« ガイド本の話 | Main | Anniversary »

December 12, 2007

名曲と思い出

大学三年生の頃、早稲田にあったファミレスでアルバイトをしていた。
仕事は厨房での調理業務だった。
厨房に入るとだいたい夜の6時くらいから10時半くらいまで、次から次に入ってくるオーダーのためにひっきりなしに料理を作る。
11時近くなるとようやくオーダーが減ってくるが、そうなると今度は4時間ぶっ通しで使い続けた厨房のそれぞれの持ち場を掃除する仕事が出てくる。

すぐ調理に使えるよう準備された野菜や肉類が入った小さなコンテナの箱を掃除し、ハンバーグやチキンを焼き続けて黒ずんだ鉄板を掃除し、唐揚げやらトンカツやらを揚げまくって真っ黒になった油を交換する。
何十人分、時には百人分をも超える唐揚げやら豚カツやらを揚げるのに使った油を廃棄し、新しい油に交換する。
まだ使えそうな具合であったら濾過してまた使う。

油交換はフライヤーと呼ばれる油槽の電源を切って、温度が冷めてからやるようにはなっているがなにせ何時間ものあいだ180度の高温に保たれていた油である。
そう簡単に冷めはしない。
そもそも冷めるのを待っていては作業は遅々として進まないし、11時を過ぎてからも学生の団体客が入ったりしたりすると途端に注文がまとめて飛んでくるので、そんな時に油槽が使えないのでは料理を提供する時間がまた遅れることになる。
したがって多少熱かろうが危険だろうが熱が冷め切っていない状態で油を交換するのが常だった。
当然ヤケドは茶飯事で、あまりラクな作業というわけでもなかった。

この油交換の作業をするのはだいたい私か、ニロくんというあだ名の二歳年下の後輩男子のどちらかだった。
もちろん別の人もやっているのだが、特に私たち二人は特にこの作業を任されることが多かった気がする。
油交換は厨房の真ん中でやっていては他の作業の邪魔になるので、だいたい厨房の裏の通路へ持っていって一人でトポトポ行う。
通路はたまにウェイターやウェイトレスの人がコーヒー豆や砂糖といったものを取りに来るぐらいで、だいたいはひっそりとしている。
それまで喧騒のように次から次に送られてくるオーダーのラッシュに一種躁状態になって料理を作り出し続けていたのが、この作業になるといきなりクールダウンして孤独を感じるようになる。

そこで聞こえるのは厨房にいるとまったく聞こえない、店内BGMの有線放送だ。
有線放送は1ヶ月とか2ヶ月いった単位で曲目が変わり、その間は毎日規則正しく順番どおりに同じ曲が同じ時間に流れる。
そして深夜12時前になると、決まって流れていたのがボン・ジョビィの「Always」だった。95年の秋あたりだったと思う。

―ああ今日も終わりだ。

―もうそんな時間か。早いな。

―今日はなんか疲れたな。

ジョン・ボン・ジョビイの幾分悲しげな歌声が聞こえてくると、毎日そんなことを思った。
もちろん一曲まるまる聴いている余裕はない。
日によってはその前に作業が終わったり、作業をしていて全然耳に入らないこともある。

時刻は深夜0時前。
店長はとっくの昔に帰っている。
誰もいないバックヤードで、誰にも声をかけられず仕事をする我々を励ましてくれたのは店長でも他のスタッフでもなく、ジョン・ボン・ジョビイだった。
今でもこの曲を聴くと、あのバックヤードと油槽に入った熱い油が目に浮かぶ。

一度、ニロくんに聞いたことがある。

「油交換してるとさ、必ずボン・ジョビイ聞こえるよな」
「あ、伊野尾さんもですか。僕、気になってCD買っちゃいましたよ」
「あ、いいな。今度貸してくれよ。あれちゃんと一曲聴いたことないから」

けどニロくんはボン・ジョビイのCDを貸してくれなかった。
バイトを辞めてしまったからだ。
彼女が出来たから、とか大学が遠くなって通いづらくなったから、とかいってた気がするが今となっては覚えていない。
結局私が「Always」をちゃんと聞いたのは、バイトから帰ってクタクタのまま見ていたミュージッククリップを紹介する深夜テレビ番組でだった。

ニロくんが辞めてしばらくたった頃、いつのまにか「Always」は流れなくなっていたことに気がついた。
曲はジョン・オズボーンの「One of Us」になっていた。
そして私は将来の自分の姿が何も浮かばないまま、大学四年生になろうとしていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

みたいな感じで森達也が延々名曲と極私的な思い出を語る本です。
長いよ前振りが。

○ぼくの歌、みんなの詩(講談社)

 Photo

一番初めの「ホテル・カリフォルニア」の思い出を語るパートは素晴らしかったなあ。そら泣くわ、てな話です。ぜひ。

でもこういう「名曲とその思い出」みたいなのは一人に書いてもらうんじゃなくて、いろんな人に書いてもらえばいいのに。ってそういう本すでにあるんでしょうか。

(H)

« ガイド本の話 | Main | Anniversary »

Comments

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/38333/17349798

Listed below are links to weblogs that reference 名曲と思い出:

« ガイド本の話 | Main | Anniversary »