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June 2010

June 18, 2010

トランペット応援の始まりは広島ファンの山本浩二の応援ではなく昭和初期の早慶戦だそうです

今回のワールドカップが始まって一番名を上げたのはメッシでもイグアインでも本田圭佑でもなく、ブブゼラだったと思います。
開幕戦のときはツイッター上に「なにこのハエの大群みたいな音は」というつぶやきが大量にあったのに、今ではiPhoneでブブゼラの音が鳴らせるアプリケーションが出る有様です。
そんなブブゼラをそのまま書名にした本が出ています。フロム第三書館。

○「ブブゼラ!」熊崎敬・金丸知好・楠瀬佳子

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…ってよく見たらこの本、すでに2月に紹介してました。

http://inoo.cocolog-nifty.com/news/2010/02/post-c078.html

早いよ。いろんな意味で。

ちなみにこの本によると南アフリカの国歌は他の国々でも歌われ、ザンビア、タンザニア、以前はジンバブエの国歌でもあったそうです。
国歌についてはちょうどいいタイミングで出た「国歌斉唱 ~「君が代」と世界の国歌はどう違う?」新保信長(河出書房新社)が面白いです。
ワールドカップ前回大会でジダンが歌わなかったというやや過激な歌詞の内容が賛否両論のフランス国歌(歌詞が7番まであるそうです)、1番は歌ってはいけないドイツ国歌、歌詞のないスペイン国歌などなど、世界中の国歌事情を通じて、ひいては日本のことを考えさせる内容です。

 

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ちなみにワールドカップ期間中は雑誌「Number」が毎週出ます。
2002年大会のときはまあよく売れたもので、逆に初戦の逆転負けが強すぎた2006年大会は微妙だったものですが、今回はどうでしょう。
とりあえず昨日出た第一弾、表紙に「What a Miracle!」ってあるんですけど、カメルーンに勝って「ミラクル」だったら、もしオランダに勝ってしまったときには何て言葉を使うんだろう。

 

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☆今月のフェア

「殺虫剤ってナチスドイツの毒ガスからできたって知ってますかフェア」はじめました。

 

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まあ実際は自然科学の本を集めただけですが、この類の本は読むと飲み会のネタに困らない知識が大量に得られてコストパフォーマンスが良いと思います。

たとえば、「イワシはどこへ消えたのか」本田良一(中公新書)によると、カニカマは日本よりも外国の方が消費量は多いんだそうです。てっきりあれはカニへの憧れが強い日本人のためだけに創られたと思ったらそうでもないんだとか。
あと「SURIMI」は世界共通で通じる言葉だとか。漁業関係者とかに限られるみたいですが。

とりあえず「科学でわかる男と女の心と脳」(サイエンス・アイ新書)、「統計でウソをつく法」(ブルーバックス)あたりがよく売れているようです。

ちなみにフェアタイトルの毒ガス云々は「害虫の誕生」瀬戸口明久(ちくま新書)の中に出てくる話です。
これを読むと、殺虫剤の歴史は非常に奥深いです。
大正製薬と中外製薬で共同して本出してもらいたいぐらいで。

 

☆今月の店長の一冊

○「南海ホークスがあったころ ~野球ファンとパ・リーグの文化史」永井良和・橋爪紳也(河出文庫)

 

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プロ野球と時代の移り変わりを同時並行で語る本というのは他にもあったと思いますが、この本はちょっと群を抜いています。
戦前から国内で野球が庶民にとってどのような位置づけで、どういう風にして楽しんでいたか、そして球団は球場を作ることでどのようなことを狙っていたのか、すべて同時並行で書かれます。
プロ野球黎明期、電鉄会社が球団を持ったのは沿線住民に対してのサービスと都市開発が目的でした。
今だったら大資本が人を集めようとするならショッピングモールを作ったりするんでしょうが、当時は総合運動場と動植物園、住宅などを集めた「田園都市」構想があったのがわかります。
そして関西では電鉄会社が球団を持ったのに対し、関東では新聞(読売・毎日)が球団を持ちます。
そして電鉄系チームが主だったパ・リーグはこの異なるメディア競争に敗れ、裏街道を歩むことになります。
昭和30年代は人気もあって強かった南海ホークスおよびローカリズムが全国メディアの登場とともに「読売」グループに圧倒されていく様は昭和史そのものです。

そして男たちの野次が支配していた球場にトランペット応援が持ち込まれ、何が変わって何が消えていったのか。
読み終わると「こうやって、時代は変わっていくんだなあ」と思いが沸き上がってくること間違いありません。

(H)

June 01, 2010

まさかの連日更新

この本だけはどうしても早く紹介したかったので。

○「美談の男」(鉄人社)

 

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送られてきた調書は明らかにおかしかった。
辻褄が合わない箇所が多すぎる。
彼は確信した。
これは警察のでっちあげだ。
目の前にいる男は、事件とは無関係だ。
この自白調書は作られたものだ。
提出された証拠は警察が捏造したものだ。
彼は男が無実だと主張した。
しかし、他の裁判官は彼の意見を採らなかった。
決まったのは男への死刑判決だった。
そしてその死刑判決文は、男は間違いなくやっていないと確信している彼が書くことになった…。

 

2007年、40年前に静岡で起きた「袴田事件」という殺人事件の裁判で死刑判決を出した元裁判官が「あれは無実だった」と告白したことが、一部で話題になりました。
男の名前は熊本典道。
彼はなぜ、今になってそんな告白をしたのか。
編集者である著者は彼を追い続けます。
彼と、彼の周辺の人たちへの徹底した取材から得られた事実、それは40年間彼だけが背負ってきた重みであり、その重みによって狂わされていった彼の人生であり、そしてあの時代、いかに人間たちは狂ったことをやっていたのか、またはやらざるをえなかったのか、そういった重い記録です。

事件が彼をおかしくしたのか。

もともと彼の中にあったものが事件を契機に外に出るようになったのか。

それはあの時代だから起きてしまった悲劇なのか。それとも今後も起こりうる悲劇なのか。

井戸の底に石を投げるような深い物語。

読んでみてください。

(H)

昭和60'sのガキから2010年の子どもたちへ聞きたいこと

いまだに私は「大きくなったiPhone」以上の感覚をぬぐえないのですが、これだけ世の中が大騒ぎしているのだから、きっとこれの発売自体が何がしかの時代のエポックメイキングな事象なんでしょうね。iPad。
今から約25年前、任天堂がファミリーコンピュータという家庭用ゲームを出したとき、私はその存在を「同じクラスのマツモト君が買ったらしい」という同級生の話で初めて知ったものですが、今どきの小学生はどれくらいiPadという存在を知っているんでしょうか。
例えば、「同級生なりその親が買った」という伝聞情報で初めてその存在を知る、という小学生はどれくらいいるんでしょうか。
iPadができることやその未来よりも、私はこっちの方が気になります。

出版社で、それっぽい仕事にたずさわっているある人が言ってました。
「電子書籍はね、『電子書籍』で儲けるよりも『電子書籍とは何か』みたいなことを語ってる方がよっぽど儲かるんだよ」
なるほどなあ、と納得すると同時に私は「2003~2004年くらいのプロレス」のことを思い出しました。
ちょうどその時代、店頭にはプロレスの裏側すべて明かします!みたいなムック本が多発していました。
実際、それらは出ればコンスタントに売れました。
私もよく買って読みました。
そして気がつくとプロレスの裏側ばかり書いた本は山ほど出るのに、「プロレスは、プロレスラーはこんなにカッコいいぞ、こんなに凄いぞ」という本はまったく出てませんでした。
そして自分自身、そういうムック本は読んでいたのに肝心のプロレスはあんまり見てませんでした。

youtubeでプロレスの動画をチョロチョロと見てると時々その時代の試合に当たることがあります。
すると「こんな面白い試合やってたんだ」というのが結構あります。
それらはたぶん、その時代にちゃんとチェックしておけばリアルタイムで見られた。
けど私は見てなかった。
暴露ムックは読んでいたのに。
今になって思うんです。
あの時普通に見ておけばよかったな、って。

すでにあるモノについて研究した本や、分析した本というのは読めばその時は「そうだったんだ」とか、「へえ」とは思います。
けれどそれらは残さないんです。
その場では同じ興味を持っている誰かに語れるかもしれないけど、長い目で見たらたぶん残りません。
そもそも紙であろうと電子であろうと、「書籍」は読まれてるんでしょうか。
「iPadってすげーよ、これで本が読めるんだぜ」
「へー。で、最近君は何の本を読んだの?」
「…」
という笑い話がどっかに出てましたが、本質的には誰も笑えない話じゃないでしょうか。

別に、本でなくても、ネットで読めるものでもいいと思います。
時間があったら、『批評』ではなく『作品』を読んだ方が残るよ、って話です。
そして、書く人も、編集する人も、売る人も金とって仕事としてやってる、紙の本って結構コストパフォーマンスいいと思うんだけど、って場末の本屋の親父は思います。

なんて書いてるこのブログも『批評』の一つですが。
なんでここまで読んだらもうプラウザ閉じて、今日は机の上に乗っかってる積ん読になってる本を読んでみてください。
絶対悪くないと思うから。

  

これで終わるのも何なんで、一個ぐらい紹介。

☆『極楽カンパニー』原宏一(集英社文庫)

ちょっと前に人に紹介される機会があって読んだ本。

主人公は定年を迎えて退職した壮年の男性です。
毎日やることがないので図書館に行って本を読み、夕方になると家に帰ります。
平穏無事とはいえ、退屈なつまらない毎日です。
彼は思います。
「ああ、会社勤めだった頃はよかったなあ。毎日いろいろあってなあ」
彼はちょうど同じような境遇の男性と図書館で知り合います。
二人は、もう一度会社員生活をやろうと意気投合します。
しかし、実際に会社を起こすとなるといろいろ面倒なこともリスクも多い。
じゃあ、本当に会社に勤めなくても、ただ「会議」とか「残業」「仕事帰りの一杯」といったサラリーマンの様式美的イベントだけをなぞればいいじゃないか。
そうして二人は「会社ごっこ」という奇妙な生活を始める…。

初期の荻原浩作品のような設定の物語です。
中盤からは男性の家族が関わってきて、遊びで始めた「会社ごっこ」が意外な展開になってきて、最後はちょっと予想外の結末が待っています。
そこまで含めて、全般ユーモラスで軽くサクサク読めます。

で、この本が気になるのは「ああ面白かった」って本を置いたあとです。
まず、この本は「世の中の大半の、仕事以外趣味のない男性が老後は何をしたら楽しいか」がテーマのはずなのに、全然解決になっていない。
結局「男はいくつになっても仕事しかない」という身も蓋もない結論しか用意されていない。
あまり書くとネタバレになるので難しいところですが、中盤で「会社ごっこ」は意見の相違から分裂の危機を迎えます。
利益も賃金もいっさい発生しないのに。
でもそこが逆に男だからありそうな話で。

仕事、老後、日本社会、自分の趣味、いろんなことを考えさせられる小説です。
くどいようですが話自体は本当に軽いんです。
軽いからこそ、逆に怖い部分もあり。
本当に不思議な小説です。

 

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(H)

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