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December 2011

December 31, 2011

BookShop never give up

 

誰もいなくなった店内を確認してからシャッターを閉めると、裏の勝手口から一度外に出て必ずちゃんと閉まっているか確認する。
雨の日でも雪の日でもそうしている。
きっかけはある日の朝6時、向かいに住むご近所さんからかかってきた電話だ。
「朝早くにごめんなさいね。なんか、お店のシャッターが少し開いたままになってるみたいだけど…」
布団の温もりが一瞬で冷めた。
パジャマの上にフリースだけ引っ掛けて慌てて店の前に行く。
本当だった。
シャッターの下、三分の一くらいが運送業者の搬入したダンボールに引っかかって開いていた。
心臓が凍る。
中に入ると、一見変わりはないようだった。
レジを見る。
無事だ。
事務所の金庫も無事だった。
血眼になって店内のあちこちを確認するが、荒らされた形跡はない。
防犯ビデオを確認するが、運送業者以外が店に入った形跡はなかった。
へなへなと力が抜ける。

もう一度店内に戻る。
シャッターにひっかかった新刊ダンボールはそのままだ。
運送業者が帰る時、シャッターが閉まるまで確認してくれれば起きない話だった。

午後、運送業者の上司が和菓子をもって謝りにきた。
申し訳ありません、と自分よりはるかに年下である私にひたすら頭を下げ続け、再発防止を約束した。
完璧なクレーム対応だ。
「怒っている人間に対する誠意の示し方」を彼はわかっている。
だが「泥棒に入られたかもしれない店舗責任者の恐怖心」はきっとわからないだろう。
謝罪を受けつつ、頭のどこかから「だったら夜中に業者が来るまで待っていればいいだろうが」と言う声が聞こえる。
起きていられないから鍵を預ける。
預けている以上、どこかでこういうことがあるのは仕方がない。
ただ、「あったかもしれない被害」の空想に私は怯える。
怯える心が攻撃的な言葉となって口に出る。
チクチクと攻めながら、「この人は部下の不始末で年に何回こうやって頭を下げているんだろうか」という疑問が頭をよぎる。

  

秋、駅の向こうにあったもう一軒の本屋が閉店した。
閉店する一週間くらい前に通りがかった際、店先にひっそり貼り出されている紙で知った。
向こうの店主とは会えば挨拶ぐらいはする程度の仲で、特段良くも悪くもなかった。
閉店することについては何も知らされなかった。
しばらく経って落ち着いた頃に挨拶でも来るのかな、と思ったが閉店したあとも連絡はなかった。
閉店することで困る定期のお客さんもいるだろうと思ったが、いざ自分が向こうの立場であればこちらには言いづらいだろうということも想像できた。
向こうの本屋は店舗が二軒あり、そのうちの一軒を閉めるということであって、完全に本屋をやめるわけではない。
店主とはまたどこかで顔を合わせることもあるだろう。
11月以降、パズル雑誌と幼年誌、コミック単行本を買いに来るお客さんが増えた。
「○○」という雑誌がない、「××」という雑誌がない、というお叱りをたびたび受ける。
私が生まれた時には新刊書店が2軒と古本屋が2軒あったこの街で、本を売っているのはついにウチの店だけになった。


  

高校3年の冬から4年間アルバイトを続けてきた子が10月に辞めていった。
大学の卒業制作が終わったら、春からは渋谷にあるアパレルショップで働くと言っていた。
4年前に入ってきた頃は何を言っても何を聞いても事務的な言葉遣いと態度で、会話のラリーが続かなかった。
けど仕事はちゃんとやっていたのでそのまま放っておいた。
どこから彼女の態度が変わっていったのか、何がきっかけでそうなったのかまるで覚えていないが、気がつけば少しずつ距離を詰めてくれるようになり、一年後には私生活の話もしてくれるようになった。
人がいない時期には進んで出てくれるようになった。
入ってきた頃は「言われたことを言われた分だけやる」という態度だった彼女は、3年目くらいからアルバイトのリーダー的な存在になり、こちらが何も言わないのに他のアルバイトたちに業務上の注意を指導してくれるようになった。
店長をやっていてなによりうれしいことは、自分が働く店のことを伝えるのに「この店の~」「この本屋の~」「ここの~」という言い方をしていた従業員がある日突然、「うちの~」と言うようになってくれることだ。
その喜びに比べれば、自分の推した本が売れることとか、自分や自分の文章がメディアに出る喜びはずっと低い。

彼女の才能と向上心、真面目な性格を考えればそう遠くない将来に向こうの業界で名を残せる存在になるんじゃないかと考えている。
何かの媒体で彼女がインタビューされて、「学生時代は中井にある伊野尾書店という小さな本屋で働いていました」と答えて、インタビュアーが「へえ~それは意外ですね」と驚き、その記事を見た人が「伊野尾書店」で検索してこのブログにたどりついたりするかもしれない。

 

2011年ももうすぐ終わる。
1000年に一度、と言われたらしい一年が終わろうとしている。
忘年会に出たらみんな忘れてしまったのかもしれない。
自分の家や職場が振り子のように揺れたあの日。
とっさには動けず、何もできず、揺れる建物に脅えながら「長い」「長いよ」「長いね」とだけしか言えなかったあの日。
いつまでも日本列島の地図が画面の隅に張り付けられ、CMもお笑いタレントも消えたテレビ画面で首相や官房長官の会見がずっと生中継され続けるのを見て、生まれて初めて本気で「もしかしたら日本はこれで終わるのかもしれない」と恐ろしくなったあの日。
「輪番停電」という言葉の意味を、自分の住むところが停電になるのかならないのかを、店を開けようにも電車が動くかどうかを、ひたすらGoogleで調べ続けていたあの日。
たった一枚のFAXで「しばらくの間、雑誌と書籍の送品は二日に一度となります」と通達されたあの日。
ガソリンスタンドがすさまじい行列になって給油できる状況ではないと聞いて、車を使わずに電車で仕入れに行ったあの日。
そして原子力発電と放射能について一夜漬けの学習を繰り返したあの日。

本は何ができるだろう。
本屋は何ができるだろう。
ずっと考えていた。

結局わからなかった。
答えを出そうと考えている間も、本屋に新刊は入り続けた。
日本が終わるかもしれないという時に、あるいはそんなときだからこそ、本は売れていった。
本があれば、本屋はそれでよかったのだろう。
頭でっかちな意味は必要なかったのかもしれない。

日々は戻ったように感じられる。
あれだけ節電節電呼び掛けていたのが嘘のように、街はライトアップされている。
何か過去にあった出来事のような物言いをするメディアも増えてきた。
なにより、関連書籍が増えるに反してそれらの本の売り上げは落ちてきている。

そういった事実を目にするたびに、日本は分断されてしまったなと思う。
同じ「日本人」であっても、「過ぎたこと」と捉える人と、「現在進行形のこと」と捉える人の二種類に。
私たちはその両方に足をかけて、両方に届くように、これから本を並べていくのだろう。

石橋さんは自分の本に「『本屋』は死なない」と名前をつけた。
でも本当は石橋さんもわかってるだろう。
死なないものなんてない。
人であれモノであれ、生まれたものはいつかは消える。

本屋はいつか死ぬ。
死んでしまうからこそ、日々を一生懸命過ごすことができるのだろう。
本屋になって13回目の年越しを迎える。
13年前、自分の職業に未来はないんじゃないかと思っていた。
未来はないけど明日はあった。
業界はどうしたこうしたと毎日騒がしいけど、本が毎日送られてくる明日はあった。
送られてくる限り、私は店を開けようと思う。
死なないように開けようと思う。
それが続けられる限り、私はきっと受け入れる。
きっとなんでも受け入れる。

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December 29, 2011

年末年始のお休みについて

伊野尾書店は12/31(土)~1/3(火)までお休みをいただきます。

よろしくお願いいたします。

December 17, 2011

2011伊野尾アワード

更新をさぼっているあいだに街はすっかりクリスマスムード、サイレンナイ、ホーリーナイな今日この頃ですが、そんな折いろんなところで「今年のベスト本」みたいなのが出てきてますね。

今年はいろいろ印象に残る本が多かったんですけど、ひとつ挙げるなら金原ひとみ「マザーズ」(新潮社)ですね。 

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これ、読んでて叫び声が出そうになる場面が何箇所もあって、全部読み終わったあとには30分くらい虚脱しました。
本当にすごい小説って、読んでて刺さるんですよ。
グサッと。
読んでて気持ちいい小説じゃないし、これホントにつらい話なんですけど、そのつらい話が今まさに隣の部屋で起きているようなリアルさで。
救われない、といって突き放せないんですよ。
フィクションだけどフィクションじゃないし。
「いま彼氏いるから幸せなのー♪」というお姉ちゃんも、「彼女ほしーなー」という兄ちゃんも、喧騒溢れる居酒屋で改善する気もない口だけ改善策を並べてらっしゃるサラリーマンの皆様も、全員当事者になる話です。
これ読んでからなかなか他の小説に手が伸びないんですよね。
ダメだー、「マザーズ」には勝てないだろう、みたいな気分になっちゃって。

あとは中島岳志「秋葉原事件―加藤智大の軌跡」(朝日新聞社)でしょうか。

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社会的ノンフィクション、というより「人間ってなんだろう」という純文学の小説のような読後感がありました。ありました、っていうか今もあります。
なんだったら個人的に貸してやるから読みなよ、くらいの気持ちです。

あと良いマンガにいろいろ出会えた。

○村岡ユウ「馬鹿者のすべて」(全4巻、集英社)
○吉本浩二「日本をゆっくり走ってみたよ」(全2巻、双葉社)
○いがらしみきお画・山上たつひこ原作「羊の木」(1巻発売中、以下続巻、講談社)
○森下裕美「トモちゃんはすごいブス」(1巻発売中、以下続巻、双葉社)

などなど。

けど、昨日の夜に読んだ「僕の小規模な生活(5)」があまりに衝撃すぎて、脳内読書メーターの記録が相当上書きされてしまいました。
これはねー。
もう、痛いとしか言いようがない!
痛い。
心に痛い。
あだち哲の「さくらの唄」に並ぶ、青春の痛さを表現しきった作品ですよ。

そして自分のこういう話を書いちゃう、世の中に公開してしまう作者のさらけっぷりが恐ろしいです。
もともと福満しげゆきのマンガはだいたい読んでたんですが、この「回想編」の破壊力は一線を超えています。
もう一巻から四巻はいいから、この五巻だけでも買って読んでもらいたいです。
今30代の男はほとんど全員頭抱えて呻きますよこれ。
心にしまいこんでた、それぞれの「10代の頃の痛い記憶」がパンドラの箱を開けたように出てくるから。しかも「希望」は残ってない。

ホント、30代も後半になってこういう感情がまだ自分に残っているとは思いませんでした。
読書は自分のコントロールできない情感を引き出してくれます。

 

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★さらけだすといえば

「幻冬舎」から「前夜」という小林よしのりが編集長の雑誌が出ました。

 

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その巻頭でよしのりさんが「女について」って作品を書いてるんですが…。
これ…「フィクション」ってことになってるけど…どう見ても…自分の浮気体験…。

やっぱり「さらけだす」ことで生きていくと腹決めた人は恐ろしいなと。
ベッドで彼女に言われてキレる理由もちょっと三島由紀夫チックです。

 

★山崎本と落合本

落合さんの「采配」(ダイヤモンド社)は野球本としては異例なベストセラーになってますが、対で読むと興味深い本が出ました。
それがこれ。

○「復活力」山崎 武司(あさ出版)

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一度はクビになるも拾ってもらった楽天でホームラン王を獲るまで復活し、また40歳を超えてからも高い成績を残すことで各種メディアによく取り上げられる山崎さんの本。
今年は調子悪かったとはいえ、チームの柱にして不動の四番をいきなり切る楽天もビックリしましたけど。
まあ中日に再雇用が決まったようでよかったです。

そんな山崎さんの人生は、常に運とタイミングと人との巡り合わせで輝かしい日々と苦労する日々が入れ替わってきました。
中日時代の山田久志、オリックス時代の伊原春樹という二人の監督との相性は最悪で、「よくまあこんなにこじれるな」というぐらいにこじれ、結果試合をボイコットしたりホサれたりで一度は自ら引退の意思を固めたりします。

その一度は辞めようと決意したタイミングで新球団・楽天イーグルスが誕生し、そこで拾われた彼は田尾安志を経て野村克也という彼の人生を一変させる恩師に出会い、野球選手として見事に復活します。

と、ここで山崎の話は一回中断して、ここからは落合さんの話。
落合は「采配」の中でこう語ります。

「『オレは監督に嫌われている』『オレはあの監督とは合わない』は甘えでしかない。チームが今どんな選手を欲している状況か、そこで自分はどんなパフォーマンスでチームに貢献できるか、そこを考えて技術を上げていけば好きであろうが嫌いであろうが監督は必ずその選手を使う」

要するに「プロなんだから人間的な好き嫌いを言わずに精進して結果を出せばそんなのは問題でない」と言ってるわけです。

確かにそう。
その通り。
だけど、人間ってなかなかそこまで強くないよね、って話で。

山崎武司というプロ野球選手は、ホームランを打つという点という類いまれな能力を持ちながら、上司との相性でおそろしく成績が乱高下した野球選手です。
激情家で、納得がいかなければすぐカーッとなり、監督やコーチに暴言を吐いたり、感情的になって試合の途中なのに勝手に帰ってしまったりしています。
落合の尺度でいえば「プロではない」選手なのかもしれない。

けど実際、人間ってそんなもんじゃないかなあ、というのが私の率直な感覚で。
「采配」で落合が語る仕事への心構えやマネージメントはすばらしいし頷かされることは多いんだけど、読み終わったあとお腹に緊張感が残ったのも事実です。
その緊張感の正体というのは「やっぱり落合が語っていることは理想論というか、現実にはストイックすぎやしないだろうか」という疑念だったということにこの本を読んでから気づきました。

一方で、長年イーグルスのチームリーダーだった山崎さんもこの本の中で指導とかマネージメントを語るわけですが、逆にこっちは「ちょっと感情的な面が先走りすぎてないかな」というところも多く。

「今は納得いかない指示があってもグッと飲みこんでしまって流してしまう風潮があるが、そういうときはどんどん声を荒げて言うくらいでいい」

みたいなことを書いてるわけですが、それはそれで組織が瓦解してしまう恐れがある。
うまくまとまれば、うまくまとまるんでしょうけど。

二つの本を続けて読むと、余計に仕事への取り組み方とか、マネジメントといったものを考えさせられます。
難しいですね。
ま、答えがないからビジネス書って次から次へ出てくるのですけど。

(H)

December 03, 2011

「皆さんは野球の素人ですから」

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学校を出たのに就職もせずに適当にバイトをしてプラプラ過ごしていた頃、紀伊半島一周旅行に出かけたことがあります。
クジラ漁で有名な和歌山県の太地町に「落合博満野球記念館」というファンキーな観光スポットがあることを知り、軽い気持ちで行ってみようと思ったら最寄りのJR太地駅からそっち方面に向かうバスが一日3本とかそんな感じで、駅に降りたのは13時くらいだったのにバスが次に来るのは17時とかそんな感じで途方にくれました。
タクシーで行こうかとも思いましたが当時はお金もなかったので田舎で15分タクシーに乗ったらいくらかかるのかと不安になり、もう帰ろうかなとも思ったのですがなんとなく「これ歩いて行ったらそれはそれで土産話として美味しいかな」とかよくわかんないことを考え、バスで15分というのでそれぐらいなら、と歩いて向かうことにしました。

ところが太地町は海沿いのアップダウンの多い港町で、グルッと山を回り込むようにして急坂を上ったり下りたり、予想以上に時間と体力を浪費し、結局一時間くらいかかりました。
で、着いたら着いたで「入場料2000円」というハイクラスな値段設定で、一瞬「ふざけんなよ」と帰りたくなりましたがここまで来ておいて帰るのもシャクだったので泣く泣く払って入りました。

記念館の中は落合の足跡とかユニフォーム、往年の映像、三冠王を獲った年に使ってたバット、なぜか一緒にブーマーや清原のバットも展示してあり、貴重といえば貴重、どうでもいいっちゃどうでもいい、そんな展示物にあふれていました。
平日の午後という時間もあったせいか、お客は私一人です。
「日本をゆっくり走ってみたよ」というマンガの中で主人公が九州のどこかで雨宿りをするため偶然みつけた寂れた秘宝館に入って「なぜ俺はこんなところにいるんだろう」と自問自答するシーンがありましたが、ほとんどそんな感じです。
しかも緊急避難的に入ったその主人公と違って、私の場合自主的に来ている分、もっとタチが悪いです。

まあそんな感じで三冠王の足跡を満遍なく味わった末に「なんかネタになるお土産はないか」とグッズ売り場を見ていたところ、そこにいたのがあの信子夫人でした。
一瞬「わぁ」と思いましたが実際に会った信子夫人はテレビでよくネタにされる「落合の傲慢な奥さん」というよりは「単純によくしゃべるおばちゃん」といった感じで、平日の昼間に迷い込んだ客が珍しかったのかいろいろ話しかけてくれました。
「どうやってここまで来たんですか」と聞かれたので「太地駅から歩いて来ました」と答えると信子夫人は「ええっ!歩いて!?それは大変だったでしょう」と殊の外驚かれ、たまたま階段を掃除していた男性の職員を捕まえると「あなた、この方を帰り駅まで送ってきて」と一方的に命じました。
私は単なる一観光客にそこまでしてくれることに驚きましたが、しかし実際帰りの手段をどうするか決めていなかったのでありがたく送ってもらいました。
まあヒマだったのもあったと思いますが。

なんで私はテリー伊藤が言うほど落合さんが嫌いじゃないです。

新刊の、

○「采配」

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も読んでみましたが、落合さんというのはありきたりでない、「自分だけの評価基準」をしっかり持った人だなあというのがよくわかります。
たとえば野球の試合では「ピッチャーは5回3失点なら自分の仕事をした」というようなことがよく解説者なんかから聞かれたりしますが、落合さんはそれを「意味がわからない」と言います。

「ピッチャーは自軍が1点も取れていない状況なら相手にも1点も与えないのが仕事。たとえ1点で抑えたとしても、味方が0点で負けたらピッチャーは仕事をしていない。
逆に味方が10点取ったときは、9点取られたとしてもそれはピッチャーが仕事をしたことになる」

ということを言います。
よく言われる「5回3失点なら可」的評価基準を一律に当てはめてしまうとそれでチームが負けた時にピッチャーは「俺は自分の仕事をした。あとはバッターの責任」となって、チーム内で分断が起きる原因になる、と。
なんかこのへん「商品開発と営業」に置き換えても通じる話だなあと思いました。
まあ版元が版元なんで、内容の半分はビジネス書です。

昔っから野球の監督はビジネス雑誌とかに取り上げられる機会が多かったわけですが、「人を使って成果(数字)を上げる」という面で参考になる点は多いのでしょう。
落合さんは「オレ流」などと称され非常に唯我独尊ぽいイメージを持たれてますが、「采配」を読むと若い選手にとても気を配っている様子がよくわかります。
浅尾と岩瀬の使い方や、二人が役割を交代したときのフォロー、失敗したときの対応など、「部下を持つ上司」として見たときに実に見事だなと思います。

 

★「責任」って何だろう

○「僕のお父さんは東電の社員です 小中学生たちの白熱議論!3・11と働くことの意味」毎日小学生新聞/編 森達也/著(現代書館)

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これは毎日小学生新聞という子供向けの新聞で起きた論争をまとめた本です。
そのきっかけになったのが都内に住む小学六年生が書いた「僕のお父さんは東電の社員です」という作文だったそうで、私は知

らなかったのですが、言論界から
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/7219

2ちゃんねるまで
http://plus.2chdays.net/read/dqnplus/1307343068.html

実に広いところで話題になっていたようです。

この本はその作文から投稿のきっかけとなったコラムの記事、さらに全国の子どもたちから寄せられたたくさんのコメント、それを受けての森達也のコラムという構成になっています。

原文を読んでもらえば一目瞭然なのですが、とにかくこの元になった「僕のお父さんは東電の社員です」という小学生の作文が破壊力ありすぎます。
「論理で人は動かない。人を動かすのは感情しかない」という話をどっかで読んだことがありますが、この作文は一連の原発問題で人々が抱えている不安と失望と無念と責任転嫁の入り混じった感情をバットの芯で捕えます。
その上でどうしてこうなったか、これからすべての後始末を回すことになってしまった今の子どもたちに私たちが何ができるか、そういったことへのヒントがたくさん出てきます。
正直、日本中のオヤジたちから新聞を取り上げて代わりに読ませたい内容です。

この本、そんなたくさんではないですが、コンスタントに売れてます。
商売なんでどの本も売るのが仕事ですが、正直、これは売れてくれてよかったなあと思います。

 

★国民一人平均に均すと一人30枚もらう計算

○「年賀状の戦後史」(角川ONEテーマ)

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今ごろ全国の書店には年賀状を作成するためのCD-ROMがついたパソコン本が大量に並んでたりしますが、「そもそも年賀状っていつからあって、どういう風に移り変わってきたの?」というのをまとめた本。
なかなか面白いです。

たとえば郵便年賀状が過去最も多く出されたのは平成10年(1998年)だそうで、本の販売のピークが1996年だったということも合わせて考えると、この辺が紙メディアの最盛期だったのだなあということがわかります。

もともと新年に賀詞を交換する風習は古くからあったそうですが、それが変わったのは戦時中に「虚礼廃止」という名目で一時的に年賀状が激減したあと、終戦直後に肉親や友人などの安否を確認する手段として普及したのが大きかったそうです。
先の東日本大震災では安否の確認にツイッターやFacebookなどのソーシャルメディアが活用されたことが話題を呼びましたが、通信メディアの歴史と非常時・災害時の安否確認の間には密接な関係があるようです。

それ以外にも「くじ付き」の登場、ノルマを課せられた郵便職員が自分で年賀状を買い取る「自爆営業」の変遷、プリントゴッコの登場で年賀状と社会がどう変わったのか、などなど読んでると興味深い雑学がいろいろ得られる本です。

ただこの著者の方はプリントゴッコの登場と影響については詳しく調べていますが、書店で売ってる「年賀状作成本」の変遷についてはあまり興味がなかったのかまったく触れられていません。
自分でちょっと調べてみた範囲では、いわゆるCD-ROM付きのパソコン年賀状作成本が登場したのは1998年くらいからで、その前は「年賀状カット集・イラスト集」という「自分で絵を写す本」が中心でした。
私が本屋で働きだした頃がちょうどその端境期だったので、なんとなく覚えています。
「そのままプリントゴッコに使える」みたいな本も結構あったはず。

あと「あけおめメール」の変遷についても突っ込んでほしかったのですが、そっちも興味なかったようです。
最近はFlashを使ったアニメーションカードなんかも増えましたが、やっぱポケベルが流行ってた時代には新年とともに「1994」とか送ってた人もいたのかな、とか。
そうやって考えていくと相手の住所も本名も知らなくても年賀状が出せる「mixi年賀状」は一種の革命だった気がします。


★「傑作」というより「鬼作」

○「羊の木(1)」 原作・山上たつひこ 画・いがらしみきお(講談社イブニングコミック)

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住民の高齢化、人口の流出、過疎化に悩むある地方都市に降ってきた国策事業。
それは「出所者を隠密に受け入れ一つの都市に移住させる」プロジェクトだった。
市長が決断し、11人の元受刑者たちがその街に移住してきたことを知るのは街でも一部の人間しかいなかった…。

読み始めて最初の方で「これはすごい」と思いました。
独断ですが、一年か二年あとにはマンガ読みと呼ばれる人々が好きか嫌いかは別にして一回は読む作品になっていると思います


とっさに思い出したのは新井英樹「ザ・ワールド・イズ・マイン」でした。
物語の細かい設定、人間のグロテスクさの描き方が似ているように思います。
「2011年伊野尾マンガ大賞」はこの作品にします。
2巻以降を本当に早く読みたいです。

 

★11月のセールスランキング

〈一般〉

1 謎解きはディナーのあとで2   小学館
2 新宿本     京阪神エルマガジン
3 スティーブ・ジョブズ(1)  講談社 
4 スティーブ・ジョブズ(2)  講談社
5「本屋」は死なない     新潮社   
6 I Love Rinka Style  宝島社
7 謎解きはディナーのあとで   小学館
8 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか  新潮社
9 日本人なら知っておきたい日本文学    幻冬舎 
10 心を上手に透視する方法   サンマーク出版

〈文庫〉
1 ガリレオの苦悩   東野圭吾  文藝春秋
2 魔法科高校の劣等生(3)九校戦編 上  電撃文庫
3 九月が永遠に続けば  沼田まほかる   新潮社
4 針いっぽん 鎌倉河岸捕物控(19)  佐伯泰英  角川春樹事務所   
5 ビブリア古書堂の事件手帖 見上延  メディアワークス文庫
6 モダンタイムス(上)  伊坂幸太郎  講談社
7 マネー・ボール  武田ランダムハウス
8 1秒で心が強くなる言葉の心理術   三笠書房
9 大江戸妖怪かわら版(1) 香月日輪  講談社
10 ミレニアム(2) 火と戯れる女 上  早川書房

「ビブリア古書堂の事件手帖」面白いみたいですね。

(H)

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