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June 2007

June 30, 2007

甘い恋より苦い故意

そろそろ書店には「○○文庫 夏の100冊」みたいなものがダーンと並べられるシーズンになってきましたが、今年は「伊野尾書店が選んだ夏の100冊」をやります。

…と思いましたが、100冊選ぶのは意外に大変で、それ以前にウチでは100冊並べる余裕がないので、とりあえず30冊でスタートします。
気分次第で、多少増えるかもしれません。
なにしろ店主の気まぐれ企画なのでいい加減です。
7/9からの予定です。


このところ

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「イニシエーション・ラブ」乾くるみ(文春文庫)

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「1ポンドの悲しみ」石田衣良(集英社文庫)

という、普段自分ではあまり読まない「恋愛小説」というカテゴリーに入るようなものを続けて読みました。


なんというか、普段洋服をユニクロですましている人間に、「LEON」とか「ZINO」に載ってる一着30万のスーツとかそんなのを存分に見せつけられた気分です。
遠すぎて、自分と同じ世界とは思えません。
まあ小説だから同じ世界のわけないんですけど。
でも「1ポンドの悲しみ」の花屋の話はいいよね。夢があって。やっぱり夢は大事だよ松坂。


恋愛がらみでいうと、こんな本を売っています。


○「恋する四字熟語」佐藤真由美(集英社文庫)

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四字熟語を知ってるとなんとなく頭がよくなったような、そんな知的虚栄心が生まれてきて気分のいいものですが、実際覚える機会というのはそうそうありません。
むかし私が大好きだった「天」という麻雀マンガは連載中のタイトルすべてが難解な四字熟語で、物語の内容以前に著者の福本伸行はよくここまで毎回難しい言葉を引っ張ってこれるなと感心したものですが、同じ四字熟語でも「天」とは方向が180度反対の恋愛エッセイです。
シンプルなのに味があるヨシタケシンスケ氏のイラストがまたよいです。

「二律背反」とか「以心伝心」といったいくつかの例題が集英社文庫web
http://bunko.shueisha.co.jp/koi4/0818.html
に出ているので、ためしに読んでみてください。
恋というのはそんな四字熟語のようにスパッと方向性が決まらないから、恋なんだとか。深いですね。深すぎです。深すぎて私には見えません。


まあ私がすぐに思いついた恋に関する四字熟語なんて、これぐらいです。

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全然恋じゃないですね。
今日のところは勘弁してください。はい。


P.S.

「イニシエーション・ラブ」についても書きたかったのですが、どこまで書くとネタバレになるのかまるで見当がつかなかったのでスルーします。
とりあえず、C-C-Bの人たちはいま何やってるんだろうか、と本筋に関係ないところが気になりました。


(H)

June 22, 2007

社長インタビュー最終回 「書店人生を振り返って」

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(昭和40年ごろの中井駅前通り)


―店の外を取り囲む話はこれぐらいにして、店の中の話をしましょう。昔は地方出身の住み込みの若い子を雇っていたとか?

「その頃『若い根っこの会』っていう、地方出身の出稼ぎの若い子同士が集まるコミュニティがあって、東京で働くそういう子たちを集めるイベントをやったりしてる組織があったんだけど、そこの会報誌に求人広告を出して雇ってたね。
地方出身の子はみんな真面目で一生懸命働くから。

その子たちは本屋の上の四畳半の部屋に寝泊りして、朝起きるとご飯をいっしょに食べて、昼間はいっしょに店で働いて、休みの日にはいっしょにハイキング行ったり、動物園いったり遊びに行って。
もう家族の一員みたいなもんだね。
今だったらそういうの絶対嫌がられるんだろうけど、当時はどこもそんな感じだったね」

―もうまんま『3丁目の夕日』の世界ですね。いつぐらいまで続いたんですか?

「昭和45年くらいまでかな。だんだんその頃からパートやバイトのような「時間で来る人」が増えてきて、今に至るって感じかな。
 もっとも昭和50年代の後半から、平成8年くらいまでは夫婦二人でやってたようなもんだけど」

―むかしは今と比べて「書店の風景」というのは違いましたか。

「立ち読みが少なかったね。
むかしはどこも立ち読みにうるさかったからだろうけど。
お店に入ってきたお客さんがほとんど皆何か本を買った、そんな頃があったね。
だから来客数は少なくても、売り上げは多かった。

さらに駅の向こうの文楽堂が閉店した昭和58年あたりから、急に忙しくなって。60年くらいがピークだった。
一日休憩なし、なんて日がザラにあったね。
レジの下にラーメン置いて店番しながら食べたときがあったなあ(笑)。

配達も多かったね。毎日100件くらいあったし。『中1コース』とか『中1時代』といった中学生雑誌の予約がものすごくあって、大変だった。」

―やっぱり昔は全集とか百科事典がよく売れたんですか?

「売れたね。よく売れたよ。まあ、他になかったからね。ケースだけ売ってくれ、なんて人もいたなあ。今はインターネットも含めていくらでもあるから、もうああいうのはないだろうけど。

『サザエさん』は売れたなあ。むかしはコミックってあれと『いじわるばあさん』くらいしかなかったしね。

 本じゃないけど、年末になると花札とか、トランプがよく売れたなあ。ソノシートとか。あれも時代だね。

 あとは何だろう。
『窓際のトットちゃん』とか?
あれは最初そんなに売れてるの知らなくて、新聞でベストセラーって書かれてるのを見て『そうなの!?』って知ったからね。
昔はそういうの多かったなあ。
まあお客さんに聞かれて初めて売れてるのを知るって意味じゃ、今も変わってないけど」

―なんかその頃の面白いエピソードとか残ってませんか?

「面白い?面白いのは…特にそんな。いつだったか、大雨で店内が水浸しになったことがあったなあ。
あの時は大変だったけど。けど面白い、ってわけじゃないね。

 ああ、そういえば橋爪健って作家の人がよくウチに本買いに来てくれて。
『多喜二虐殺』とか書いてたんだけど…もう今絶版だろうなあ。まあいいや、その橋爪さんが、結構僕のことを気に入ってくれて、高見順と会うから一緒に来なよ、って連れてってくれたことがあったなあ。
こっちは高見順だ、って緊張したけど、向こうは『ああそうですか、落合の本屋さんですか』って。包容力のある人だったなあ。
その後、橋爪さんに川端康成と会わせてもらう話もあったんだけど、僕が風邪ひいて流れちゃったんだよね。あれは残念だったなあ」


―本屋をやってきて、よかったことと悪かったことって何ですか。

「よかったことと悪かったこと!?むずかしいこと聞くね。
 
よかったのは、本を売ることで時代の知識や教養を得られたことかな。
本屋じゃなきゃ知らなかっただろうということは多かった。
「今度出た三島の本はどう思います?」みたいな文学談義をしてくるお客さんもいたし。
そういうお客さんもそうだし、出版関係者も含め、いろんな人と知り合いになれたのはよかったね。

 悪かったのは、時間拘束がきつかったこと。
開店して2~3年は休みなしで店やってたし、その後休むようになったといっても月に一日だけだったし。
どこにも遊びにも行けなかったのが辛かったなあ。

―休みなしとか、一日だけってすごいですね。今だったら絶対労働基準法に引っかかりそうな。

「でも商店街のお店みんなそうだったからね。みんなそうだったから、うちもそうしないといけないなという感じで。商店街の他のお店が休むようになってきてからウチも定休日を作るようにして。みんなそれが当たり前だったんだよ」

―へえ。開店の時は資金繰りに苦労したという話でしたが、その後苦労したことはありますか。

「書店の仕事から離れるんだけど、材木屋時代の請求のことや、アパート経営のことで3回裁判やったのが大変だったね。
裁判は時間とお金がかかって、それでだいたい両者の言い分の中間のところで手を打ちなさい、ってなるからね。不動産関連では、いろいろ揉めたこともあったなあ」

―これからの書店についてどう思ってますか。

「むずかしいだろうね。やってる人に面と向かって言うのも何だけど。
本自体のあり方が、変わってしまったからね。
でも、本屋がまったくなくなるというのは考えづらいと思うよ。
これからがんばってください」

―…とても社長と店長の会話とは思えませんが。最後に、この50年を振り返って。

「うーん…無我夢中でやってきて、流されるままやってきて、今ここにいるって感覚だね。気がついたら年をとっていた。
ウチはなんとかおかげさまで今までやってこれたけど、この間事業を拡大する気はまるでなかった。
拡大したって、小さいままだって、自分がしたいことができなきゃ意味はないんだよ。
もっとラクしようとか、もっと儲けようという感覚はなかった。

今からみればバカなことをしたかもしれないけど、当時の商店というのはそれが当たり前だった。
その当たり前が50年になった、そういうことだね」


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(昭和42年頃の伊野尾書店)

(了)

June 20, 2007

社長インタビュー第二回 「取引の歴史」


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(昭和35年頃の伊野尾書店)


―最初の取次(本を仕入れる問屋)はトーハンと契約したんですか?

「いや、トーハンとはできなかった。
あの頃(昭和30年代前半)は書店組合の運動が強くて、近隣の本屋が新しくできるお店があると反対して、そうするとトーハンも面倒なことに巻き込まれたくないから取引しなかったんだよ。
中井にはすでに文楽堂っていう本屋が駅の向こうにあって、そこのオヤジさんが相当反対して」

―他の取次に行ったんですか?

「いや、それでトーハンが『直接おたくと取引はできないけど、別の取次を紹介する』っていって、それで紹介されたのが神田の村山書店。
 で、開店から2年ぐらいかな、毎日バイクに乗って神田まで現金仕入れに行って」

―毎日?商品を店に送ってくれないんですか?

「送ってなんかくれないよ。あくまで現金決済の取引だもの。
 今店長(=H)が神田いって入れてきてるのと同じだよ。
 だから仕入れは毎日行くんだけど、その頃は『雑誌の発売予定表』なんてのがなかったから、今日何が発売になったかは村山書店の店売(=問屋の本の売り場)で知るんだよ。
で、そこで初めて“ああ、今日は『文藝春秋』が出てるな”とか、“『婦人公論』が出てるな”って知って、仕入れてくるんだよ。

でも行ってみないと何が出てるかわかんないわけじゃない?
だから仕入れから帰ってきて店に並べてるとお客さんから『中央公論は?』って聞かれて、ああしまった今日発売だったか、ってまた仕入れいったり。ひどい時は一日4往復したなあ。

それに知識も情報もないもんだから、古い本入れてきちゃったり。
基本条件は、買取だからね。
あとで少しずつ今でいう条件付返品みたいのも出てきたけど、とかく現金仕入れだからやっぱり資金繰りがつらかった。
雨で売り上げが少ない日だと、『ああ、明日あまり仕入れられないなあ』って心配したり」


―何年ぐらいそういう仕入れをやってたんですか?

「2年ぐらいかな。
その後、協同書籍(※現在の協和出版販売)という取次が送りをしてくれるというので契約して。
最初感激したなあ。
『本が送られてきたよ!自分から仕入れ行かなくていいんだ!』って。

協同書籍で3~4年ぐらい本を送ってもらってたんだけど、そのうち飯田橋の文鳥堂さんとか、若松町のサイタ書林さんとかが組合に『若いのががんばってんだから、入れてやれよ』言ってくれて。
それで書店組合に入ることができた。
で、書店組合に入ったらトーハンがすぐに『取引してもいい』って言ってきて」

―またわかりやすいですね(笑)。それでトーハンと?

「協同書籍もありがたかったけど、やっぱりトーハンの方が扱い品目も多いし、何より立派な店売があったしね。
その頃になると現金仕入れじゃなく支払いも月締めになったからだいぶ資金繰りもラクになって」

―以降トーハンとは35年間取引を続けて、2005年から栗田出版販売に替わるわけですが。

「トーハンは大きくなっちゃったね。いろいろいいところも悪いところもあったけど、やっぱりそれは35年も取引してもらったんだから感謝してるよ。
店長が栗田に替えようっていってきたときはすごく不安だったけど、今はよくしてもらってるから、ありがたいよ」

(次回 最終回「本屋人生をふりかえって」に続く)

June 15, 2007

社長インタビュー

 
伊野尾書店は今年で創業50年を迎えます。
そこで、創業者である伊野尾信夫社長にこの50年をふりかえってもらいました。
ふだんここに書いてる内容とはちょっと違いますが、まあたまにはいいでしょう。

□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

○ 伊野尾書店代表取締役 伊野尾信夫インタビュー ○

1、開店まで

―まず本屋を始めようと思った経緯について教えてください。

「僕の父親はもともと荒川区の三河島というところで呉服商をやっていたのだけれど、太平洋戦争で店から何からすべて失ってしまい、途方にくれていたところ材木商をしていた親戚が『金は貸せないが、材木だったら貸してやる』というので、戦後この中井に来てここの場所で材木商を始めた。

けれど父は元来きゃしゃな体つきで材木屋には向いていなかったので、高校生の頃から学校を週2回くらい休んで僕が材木屋を手伝っていた。
何回か取引先が材木の代金を払ってくれなくて裁判になったことを除けば商売はなんとかやれてたけど、父は明らかに材木の仕事に向いていなかったし、立地的にも材木屋より別の商売の方が向いてると思ってね。

当時はね、何をしても成功する予感があったよ。
最初は本屋をやるつもりはなくて、学校を出たら音楽や芝居のプロダクションを作ろうと思ってた。
それか、法律を勉強して司法書士になろうかとも思ってた。
落語家になろうかと思った時もあったな。

その上で本屋を選んだのは、特別本が好きということではなく、ビジネスとしてこれならやっていけるだろうという冷静な判断からだね。

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(開店当時の社長:当時22歳)

―開店が昭和32年12月25日ですね。

「開店のときはなんか景気つけてやろうと思って、当時の人気作家に『今度本屋を開店するんで、店の前に先生の名前で花輪出していいでしょうか。もちろん代金はこちらで出します』って手紙書いたんだ。
それで開店時には店の前に“祝 大佛 次郎”“祝 川端康成”って花輪出して…あと一人いたな。誰だっけな。忘れちゃったけど。近所で話題になったよ。

―そりゃなんでもない町にできた何のへんてつもない本屋の前にそうそうたる作家の名前が出てれば、話題になるでしょうね。

「今だとそんなことできないんだろうけど、当時はおおらかだったね」

―その頃は何が大変でしたか?

「何がって、そりゃお金を工面するのが一番大変だったよ。
書店といっしょに、父が事業の基盤に材木屋の資材跡地にアパートを建てようと言い出して、双方の建築資金として150万貸してくれって今もすぐそこにある東京信用金庫に行ったけど断られて、あちこちの銀行いったけどみんな断られて…。

それでどうしようという時に、この辺を営業で回ってた日本相互銀行の人がいて、その人に相談したら「会社は『本屋には融資できないが、材木屋なら融資する』って言ってる。けど自分も契約はとりたいので、書類上は材木屋で通すけど実際は書店でいいから、というんでそれで借りて」

―なんか今だったらえらい問題になりそうな営業マンですね。まあでもそれで借りることができて。

「うん。けど銀行には結局バレちゃって」

―なんで?

「材木屋でやるってことで借りたお金で実際はアパートを建てたわけだけど、入居者の人がタバコの不始末で火事を起こして。
材木屋をやめるときに余った木材で作ってたから、アパートは全焼。
そのとき銀行の人が見に来て、『おまえ材木屋やってないじゃないか!』って」

―どうなったんですか?

「一括で150万返済しろって言ってきたよ。
でもこっちは本屋始めたばかりでそんな余裕あるわけないから、ウチ中で親戚から借金して。
初任給が1万2千円~3千円ぐらいの時代だったと思うけど、100万近くなんとか集めて。
それで足りない分は本屋の収益から少しずつ返すから、ってことでなんとか話つけて」

―大変でしたね。

「あの頃はそんなのばっかりだったよ(笑)」

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(開店当初の伊野尾書店)

□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

今日はここまで。
次回、第二回は「取次」編です。

 (聞き手:H)

June 09, 2007

世知辛い世の中を生きるための実用書

1年前まで、私は本当の意味での本のすばらしさを知りませんでした。
今まで私は本の何を知った気になっていたのだろう、まるで本のすばらしさをわかっていなかった、まったく愚かな書店員でした。

それに気づいたのは、1年前に必要に迫られて「即効!もっと腹を凹ます本」(宝島社)という本を買ってからです。

おお、「実用書」というのは、本当に「実用」になることが書いてあったんだ!
どうして今まで見向きもしなかったんだ!
「東京タワー」読んで泣いたところで、俺の出てきた腹は引っ込まないじゃないか。
京極夏彦読んで知識を得たところで、摂取カロリーが消費カロリーを上回ってる事実は変わらないじゃないか。
こういう本こそ世に伝えられるべき内容が書いてあるじゃないか!

そう教えられました。
そして、私は実用書の偉大さを知ったのです。
ビリーズブートキャンプのDVDを買わなくても、書店にはいい本がたくさんあります。
っていうか、あんな激しい運動できないよビリー。


ただ問題は、買って半年後くらいからまるで読まなくなったことですが。
あんなに素晴らしい本だと思ったのに、半年後にはまるで見なくなる。
人間の業の深さと、不条理な人生に思いを馳せずにいられません。

そしてこないだ久しぶりにまたあれを読んでヨガの真似事でもするか、と思ったら部屋のどこにも見当たりません。
どうやらうっかり古雑誌に混ぜて古紙回収に出してしまったようです。
かように実用書というのは人生を変えるようなことが書いてあったり、突然目の前から消えてしまったり、罪深い商品だなと思いました。


それでなぜそういう話になったかというと、先日店にあった

○「泣かぬなら殺してしまえホトトギス」(角川書店)
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をパラパラ見てたらあまりに面白いので結局買って読んでしまい、「やっぱり実用的なことを知ることは大事だな」と。

紛らわしいタイトルをしてますがこの本は別に織田信長のことが書いてあるわけではなく、一介の26歳サラリーマンである著者がオレオレ詐欺とかしつこい訪問販売業者とか架空請求の業者を電話で撃退しつつ、返す刀でファミレスで子供を野放しにする放置ママや自分の会社に電話してくるクレーマーを言葉で撃退するという、変則的な読み物です。
最初になんとなくそうかな、と思いましたがやっぱりもとはブログだそうです。
http://www012.upp.so-net.ne.jp/hototogisu1/

さきほども書いたように基本的には読み物ですが、対悪徳業者という面に関しては実用の部分も多いです。
要はオレオレ詐欺とか架空請求といった、電話でアプローチしてくる類の犯罪には
『相手の土俵に乗らない(=相手の話を真に受けて反応しない)』
というのが最大にして基本なんだということを教えられます。

で、この著者の対処法ですが、普通の人にはなかなか一朝一夕にできそうもない方法なので、真似するのは相当難しいと思います。
なので結局は自分にあった方法を考えないといけないんですけど。

しかし、夕方のTVなどでよくやってる「悪徳業者!」みたいな特集はレポーターがオドオドしながら業者に質問まではしても退治まではしようとしないので、そういう意味では藤沢周平や池波正太郎に代わってこういうのが現代的な勧善懲悪の読み物なのかな、という気もします。
結構売れてます。


(H)

June 02, 2007

今年は6/17です


6月に入りました。
ワールドカップで中田がひっくり返っていたのはもう一年も前になるのか、と考えると本当に早いものです。
彼は元気なのでしょうか。
探してた自分は見つかったんでしょうか。
まあ本人のウェブサイトでも見ればわかるんでしょうけど。


さて、母の日フェアに続いて、お約束通り父の日フェアも行っています。
昨年は哀川翔「翔、曰く―EXCITING」(ぴあ)と、高田純次「適当論」(ソフトバンク)が結構売れたので、じゃあ今年はこの辺でいってみるか、と

○「ちょい不良(ワル)オヤジの人モテ術」松崎しげる(明日香出版社)

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○「寺島進のアニキに聞けよ!」(二見書房)

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あたりを並べてみましたが、今のところまったく売れてません。
ちょっと人選がシブ過ぎたか…。


あ、別にこういう本ばかり並べているわけでなく、「象の背中」秋元康(扶桑社)とか、「スーツの法則 ~抜き出る男は第一印象で差をつける」中島渉(小学館)なんてのも置いてあります。

ちなみに一番売れてるのは、「まあこんなのも箸休めでいいか」と並べた「こころがスーッと軽くなる本」すがのたいぞう(PHP文庫)です。

みんな疲れてるんでしょうか。
本当はそんな時こそ松崎しげるの「日本一セクシーな中年になろうぜ!」(上記本より引用)という、不必要なぐらいの元気をおすすめしたい気がいたしますが、避けて通りたい気も十分わかりますので、無理強いはいたしません。
てか、あの人とヒロミゴーはいつまであのままなのだろう。


(H)

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