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October 2011

October 30, 2011

伝える男 ―石橋毅史

石橋さんと初めて会ったのは「でるべんの会」という勉強会の席だ。
本の雑誌社の杉江さんが本屋大賞について語った会だった。
私はその少し前に「新文化」という出版業界紙に連載エッセイを書いていたことがあったのだが、その「新文化」の新しい編集長として紹介されたのが石橋さんだった。
その節はありがとうございました、みたいな挨拶から始まったのを覚えている。

石橋さんとはその後NET21の取材で会ったり、何かのイベントの時に顔を合わせたりしていたのだが、決定的に関係が変わったのは2007年の夏ごろに呼ばれたある飲み会の席だ。
当時某ネット書店に勤めていたAさんという方の幹事で開かれたその会に呼ばれたのは出版社、取次、書店、システム会社など7~8人の人間だったが、ひとつの共通項があった。
それは「○○さんはプロレスが好きらしい」という話がAさんの周りで挙がった人たちである。
その後この飲み会の参加者でメーリングリストを作ったので「プロレスMLの会」などと呼ぶようになったが、その中に私と石橋さんも呼ばれていた。
この時に初めて会ったという顔合わせも数多くあったのだが飲み会は異様に盛り上がり、その後このメンバーでプロレス観戦に行くようにもなった。
そしてその日から私と石橋さんは「業界紙記者と書店店長」というよりも「ただのプロレス仲間」としての側面が強くなっていった。

私は何回か「新文化」の紙面に寄稿させてもらう機会を得たが、それは石橋さんが編集長からだったと思う。
単純な知己の縁ということもあるだろうし、何かというと仕事や本屋についてプロレス的に語る私が面白かったのかもしれない。

そんな私たちの縁をさらに劇的に進化させる出来事が起こる。
それが2008年にやった本屋プロレスだ。
DDTの路上プロレスがその後キャンプ場や花やしきにまで広がった今になっては忘れられているかもしれないが、そもそもあれは「俺たち文化系プロレスDDT」という書籍のプロモーションイベントだった。

「今度、うちでプロレスやるんですよ」と水道橋の居酒屋で言ったあとの石橋さんの「ええっ!?」という顔には笑顔が浮かんでいた。またまた面白い冗談を、という顔だった。
3回か4回同じ話をして、どうやらネタではなく本当にやるらしい、ってわかったあとの石橋さんはアゴに手を置いて「どう斬ろうかな」と考え込んでいた。けど、なんだかすごく面白そうだ、というテンションにあふれていた。

石橋さんがすごいのは本屋プロレスの「記者会見」に来たことだ。
記者会見は試合の数日前にあった、DDTプロレスの新木場大会の会場でリングからファンに向けて発表した。
週刊プロレスとかサムライTVといった「そっち系の」メディアばかりが居並ぶ中に、なぜか出版業界専門誌の編集長である石橋さんの顔があった。
しかも質疑応答では質問までしていた。
プロレス会場の記者発表に参加した出版業界紙記者は石橋さんが史上初だと思う。

もちろん本屋プロレス当日も開始二時間くらい前から来て、デジカメとハンディビデオカメラを駆使していろんな場面を記録していった。
イベントが始まる直前、店の中で私たちが準備していると石橋さんがクッククック笑っているので「どうしたんですか」と言ったら「いや、こんな面白い取材初めてだよ」と本当に楽しそうに言っていたことが忘れられない。
結局、翌週の「新文化」にはトーハンの決算発表よりも本屋プロレスの方が大きく載るという破格の、というか狂った扱いになっていた。
トーハンの社長よりも高木三四郎と飯伏幸太がデカデカと写る「新文化」を見て大笑いすると同時にガッツポーズしたい気持ちになったことを覚えている。

そんな石橋さんが翌年、「新文化」を辞めた。
2008年の年度最終号に石橋さんは編集長として「現在の出版業界を見て」というような記事を書いたのだが、「あれで全部書きたいこと書いちゃったんだよね」と言っていた。
長年、業界紙記者として記事を書き続けていくうちに「言いたいことは全部言って、伝えたいものも全部伝えたけど、それでも業界が変わるわけではない」というような諦観を持ってしまったように見えた。そしてそれはひとつの真実だった気がする。

無職になった石橋さんはいきなり旅に出た。
どうしてんのかな、と思い時々メールすると「鳥取に行ってた」とか返事がくる。
「何してるんですか!?」と聞くと「いや、定有堂書店の奈良さんという人に会いに。一週間ぐらい鳥取にいた」みたいな感じで内容はわかるけど、どうしてそんな長期間…みたいな話が多かった。
「それ何か本にするんですか」と聞くと「わかんない。まあ形になればいいけど、そういうのよりも、今までなかなか会えなかった人に会いたいんだよね」という返事がきた。
そしてそれは一年以上続き、「和歌山に行ってた」「南相馬に行ってた」みたいな感じで、石橋さんは日本を巡っていた。

今回石橋さんは『「本屋」は死なない』という本を出して、一般的には今の本屋、それもマイノリティなところに属する人たちの話として世間に捉えられるのだと思うが、私の中では「2010年以降の石橋さんはこういうところに行ってたんだ」というような、石橋さんの日記を読んでいるような感じがした。
そして本人がどの程度まで意識しているかわからないが、徹底したマイノリティへの優しい視線と、「噛ませ犬」というような言葉が普通に使われる辺りが笑えるぐらいに活字プロレスだなあ、と思ってしまった。

石橋さんの文章は確かな知識と闘う者たちを照射していく立ち位置で常に書かれながら「…でもそういうのも間違ってるかもしれない」みたいな、「もしかしたら自分の価値観がすべてではないかもしれない」というようなフワフワしたようなところが多々見受けられ、本人の性格がそのまま表れている。
同じことを思った人は多いと思うが、これは森達也の文章にそっくりだ。
そんな二人はともにかつて小人プロレスを追いかけていた、という共通項がある。
組織に入れない。
プロレスが好き。
マイノリティの側に立つ。
会ったことはないが、たぶん森達也は石橋さんと似た雰囲気を持った人なんじゃないかと思う。

石橋さんは「本屋とは店の業態のことを指すんじゃなくて、本を手渡すことに躍起になってしまう人、まるでそれをするために生まれてきた人」とこの本で言っている。
そしたら石橋さんは「人屋」だな、と思う。
人を知らしめることに躍起になってしまう人。
人を伝えるために生まれてきた人。
だから、石橋さんはこれから「人屋」になっていくんだろうなと思う。

今回こういう本を出したけれど、石橋さんは最初からこういう本を出そうと話を聞いて回っていたわけでなく、結果的に聞いていた話がこういう本になった、というニュアンスの方が正しいと思う。
だからこれをもって「石橋さんが出版業界専門ライターになった」とか「ノンフィクション作家になった」とかカテゴライズするのは拙速というか、めんどくさいラベリングでしかなく、実際のところは「今後も興味を持った人のところに話を聞く人」になるんじゃないか、そんな気がする。
そんなの仕事にならないじゃないか、と突っ込む人はもう一度この本を読みなおした方がいい。
この本に出てくる人は誰一人として金銭的な成功を得ているように思えない。
書いている石橋さん含めて。
そういうところでも、いやそういうところにいる人だから持てる光がある、ってのが一番この本で伝えたかったことじゃないのか。

そうは言いつつも、やっぱり石橋さんには商業的に成功してほしい。
ふらふら日本中を巡っている間支えてくれた奥さんのためにも。
そしていつかベストセラーを出したら、その印税で俺たちを両国国技館の特別リングサイドに招待してください。

 

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October 23, 2011

遠い夜空にこだまする 竜の叫びを耳にして

小学二年生のとき、オノ先生という男性教諭が担任になりました。
オノ先生は年齢は30代後半のコワモテの先生でいつもジャージを着ており、怒ると僕らはよく「このたわけ!」と怒鳴られました。
ビジュアルイメージとしては「仁義なき闘い」に出てくる田中邦衛がジャージを着て教壇に立っているところを想像してください。
陽気でガッハッハ!と笑い冗談をよく言う反面、怒ると怖い先生でした。

あるとき、私は学校にジャンパーを忘れて帰ってきました。
細かい事情は忘れましたがどうしてもその日のうちに取りにいかなければいけないことになり、気が進まないまま夕方17時くらいの薄暗い校舎に入っていきました。
廊下を靴下のままで歩くので、ペタペタという音が廊下に響きます。
誰かに会ったら嫌だなあ、そればかり考えていました。
別に忘れ物を取りに来ただけなのだから先生に会ってもそう言えばいいだけなのに、「本来学校にいてはいけない時間にいる」というだけで見つかったら怒られる気ばかりしていました。
幸い、校門から自分の教室に行くまでは誰とも会わず、他の教室にも誰もいませんでした。
きっとこのまま誰にも会わずジャンパーを取って帰れるだろうと思い自分の教室に入った瞬間、オノ先生が教壇で答案の丸つけをしていました。
先生はこちらに目をくれることなく黙って答案の丸つけを続けているので、そのまま教室に入ってジャンパーを取り、すぐ立ち去ろうとすると「なんか言うことあるんじゃないのか」と教壇から声がしました。
私は「怒られる」「どうしよう」「なんて言えばいいんだろう」の3つの考えと緊張でガチガチになり、その場で固まっていると、先生は答案用紙から目も上げずに「そういうときは『失礼します。忘れ物を取りに来ました』って言うんだろ。はい最初からやり直し」と告げました。
私は一度は手にしたジャンパーを机に戻し、教室の入り口まで戻って震える声で「…失礼します」と言うと「聞こえない」と言って先生はやり直しを命じました。
3回か4回目でようやく入室を許され、ジャンパーを手にした時にはベソをかいていたと思います。
そして早く帰ろうとする私の背中に「伊野尾。勉強よりも挨拶ができるほうがずっと大事だ。覚えとけ」と突き刺すような声で言いました。

30年経った今でも覚えているということは、よほど怖かったのだと思います。
けどいいことを教えてくれたんだな、と今になるとわかります。
あのときの経験があったから、大人になった今では挨拶が…あまりできてないのですが。

そんなオノ先生は「たわけ!」という言葉でわかるかもしれませんが岐阜の出身で、大の中日ファンでした。
授業が終わったあとのホームルームの最後には必ず中日の応援歌「燃えよドラゴンズ」をラジカセで流しました。
帰る前にみんなで歌うのです。
毎日毎日流すものですから、良いも悪いもなくみんな曲だけは覚えてしまいます。
巨人が好きだろうと西武が好きだろうと、果ては野球に興味ない女子であろうと「い~ぞ~がんばれ~ドラゴンズ~もーえよドラゴンズ~」という曲が頭にインプットされてしまうのです。
そして学校の帰り道に「一番高木が塁に出て~二番谷木が送りバント~」というおっさんくさい歌を口ずさむ不気味な小学生集団が誕生します。
名古屋とかでなく新宿区の片隅で。
今だったら絶対に問題教師扱いでしょうね。
PTAが黙ってないでしょうし。
けど、あのときのクラスメートを全員呼んで「あれってその後の人生に何か影響あった?」って聞いたらほとんど全員が「さあ?ないんじゃない?」って言うような気がします。

オノ先生が担任だったのはその一年だけで翌年は担任から外れ、他の学校に転出されました。
その後私たちが出た小学校の校長先生を務められたそうです。
すっかり温和になったという話でした。
先生がお気に入りだった選手はリリーフの牛島と内野手の上川でした。
後年、二人はロッテにトレードに放出されます。
二人に代わってドラゴンズに入ってきたのはあの落合博満です。

その落合はドラゴンズで四番を打ち、引退後は史上最高の監督とまで呼ばれるような成績を挙げて球団初の二年連続優勝を花道に退団することが決まり、その後任に就任するのは僕らが毎日歌ったあの「一番高木」です。
いろんなチームが球団歌を新しくしていく中、ドラゴンズはいまだに「燃えよドラゴンズ」を使い続けています。
テレビや球場であの歌を耳にするたび、オノ先生は元気だろうかと思ってしまいます。
そして、子どもの頃に洗脳してくれる大人がいるってのもそう悪くはないよな、とも。

 

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★ちょうど

いま読んでる小説がこんな感じなので引きずられてしまいました。
これなんですけど。

○「夏を拾いに」森浩美(双葉文庫)
 

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「お父さんが小学生のときはな……」父が息子に誇りたい、昭和46年のひと夏――小五の文弘は、祖父から町に不発弾が埋まっている話を聞く。様々な家庭の事情を抱えた仲間四人で、不発弾探しを始めるが…。

おっさん・スタンド・バイ・ミー的な、そんな小説。
BGMにはベン・E・キングの代わりに井上陽水の「少年時代」が流れていそうです。
ちなみにあの歌はもともと藤子不二雄Aの漫画を原作にした同名映画の主題歌だったのですが、映画の方はあまり知られていません。
人知れずえっらい名作だと思うのでレンタル屋の片隅で見かけたら借りてみてください。
「泣きたい時に見る映画はどれ?」って聞かれたら私は「少年時代」か「運動靴と赤い金魚」と答えます。

  

★名作といえば

あんまり周りの人が絶賛するので今さらですが読みました。

○「ジェノサイド」高野和明(角川書店)
 

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いやー、すごい。
もう「面白い」とかでなく、「すごい」。
よくこういう話書けるなーと思います。
軍事、国際政治、化学など多方面から成る知識の山と圧倒的なスピード感に終始翻弄されました。
なにかよくできた大作映画を見ているような気分になりました。

で、「ジェノサイド」はすごい数の参考文献が結末に掲載されているのですが、「あ、やっぱこれ入ってるのね」と思った本がこれ。

○「戦争における戦争における『人殺し』の心理学」デーヴ・グロスマン/著 安原和見/訳(ちくま学芸文庫)

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もともと人間が人間を殺そうとする時、強烈な抵抗感が発生するといいます。
それはどのような形で表れるのか、また軍隊ではどのようにしてそれを麻痺させていくのかを研究した学術書。
伊野尾書店でもロングセラーです。
アメリカの陸軍や空軍の士官学校での教科書としても使用されているそうです。

この本には次々に印象的なエピソードが出てくるのでどの話も興味深いのですが、

・原爆を落とした男たちには精神的な抵抗感がほとんど残っていなかった

・軍隊で侮蔑的な言葉を乱発するのは対象を人間と認識しないようにするため

・どんな演技もできるが、尖った櫛の柄を相手の眼に突き刺そうとするシーンだけはどうしてもできない女優の話

あたりの話が非常に印象に残ります。
第一章に登場する老軍人の
「戦場における殺人の話は童貞にするセックスの話と同じようなものだ。どんなに細かく映像や情報で伝えたとしても、やっていない人間にはその感覚は絶対に理解できない」
という話が重いです。

 

★ちょっと下品な方に話が流れたところで

気になった本がこれ。

○「ポルノ雑誌の昭和史」川本耕次(ちくま新書)

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この本が気になったのはテーマもさることながらオビのこの一文。

「エロ本屋は永遠に勝てない闘いを続けるゲリラである」

なんかカッコいいよ。
真意については本文を参照。
あーなるほどね、って話が載っています。

伊野尾書店もほんの一部とはいえアダルト誌を扱っている以上、すごくわかる話も多いです。
私が最初に伊野尾書店で働きだしたのは1998年のことですが、その頃は「ベストビデオ」という雑誌がえっらい山積みで来ていました。
今の「Vジャンプ」とか「SWEET」ぐらいの勢いで来ていました。
これ明らかに多過ぎるだろ、と思いながら出しておくとみるみる減っていって最終的にはほとんど売れてしまう、そんな時代でした。
そういう意味では自分らはゲリラの残党なのかもしれません。
チェ・ゲバラのTシャツでも着てみるか。

 

★業界関係者話題の本

○「『本屋』は死なない」石橋毅史(新潮社)

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来週末あたり書店店頭に並ぶと思いますが、ご連絡いただければ27日水曜日の夜にお渡しできるようにします。
普通にしてても28日に並ぶと思いますが、どれくらい数が残るかわからないのでご連絡いただければ幸いです。

にしてもトークイベントの反響すごいっすね。関係者限定とはいえ。
http://togetter.com/li/202027

(H)

October 12, 2011

「ハロウィン」と聞くと『BURRN!』の表紙にまれに出てくるドイツのヘヴィメタルバンドを連想してしまう悲しき男たちの挽歌

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文房具のセールを始めました。
30%オフです。
適当に見て行ってください。

昨年から文房具を始めたわけですが、いろいろ勉強になります。
売れなければ見きって値下げ品にして売って、次に別の売れそうなものを仕入れる。
そんなの商売の基本だろ!と言われそうですが、本屋は基本的にこの商売の基本ってのをやらないんですよ。
いろいろがんばってはみるけれど、最後は「売れなければ出版社に返せばいいや」というのが残るから。
再販制といって全国統一同じ金額で売らなければいけないから「売れ残った商品を値引きして販売」というケースもほっとんどないし。
だからこうやってその当たり前の商売の基本のことをやってみて、ちょっと背筋が伸びた感じです。

始めて一年ちょいですけど、文具って大変ですね。
手さぐりでやってるからかもしんないけど。
道筋さえつけちゃえば本の方がラクな気がしてきました。
ってなんでもそうか。

  

☆手帳とカレンダー出しました。
 暦も年賀状作成雑誌も出しました。
 もういつでも正月が迎えられます。

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☆なんで病院というのは(略)

という思いを込めて「病院で2時間待たされる間に読む本」というミニコーナー作りました。

 

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で、その中で「これは読んでよかった」と思ったのがこれ。

 

○「希望という名の絶望―医療現場から平成ニッポンを診断する―」    里見清一/著 (新潮社)

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「偽善の医療」などの著書がある内科医のエッセイ。
というとえらく普通ですが、もしかすると今年一番ガツンとインパクトを与えられた本かもしれません。

進行癌、それも治療の手が尽くした末期患者にとって「希望」とは「まだこういう手立てがありますよ(=これをやれば良くなるかもしれませんよ)」という医者からの提示です。
けど、そんなものがもう残ってないときはどうするのか。
あるいはなくもないけど、副作用がそれ以上にリスキーなときはどうするのか。
緩和ケアといってなるべく緩やかに最期を迎えるためのホスピスはあります。
けどたいがいの人間は「もうダメだから諦めましょう」と言って諦められるものではない。
そうすると医者は幻想を見せ続けなければならない。
治るかもしれませんよ、という幻想。
けどそれは絶対に叶えられない幻想。
そして医者として永遠につき続けなければいけない嘘という絶望。

医者とは何か、死ぬことがあらかじめ定められている人間とは何なのか、非常に考えさせられる話がたくさん載っております。
個人的にはそこまでして医者を続ける理由が書かれた最後の章、220ページの「仕事はなんのためか」というところだけでもすべての人に読んでほしいです。
絶対何かしら感じるところがあるはずだから。

 

○「トモちゃんはすごいブス(1)」森下 裕美(双葉社アクションコミックス)

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ここに出てくる登場人物はみんな何かが足らない人たち。
世間知であったり、外見の良さであったり、自分への自信や、他者からの愛情であったり。
足りないものを何かで埋めようとする。
他人への依存であったり、盗撮であったり、社会からの承認であったり。
ちゃんとした人は誰もいない。
けど「ちゃんとした人」なんて本当はどこにもいない。
みんなどこかに穴を抱えて生きている。
見られないようにして。

森下裕美はよくこういう世界を書けるなと思いました。
そしてトモちゃん、あなた最高のブスだよ。
ブスって言ってごめんね。
でもちょっとジーンとした。

ここで第一話が読めます。てか読んで。
http://futabasha.pluginfree.com/weblish/futabawebact/Morisita_Tomo_001_1_D6764/index.shtml?rep=1



☆来月の宝島社

○ブランドムック「435匹のコアラのマーチ」(付録トートバッグ)

○江頭2:50の「罰ゲームトランプ」《ハイリスク・ノーリターン編》

というのがものすごく気になる。

(H)

October 06, 2011

どうしようもなくまた街に戯れる俺たちの終わりなきダンス

このところ新聞やテレビニュースを見てて「釣りだなあ」と思うことが増えました。

あ、釣りってのはいわゆるお魚をフィッシングする方じゃなくて、ネット用語の方ですね。
Yahoo!知恵袋に素晴らしい回答例があったので転載。

Q、ネット用語で、「釣り」や「釣られる」ってどういう意味ですか?

A、何かを知りたくて質問するのではなく、故意に批判がくるような質問や意見をすることを「釣り」といい、それにひっかかったり、わざとひっかかってあげるのを「釣られる」といいます。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1439304809

という方の「釣り」。

たとえば宮城県知事との会談における発言や態度が問題になって辞任した松本前復興担当相のアレとか、「放射能つけちゃうぞ」で辞任した鉢呂経産相のアレとか。

暴言や不適切な発言を吐くのと、国が傾きかねないぐらいの原発事故を起こした原因と責任者を探るのではどっちが重要かはすぐわかります。
でも後者の問題はハッキリしないことも多いし、どこまで影響があるのかわからないけどものすごい権益が関わってる事業だから突けない部分も多いし、それよりもハッキリ視聴者や読者がすぐ反応しそうな失言問題を出した方がリアクションあっていいや、みたいな感じで報道されているように見えます。

メディアというのは商売でやっているのだからこういう「釣り」でトピックを作るのもわかるんですけど、もうちょっと膨らむ「釣り」にしてくれないかと。
たとえば先週、パレスチナの国連加盟申請とかギリシャの財政危機による金融恐慌の不安のニュースとかあったんですけど、Yahoo!ニュースでトップになってたのはこれだったりとか。


西山前審議官に停職1カ月 勤務中に不適切行為

http://www.asahi.com/national/update/0930/TKY201109300578.html

わかりやすいですよね。
不倫についてワーワー言うのはみんな大好きだし。

でもこのニュースから本屋にフィードバックされるものってほとんどないと思うんですよ。
失言問題もそうですけど。
けどパレスチナが今国連に加盟を申請するというのはどういうことなのかとか、もしかするとリーマンショックを超える恐慌がこれから起きるかもしれないというニュースをやってくれれば、「どういうこと?」と言って関連本を買ってくれる人が増えるような気がするんですよね。

「わかりやすい」ものばかりがメディアに溢れてて、「ん?」という引っかかりがあるものが少ない気がします。
わかりやすいものはだいたいそこで完結して、それ以上の膨らみを生みださないと思うので。

そういう意味でいま一番「ん?」という話を書けるのはノンフィクション作家の高橋秀実(ひでみね)だと思います。
最近、秀実さんは「結論はまた来週」(角川書店)というエッセイを出しましたが、その中にある「本当に怖いもの」という話が素晴らしいので紹介します。

秀実さんが何年か前に日本に在住する南米日系人の取材をしていたとき、そこには「ホンモノの日系人」と戸籍を買ってなりすます「ニセモノの日系人」がいることを知ります。
そこで彼はそのことを調べようとして、取材する相手に「あなたはホンモノの日系人ですか?」と尋ねていきます。
すると「俺は本物の日系人だ。ニセモノはあいつだ」と近くにいた別の人間を指す。
その人に聞くと、「なに言ってる、俺が本物の日系人だ。ニセモノはあいつだ」と別の人を指す。
そうこうしていくうちに見た目や言動でどれがホンモノの日系人でどれがニセモノの日系人がわからなくなってきた秀実さんは苛立ち、「もういいじゃないか、同じ南米人なんだからお互い差別するな」とある日系人に言います。
すると彼は秀実さんにこう言う。

「差別しているのはお前だよ」

人の悪口を言っているとき、それは自分のことだったりする。
自分の中に同じものがあるから、人の悪いことがそれだけわかる。

そういって秀実さんは「自分ほど信じられないものはない」と書きます。
彼の本はあんまり売れません。
煽情的でもないし、自己啓発にもならないし、誰も知らなかったことが語られるわけでもない。
けれど、そこに「え?」とか「ん?」と引っかかるものが必ずある。
今まで考えもしなかったことを問い直す、そんな話がいろいろ出てくる。
それは自分にフィードバックされると思うし、ひいては周りにもフィードバックされていくと思うんですね。
そういうのが本当の意味での「教養」なんじゃないかと。

もう一回言いますが秀実さんの本はあまり売れません(笑)。
けど本屋には売れてなくてもそういう本があるんですね。
それは豊かさだと思うし。
ただ、いつまでこの豊かさが続くかはわからない。
今後、本と出版のシステムや形がどうなっていくかはわかりませんが、この豊かさだけは途絶えないようにしてほしいと切に思います。

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★最初「何の本だろう?」と思いました

○「空カフェ」(交通新聞社)

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屋上テラス、庭園、川辺、高層ビル、海、山…とあらゆる「空が見える」ロケーションにあるカフェが載ってます。

これ、普通に「ちょっと行ってみたい!」という店がたくさん載ってるんですよ。
一日一組限定で砂浜でコーヒー入れてくれる逗子の焚き火カフェと、六本木ヒルズ52階にあるカフェに行ってみたい。
あとデニーズ秋葉原中央口店。

 

★地味に売れている本

○「確率 面白すぎる知恵本」(河出書房新社夢文庫)

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いわゆる雑学本ですけど、むずかしい内容をわかりやすく紹介していて良いです。
理系雑誌「Newton」の特集的というか。
「40代未婚女性がこの先10年で結婚できる確率」を算出する式があるのを知って戦慄しました。
でもこれ算出しても意味ねえかもなあ…。

 

★9月に売れた本

なんか出したり出さなかったりですが。

【一般書】

1 体脂肪計タニタの社員食堂     大和書房
2 続・体脂肪計タニタの社員食堂  大和書房
3  朝鮮王朝の歴史と人物          実業之日本社
4  マスカレード・ホテル       集英社
5 日本人なら知っておきたい日本文学   幻冬舎
6 心を整える。        幻冬舎
7 内部被曝の真実     幻冬舎新書
8 人生がときめく片づけの魔法  サンマ-ク出版
9  少女不十分       講談社 
10 新・堕落論 我欲と天罰   新潮新書

【文庫】

1 俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)   電撃文庫
2 おまえさん(上)   講談社
3 おまえさん(下)   講談社
4 ピース     中央公論新社
5 驚異の視力回復法    三笠書房
6 混沌 交代寄合伊那衆異聞   講談社
7 九月が永遠に続けば    新潮社
8 百年の呪い 新・古着屋総兵衛2   新潮社
9 探偵はバーにいる    早川書房 
10 猫鳴り   双葉社


うーん、「金スマ」に支配されたなあ。みんなそうか。

(H)

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