前で。
「近すぎる幸せは見えにくい」ってこの本にも書いてあったしね。

○「人生はワンチャンス 「仕事」も「遊び」も楽しくなる65の方法」水野敬也・長沼直樹(文響社)

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これ、地味に売れてるなあと思ったら20万部ですってね。
新しく作った出版社が3冊目に出した本が20万部ってすごいな

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☆炎上を考える

「週刊文春」(文藝春秋)が公式サイトで「緊急アンケート! 安藤美姫選手の出産を支持しますか?」と題したアンケートを実施して炎上したというニュースが出てました。

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1307/05/news066.html

まあ、普通に考えれば炎上するだろ、ってことなんですけど、普通じゃなく考えてみました。

つーのはこのへんの記事ってのは男性(特に壮年層)の本質的な欲求を拾ってるんじゃないか、って思うんですよね。
もともと人間にある本質的な欲求だったり、慣れ親しんだ前時代的な価値観を押し通そうとするのって、良いか悪いかでなく本能的なものだと思うのです。
ただそれを広く伝播してしまうネットの世界で発信すると道徳的な反応が跳ね返ってきてしまうよ、ってことで。

これに類して思い出したのは、ちょっと前に「週刊ポスト」が「20代を抱いて死にたい」という、壮年男性の夢なのだか心の叫びなのだかわかんないですけど、とにかくそういった妄想的な特集を組んだところ「バッカじゃないの?」というような「お叱りの声が多数編集部に寄せられた」そうです。
http://www.weeklypost.com/130712jp/index.html

まー女性の嫌悪感あふれる反応がすごいわけですが、これは炎上はしていない。
たぶん週刊誌の記事であってあくまで誌上での論議に収まっているところや、ネット発じゃないからあまり拡散してないのかな、ってのもあるのですが。

週刊誌というのは「正しいこと」より「気持ち良いこと」を売るメディアなわけで、そこの中で出た話題くらいは常識的な価値観よりも、本能的な欲求を発散させる場にしてもいいんじゃない?と思うわけです。
おじさんおじいさんのための「井戸端会議」をする場所が。
週刊誌は部数を減らしてるわけですけど、そこの部分は残していってほしいのですよね。

しかし、炎上って、本質的な部分に手を突っ込んでるから起きる気がするなあ。
さっきの「20代を抱いて死にたい」特集のポストに寄せられた「お叱りの声」の中に「年取って性欲以外に何もないのかよ!」って意見があって、なかなかハッとしました。
そうなのかもなあ、って思う反面、そうじゃない人はこんな雑誌に出てこないやろ…とも。
性欲(恋愛含む)とお金と健康が絡まないものは大きなお金になりにくいんじゃないかなあ、って毎日雑誌を並べていて思います。

 

  
☆青春の痛み

○「遠浅の部屋」大橋裕之/著 (カンゼン)

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モーニング連載「シティライツ」でただならぬ才能を見せた漫画家の、漫画家になるまでの記録。
「ボクサーになる」と言って故郷を出たもののボクシングジムに通わず部屋にこもり、マンガを書くもちっとも評価されず、かといって家や故郷に戻るには若すぎる全能感とプライドが邪魔をする。
人が「何もない」時期から「何かを生み出そうとするまで」の時間を飾りなく見せるとどうして心を打つものができるんだろうな、ってことを最近「ガンバレプロレス」という団体を見に行くたびに思うのですが、この話もそういった感じです。
自分のマンガのオリジナリティを作れず、あるとき突然「目の描き方だ!」と発見するくだりは大変心を打ちました。

同じような作品で、「遠浅の部屋」より売れてるのが東村アキコの「かくかくしかじか」です。

○「かくかくしかじか(1、2)」東村アキコ(集英社)

2

こちらの方が話の書き方は全然上手い。
東村アキコが青春期に8年通ったという美術学校の先生に対する、「なんであの時の自分はこんなこともわからなかったんだろう」というぬぐえない後ろめたさが作品の中で絶妙なスパイスになって読む人を泣かせます。
もう2巻の最後の日高先生が部屋に酒を置いて帰るエピソードとか、思い出すだけで泣きそうです。

「遠浅の部屋」も「かくかくしかじか」も同じような「後悔」と「青春の恥」を描いてるのに、結果としてアプローチはずいぶん違ってます。
そしてそれは、二人の性格の違いでもあり、「書く人間が違えば表現方法はすべて違う」ということを象徴的に表している気がします。

 

☆もうひとつ衝撃的な本

○「僕の父は母を殺した」大山寛人/著 (朝日新聞出版)

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小学六年生のときに事故で亡くなった母。
その二年後、父子生活を送る中、ある日自宅に警察が来て父を逮捕する。
容疑は母親の殺人と死体遺棄。
彼は一人放り出され、非行に走り、ホームレスに転落する…。
被害者の息子でありながら加害者の息子というねじれた境遇が彼に与えた人生の波乱と、死刑制度とは誰のためにあるのかという問題を突きつけるノンフィクション。

よくこの苛烈な半生を生きてきたなと思う反面、実名で本を書いたり講演したり仕事にしてしまうことでずーっとこの体験から離れられなくなるわけで、その重さを想像すると複雑な気持ちになります。
たぶん、抱えて生きていくには重すぎて、吐き出さないと潰れてしまうからなのだと思いますが、それを生んだ原因はまったく彼のせいではないわけで。

けど、読んでるとちょいちょい彼を導いてくれる人がいるんですよ。
ホームレス状態だった彼を自室に寝泊りさせるようになった友人とその両親とか。
人生は縁なのかなということをいろいろ考えさせられる体験記です。

 

☆今年の夏文庫

集英社ナツイチが一番仕掛けましたねえ。

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今年は本そのものの人気度でなく感想文を書く人の人気度で発注を出しましたよ。

指原さんの課題図書は東野圭吾の「白夜行」なんだ…。
感想文は7/13から特設サイトで公開されるそうです。

http://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/top.html

ところでナツイチってこれまでどんな人がやってったっけ?と思ったら2010年までのイメージキャラクターを紹介しているサイトがありました。

http://yaplog.jp/3cm/archive/93

スタートは内田有紀だったんですねえ。

ちなみにここに載っていない2011年は武井咲、2012年はみんな大好き剛力彩芽。
個人的には1998年の広末涼子が思い出深いです。
本屋的には2005年の佐藤隆太が「おまえかよ!」って意味で思い出深いです。

(H)

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