October 10, 2019

10/12(土)は臨時休業となります

過去最大クラスと言われる台風19号の接近にともない、10/12(土)は臨時休業といたします。

みなさまどうかご安全を。

プロ野球にギリギリ入れた男たちの人生― 村瀬秀信「ドラフト最下位」

〇「ドラフト最下位」村瀬秀信(KADOKAWA)

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毎年秋に行われる、プロ野球の新人選手獲得会議「ドラフト会議」。
甲子園で活躍した高校選手、大学・社会人で活躍する選手がどこのチームに入るのか注目を集める一方で、ほとんどの人に知られないところで下位指名されている選手がいる。
会議開始から数時間後、有名選手の所属球団がすべて決まり、ニュース速報が落ち着いたころでも球団によってはまだ選手を指名・獲得している。
そうして結果的に最後に名前を呼ばれた選手。
そういった、その年のドラフトで「最後まで残っていた選手」にスポットを当てたノンフィクション。

16名の「ドラフト最下位指名」選手がそれぞれの人生を語る。

 


高橋顕法は1992年ドラフトの一番最後に広島東洋カープに名前を呼ばれた。ドラフト8位だった。

高橋は名門・仙台育英高校出身。
しかし甲子園はおろか、地方大会にも出ていない。
それどころか仙台育英高時代、ベンチ入りすらしていない。

いったいどういうことなのか。
なぜそんな選手(試合に出ていないのにそう呼んでいいかも不思議だが)をカープは指名したのか。
どうやって見つけてきたのか。

 


三輪正義は2007年の大学生・社会人ドラフト6巡目でヤクルトスワローズに指名を受けた。
しかしここに至るまでが波乱万丈である。

山口県出身の三輪は下関中央工高に進学。ショートのレギュラーだったが、甲子園出場はしていない。
最後の夏は県大会決勝戦まで進出するも、ケガで試合を欠場。

当時の監督は三輪のことをこう語る。

「時間をかけて野球を覚えていった子でしたが、プロに行くような選手とは思いませんでした」

この時点で三輪の人生に「プロ野球」という行き先は出てこない。

高校卒業後も三輪は野球を続けようとした。
しかし三輪を獲得したいという大学、社会人チームはなかった。

三輪は「野球をやれる」条件で就職活動をするが、なかなか見つからない。
とある社会人野球名門企業の最終面接まで進むが、ある発言が引っかかって落選。
監督の伝手で、地元・山口の山口産業という燃料取扱商社に入社。
そこは野球部があった。ただし、軟式野球部。
同じ野球でも、プロ野球の硬式野球とは「別物」と見なされる競技だった。
三輪は県内のガソリンスタンドに務め、オイル交換、タイヤ交換をし、危険物取扱の資格を取った。
週に3回、就業後に軟式野球の練習をして、土日に試合をする。

堅実な生活。
いずれは幹部としても…という評価もされていた会社を、三輪は入社3年目で辞めてしまう。

21歳、無職。次の道は決まっていない。

ここからどうやってプロ野球へつながるのか。

 

 

「ドラフト最下位」には16人の人生が描かれる。
2000本安打を達成した福浦和也から、一軍1試合出場というだけで終わった選手まで、そのキャリアは多種多様。

共通しているのは「プロ野球に入ることが人生の目的ではない」ことで。

どんなに活躍した選手でも、いつかは選手としてやめるときが来る。
選手をやめても、人生はその後も続く。

 

 

著者の村瀬秀信さんはこの連載企画を始めた意図をこう説明する。

「プロ野球選手になれた人。なれなかった人。その境目はどこにあるのか。
その境目にいた人たち、つまりギリギリで入団した選手たちのことを知れば、それが少し見えてくるのではないかと思った」


スポーツは仕事と違う。

どんなに才能があっても、身体を壊してできなくなってしまう選手がいる。

どんなに才能があっても、試合でそれを発揮できない選手がいる。

能があるとはいえなくても、努力で「必要とされる」選手になり、長く続けられる人もいる。


選手は人生のすべてを捧げて野球に邁進するが、実際には野球は人生のすべてではもない。

野球で活躍しても引退後に身を崩してしまう人もいる。

野球では活躍できなかったものの、引退後にビジネスで成功する人もいる。指導者として選手を育てる側に回る人もいる。


この本を読んでいくと、野球以上に人生がわからなくなる。

しかし「人生がわからない」のは、私たちも同じだ。

野球はいつも必ず同じ選手が打つわけではない。いつも必ず同じチームが勝つわけでもない。
年俸数億円の日本を代表する名投手が初めて一軍の試合に出た若手選手に打たれることもあるし、圧倒的な強さを誇るチームが最下位のチームに負けることもある。
同じチームの選手をして「こんな奴がよくプロに入れたな」という選手が数年後トップ選手になることもあるし、長く活躍すると思ったらあっという間に引退してしまう選手もいる。

私たちは野球に「わからない人生」を仮託して見ている。

 

 


※高校時代「まさかあいつがプロ野球選手になるとは思わなかった」と思われていた三輪正義は12年もの長期にわたってスワローズでプレーし、今年2019年秋に現役を引退した。

9月22日のヤクルト巨人戦終了後には三輪の引退セレモニーが行われた。
降りしきる雨の中、三輪はずぶ濡れになりながらベースを一周。
最後にホームベース上のブルーシートにヘッドスライディングを披露する姿をチームメイトは笑いながら見送り、ファンは「いいぞ!いいぞ!三輪!」の声援で送り出した。

 

 

 

October 07, 2019

「新潮社の百田尚樹ヨイショ感想文キャンペーン」について思ったこと


新潮社の百田尚樹ヨイショ感想文キャンペーンはそんなに叩かれるようなことなのだろうか、とずっと思っている。

考えをまとめてから書こうと思ってるうちに批判にさらされる形でキャンペーンが中止になってしまった。
ネットの世界ではどうせ来週には忘れられてしまうだろうから、備忘録として残す。


◎企画に対しての温度差

たぶん、今回のことは出版の世界から遠く、そして百田尚樹のことを「ヘイトスピーカーだが公権力を持ってる作家」ぐらいに思ってる人が一斉に「何それ…」と拒否感や嫌悪感を示した、というのが大筋だと思う。
「ヨイショ感想文」という言葉が「百田センセイ、もっともっと持ち上げましょう」というイメージを想起させた。

ただ、おそらく新潮社はそこまでゴマをする感じではなく「話題になる面白いキャンペーンをやりましょう」くらいのところから始まってると思う。
百田尚樹と仕事をしたことがある人から聞いた話と、「Newsweek」での石戸諭の検証記事を読んで感じた百田尚樹像は一致していて、それは「とにかくウケたがりの関西人のおっちゃん」である。

とかく、著述業のウケ=反響はわかりづらい。特にリアルタイムでは届きにくい。
しかしTwitterのウケ=反響は即伝わる。

Twitterの反響が面白く、その中でも特に反響があるのが政治的発言であるというのに気づいてしまってから、百田尚樹はTwitterの中でモンスター(ちなみに百田にはそのまま「モンスター」という作品がある)になった。


しかし、あぶくのような発言だけが残るTwitterから一歩外れると、そこは「ウケたがりの関西人のおっちゃん」である。
「夏の騎士」を告知するキャンペーンを考えたときに、百田自身は「おお、なんでもするでえ」くらいのスタンスだったのではないか。
でないとあんな自分を金色にかたどった銅像姿にOKなんかしない。

また、こうなってしまったのに百田は一切「自分は被害者」のようなスタンスをとっていない。
「善意の企画が空回りしただけ」と言っている。
https://twitter.com/hyakutanaoki/status/1180473595421585417

やらしい根性をしている作家であればこういうとき「自分は嫌だったけど、勝手に進められて仕方なくOKしてしまった」みたいなコメントを出すだろう。

現場周りが「ネタとしてこれ面白いんじゃない?」と考えて出したらいろんな人から「趣味悪い…」として受け取られた。
読み違い。
ただこれに尽きると思う。


◎出版社はヨイショ感想文しか求めていない

「面白くない?」と思って出したら「面白くねえよ!」と多数の人に突き返されてしまったのだからキャンペーン中止は仕方ないかもしれない。

でも今回のこれは小説のプロモーションの根っこをついていたと思う。

というのは、出版社というのは「ヨイショ感想文しか宣伝には使えない」からだ。
ある人が本を読んで、「こういうところがよくなかった」と思う。
その感想をネットに書く。全然自由。なんも問題ない。

ただし、宣伝には使えない。

宣伝に使えるのは「この本素晴らしかった」という感想だけだ。
だからその感想が欲しくて、出版社は書店員にゲラを配る。ネットギャリ―で全文公開する。

10年くらい前だろうか、出版社の人からゲラをもらうようになった頃、私は「もらった以上、必ず読まないといけない」と思っていた。
そして読んだらその感想を必ず伝えないといけない、と思っていた。

ただゲラをもらって読んだ作品(だいたい小説)は「まあまあ面白い」ものが多かった。
もっと正確に言えば「部分部分気になるところがあるけど、面白いか面白くないかでいえば面白い」くらいのものが多かった。
そうすると感想としては「この本、めっちゃ面白い!!」ではなく「うーんまあ良いんだけど、ここが気になるんだよなあ…」みたいなモヤッとした微妙感想コメントになる。
当然、出版社の人から帰ってくるのは「そうですね、そういうところありますね…お読みいただいてありがとうございました」みたいなモニャっとした返信である。
そして私のコメントが使われることはない。


そんなことを続けていたあるとき、感想を送った出版社の人に言われた。

「伊野尾さん、読んで面白くなかったら無理してコメントしなくていいんですよ」

えっ、そうなの!?とびっくりした。

「だってそんなコメント送ってもらっても、どっちみち使えないじゃないですか。出版社が欲しいのは絶賛コメントだけなんですよ」

えっ、でもせっかくゲラ送ってもらったのに、まったく無反応だったら申し訳なくないですか…?

「申し訳なくないですよ。ああ、伊野尾さんには合わなかったんだな~ってそれだけですよ。こっちは絶賛コメントをくれる人が欲しくて、でも誰が絶賛してくれるかわからないから、いろんな人に送ってるんですよ」

そのときは「そっか、どうしても俺に読んでほしかったわけじゃないんだな…」と少しガッカリしたが、今になればわかる。

あの人の言ってることは正しかった。
出版社が欲しいのは絶賛コメントだけだ。
批判は今後の参考にするかもしれないが、宣伝には何も役に立たない。

それをネタ含みとして“表”で言ってしまったとき、こんなにも拒否反応があるんだなというのを今回あらためて知った。
もちろん、そのヨイショする対象がTwitterでの絶対的悪役・百田尚樹だったというのもまた拍車をかけた。


◎百田尚樹のことをヨイショしても誰も傷つかない

百田尚樹のTwitterでのヘイトツイートを見て嫌いという人は多かろうし、特に韓国がらみのことはよくひどいこ

とを書いてるなとは思ってるが私自身、そこまで気にしていない。
申し訳ないがそこまで怒れない。
自分のことで手一杯だ。
というか、実際のところ百田尚樹が聖人君子でも汚いおっさんでもどちらでもよい。

百田の人間性と百田の書く作品はまったく別のところにある。
人間性がなんであれ、小説がよかったらほめなくてはいけない。
いけないというか、よいものはよい。

だから何はともあれ「夏の騎士」を読まないといけないんだと思う。
もし読んでよかったなら「これいいんだよ!」と言いたい。
ちゃんと言わないといけない。


もう一度書くが、作家の人間性とその人の書く作品はまったく別のところにある。

書店員という仕事をしていて、運良く本を書く何人かの人とお知り合いになることができた。
SNSもあって、わりとフラットな連絡を取れるようになった人も何人かいる。
それは私の中で「その人個人」が好きなだけであって、「その人の書く作品すべて」が好きなわけではない。
仲良くしてる作家さんにも「この作品は好きだが、こっちの作品はそうでもない」というものはある。
その「そうでもない」の方には、私はあまり触れないようにしている。

もちろん読んでいる。
でも「まあまあ」とは言えても「すっごいよかった!!」とは言えない作品だった場合、私は口をつぐむようにしている。
「うーん…まあまあ」と言われて買いたくなる人はいない。
ただ、「自分には合わなかったが、たぶんこの人(=お客さん)は気にいるのでは」というときはそこの点を抽出して薦めるようにしている。

私は書店員であって、本の感想に対して誠実でいないといけない。
そうするとすべての本に「すっごいよかった!!」とは言えなくなってくる。
けれど自分が「まあまあ」でもある人にとっては「人生の一冊」になることは往々にしてある。
だからその邪魔もしてはいけない。
口に出すのが許されるのは「絶賛」だけであって、「微妙」とか、まして「批判」は公のところで言ってはいけない。


百田尚樹をヨイショしても誰も傷つかない。
俺は傷つく!という人は、少し目を遠くに離した方がいいと思う。
承認が足りな過ぎて誰かの否定をすることだけが生きがいになってる。コウテイペンギンちゃんに「朝起きてえらい!」とほめてもらわないと。


出版にかぎらないけど、知らない人に商品なり会社なり企画を知ってもらうためには「え、なにそれ?」と振り向かせることをやらないといけない。
それは「エラーをしないように」という守りの発想では届かなくて、ときに「もしかしたら暴投になるかもしれないけど投げる!」くらいの思いきりが必要だ。
それは出してみないとわからない。
批判はいつだって後出しジャンケンなんだし。
出す前にわかるだろ!ってのも常套句だけど、おそらく世界には「出したらウケたであろうけど、上司が批判を恐れて出さなかった」プロモーションも山のようにある。
けどそちらは一生発見されることがない。だから知られない。
後世まで知られるのは叩かれた“事例”だけだ。


長くなってしまったのでまとめる。

 

私が言いたいのは

「周りが叩きだしたのを横目で見てから安心して乗っかるように叩くのはやめてほしい」

ということと

「新潮社がんばれ」

の2点に尽きる。

ネットは1回のエラーを大きく取り上げるが、99回の成功した守備には何も触れない。
その99回に書店は大きく救われている。

結局今もなお文庫レーベルで質・量ともに一番は新潮文庫だし、私の大好きな窪美澄を発見したのも新潮社だし、大好きな矢部太郎「大家さんと僕」も新潮社だ。

「週刊文春」で叩かれがちな文藝春秋もそうだが、勇み足になった部分だけは広く伝わるが、事業の根幹をなしてる「良書」の部分は基本話題にならない。
その話題にならないところを、どうやって話題にしようかと出版社の人たちが日々考えているのを私は知っている。

だから新潮社、今回はうまくいかなかったけど、次がんばれ。

てか一緒にがんばりましょう。

 


伊野尾書店 伊野尾宏之

September 10, 2019

『本から入る趣味入門』フェア開催中

  『本から入る趣味入門』というフェアを開催しています。

いろんな趣味を知るきっかけ、出会う入り口になるようなコミック、エッセイなど読み物を集めました。
(「趣味」の解釈がいささか偏ってる可能性があります)

「あの本が入ってない!」というツッコミはこっそりメールでください。

現在のところ「園芸」「宝塚」がよく売れています。

 

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September 07, 2019

9/23(月・祝) 臨時休業のお知らせ

 

9/23(月・祝)は臨時休業となります。

ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。

 


伊野尾書店

 

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