August 24, 2019

二重、三重にまとわりつく不安~ 「ストーカーとの七〇〇日戦争」内澤旬子

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〇「ストーカーとの七〇〇日戦争」内澤旬子(文藝春秋)

著者の実体験ノンフィクション。
「それまでの恋人」だった男は、別れ話を切り出してから情緒不安定になり、話の通じない怒りの怪物になってしまった。
こちらの話をまったく聞くことなく、一方的に怒りのメッセージを送り続ける。
やがて男の威圧は周囲の人を巻き込み始め、著者は警察に相談。
そして男は逮捕される。
ところがここからが本当の「戦争」だった…。
襲撃予告と取れるメッセージをずっと受け続け、飼っているヤギも狙われるのでは…という不安と緊張は著者の生活から安寧を奪い、何をしてくるかわからない不安は恐ろしい妄想を呼ぶ。
著者は精神を疲弊していく。
しかし著者に平穏は訪れない。
ストーカーから被害者を救うはずの警察、弁護士、検事は「それぞれの職務の持ち場」を守るだけで、精神的な救いの手は伸ばさない。
彼らは「法的な正しい処分」を進めることが第一で、被害者の心理的カウンセリングは関与しない。
彼らが関心あるのは「組織や法曹界の中で評価されること」であって、「被害者の不安を取り除く」ことには興味がない。
1秒でも早く示談にするためには必要な情報を依頼者に伝えないこともいとわない弁護士が恐ろしい。
まったくの孤独な状態で著者が精神的に追い詰められていく描写が恐ろしい。
そして警察が逮捕して、これで解決したんだ…と思ったら次のページで「Ⅱ部」と出てくるのが恐ろしい。
「ストーカー」が社会にこれだけ認知されていても、法整備や逮捕者への精神的治療がまったく進んでいないことが恐ろしい。
著者は女性であり、ストーカー被害に遭っていることをなかなか人に言えなかったことで、どんどん事態が悪化していく。
そして「地方の壁」を実感する事態がいろいろ出てくる。
話が一区切りついたはずの現在もそれまでの恐怖は拭い去られることなく残っているはずで、この本を書くこと自体、相当恐ろしかったのではないかと想像する。
読んでいて思ったのは重度のストーカーになっていく男に対して「結局暇なのが悪いんじゃないか」ということだ。
仕事や家事、育児に介護、社会活動、趣味といった「やること」がないと、どんどんどんどん悪化してしまうのではないか。
もちろん精神的に落ち着くから仕事や家事、育児に社会活動、趣味ができるというのもあるので「卵が先か、鶏が先か」になってしまう部分はあるのだが、とにかくこの「やることのなさ」がストーカー行為を悪化させている気がした。
逆に言えば今自分が平穏な精神でいられるのは「やること」がいろいろあるからで、もし自分もそういったことが失われていった場合、はたして精神を平穏にしていられるのだろうか…?という不安は残った。
もしそうなったとき、自分をそこから抜け出させてくれそうで、やはり無理…と手を離した人に恨みの感情を抑えて感謝の言葉を言えるだろうか。
今は「大丈夫だろう」と言える。
けど本当に精神的に追い込まれていたら…そのとき自分を支えるのは、何であろうか。
そういうものがあると、思いたい。

(H)

August 16, 2019

「恋愛経験がないままこの年まで来てしまった方は、自己評価は低いのに自己愛は人より強かったしますよね」 ~辻村深月『傲慢と善良』

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○「傲慢と善良」辻村深月(朝日新聞出版)


自分がフリーター生活をやめて本屋の仕事に就いたのは24歳の時だったが、働きだして半年くらいで「これはやばいな」という感覚があった。

「やばい」というのは「出会いがない」ということだ。

その頃自分は何年も恋人がおらず、できる様子もなかった。
唯一、定期的に本を届けてる美容室に明るく話しかけてくれるお姉さんがいて気になってたが、「今日は暑いですねー」とか「(届けてる雑誌を見て)今月○○ちゃんが表紙ですねー」といった話をするくらいで、それ以上どうしていいかわからなかった。

一年くらいして、親戚の伯母さんが「宏之に見合いをさせたらどうか」という話をもってきた。
もうその頃には「お見合い」は前時代的な出会いで、20代の感覚だと鼻で笑うような感覚もありつつ、「実際出会いもないし、それもいいかもな…」とも思っていた。
ただ伯母さんは自分の思い通りに進まないと意見をいろいろ言ってくる人だったし、上手く行っても断っても面倒くさいだろうな…と思って結局受けなかった。
ただ、電話してきた叔母の手元にあるというどこかのお嬢さんの身上書はちょっと見てみたかった。
あれはどこのお嬢さんだったのだろうか。
今ではどこかの誰かと結婚されて、子供が生まれていたらもうその子も大きくなってるかもしれない。20年近く前の話だ。

伯母さんのお見合いを断った私はその頃出来始めていた「出会い系サイト」をやるようになっていた。
今のマッチングアプリのようにシステマチックではなく、年齢・性別・居住の都道府県、それに趣味や一言コメントが書き添えられてる3行くらいの情報で構成された「誰か」にひたすらメールを送るページだった。
当時「メル友」と呼ばれる、サイトを通じて知り合った顔も知らない誰かとメールする関係がもてはやされてた。
私も何人かとメールを続け、何人か実際に会ってみた。

だが、恋人になるどころか結局会うのはその一度だけになることばかりだった。

当時、私はそうやって会った女の人たちを常に「査定」みたいな目線で見ていて、

「顔は…まあまあかな」
「服装は普通」
「食べ方がちょっと汚い」
「自分から会話をしてくれない」

みたいに一点一点評価ポイントをつけていた。
それで低評価だった部分を抽出して「こういうところがあるからダメだな」みたいに女の人を「査定」していた。
そしてその上で「ああいうサイトに書いてる女の人とは上手くいかない」と結論を出していた。

今ならわかる。
ダメなのは「ああいうサイトに書いてる女の人」ではなく、やってきた女の人を「査定」する自分の考え方そのものだ。
会った人にいくつもチェック項目をつけてその一番下の部分を問題視し、良かった部分はまるで見ない。
そして自分の低評価な部分は一切見ようともせず、自己評価だけは勝手に高くして「合わないな」とか考えてた自分。

そりゃ上手くいくわけがない。

 


辻村深月「傲慢と善良」を読んでいて、その頃のことを思いだしていた。


「傲慢と善良」は婚活で出会ったあるカップルをめぐる話だ。

主人公の男性、架(かける)には真美(まみ)という婚約者がいる。
知り合って2年になるが、まだ結婚はしていない。
ある日、真美は架の前から姿を消す。
その直前、架は真美から「ストーカーがいる」と相談されていたため「真美はストーカーに誘拐された」と判断、警察に駆け込む。
ところが一通り調査した警察は架にこう言う。
「われわれは事件性が薄いと判断してます。彼女は自らの意思で連絡を絶ったのでは」
納得できない架は自力で彼女のストーカーを特定し、真美を取り戻そうとする。
架は真美のストーカーを「彼女が婚活で知り合った男性の誰か」と推測し、一人ずつ探していく…。

 


婚活を入口に、地方コミュニティの閉鎖性、静かに流れる旧来的家族観、毒親、パラサイトシングル、女子マウンティング…といった現代の社会問題が複層的に描かれる。


前半、「これミステリーとしてちょっと無理ないかな…」と思いながら読んでいたが、後半その引っかかりがスルスルっとほどけていくのが見事だった。

途中、

「婚活がうまくいかないとき、
『自分が個性的で中身がありすぎるから引かれてしまった』とか、
『自分が女性なのに高学歴だから男性が気後れしてしまった』とか、
『美人であるから他の男性がいたのかもしれない』とか、本来自分の長所であるはずの部分を相手が理解しないせいだと考えると、傷つかずにすみますよね」

「恋愛経験がないままこの年まで来てしまった方は、自己評価は低いのに自己愛は人より強かったしますよね」

といった婚活=恋愛に関するキラーフレーズが次から次に出てくる。
 


私たちは常に「自分はちゃんとしている」と思っている。「あの人はここがおかしい」と平気で思ったりする。

それは、どの地平から言ってるのだろう。その目線はどこから生まれてるのだろう。


物語の中で、地元の有名な女子短大に真美を入れたことを誇りに思っている真美の母親が架に「そこの出身者だから真美を選んだんでしょ?」と聞く場面が出てくる。
架は「えっ…?」と呆気にとられ、やがて「そんなことまったく考えもしなかったが、この人の中でそれはつながってるんだ…」と理解する。

 

限られたコミュニティの中で発生する『あっちよりも私の方が上』マウンティングは、だいたいそのコミュニティの外にいる人からは『どっちでもいい』と思われている。

 

私たちはどうだろう。

自分の見た目。収入。社会的地位。結婚してる/してない。子どもの有無。友達の数。趣味。やってきたことの成果。

自分が気にしていることは、本当に誰もが気にしていることなんだろうか。

小説は鏡だ。

ページの向こうには自分が写っている。

私たちは真美の母親を笑えるだろうか。

 

(H)

 

July 31, 2019

「1万円選書」やっています


伊野尾書店ではお客様のご要望に応じて本を選んで送る「1万円選書」を行っております。
「1万円選書」は北海道砂川市のいわた書店さんが始められた企画ですが、店主の岩田徹さんより「どんどんやってほしい」というお言葉をいただきましたので同じ企画名でやらせていただいています。
選書は伊野尾書店店長・伊野尾宏之が行っています。

当店の「1万円選書」はこのような流れでやっています。


1、ご希望いただいたお客様には最初にメール(もしくはTwitterダイレクトメッセージ)でアンケートを送ります。
アンケートはお持ちの本、好きな作家や本、ご職業や最近関心あることなど個人的なことについておうかがいします。


2、いただいたアンケートを参考に、だいたい10冊前後の本をご提案させていただきます。
 その中からご購入したい本をお選びください。
「1万円選書」という名でやってますが実際には1万円に届かなくても、多少少なかったとしても大丈夫です。

3、お支払いは本代+送料+選書料(1000円)となります。送料は一律850円(税込)です。だいたい小さいダンボール一箱程度になります。
 
4、恐縮ですが事前振込制でやらせていただいています。金額が確定次第ご連絡しますので、お振込が確認できたところで発送となります。

5、以上の過程で最初のアンケートから商品到着までおよそ1週間~2週間ほどお時間をいただいています

 


お問い合わせ、お申し込みはこちらまでお願いします。お待ちしております。

inooshoten@gmail.com

 

 

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夏季休業についてのお知らせ

いつも当店を御利用頂き、誠にありがとうございます。
お盆期間中、営業時間が下記のように変わります。

8/10(土) 11:00~20:00
 
8/11(日)~  8/14(水) 休み

8/15(木)  11:00~20:00
8/16(金)~  通常営業


ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

※8/11~8/15の期間に新刊は出ません

伊野尾書店

July 24, 2019

プロ野球が明確に変わった時代の記録 ~「1988年のパ・リーグ」

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〇「1988年のパ・リーグ」山室寛之(新潮社)


1988年、南海と阪急2球団で同時に起きた球団売却と、歴史に残る死闘「10.19」ロッテ×近鉄戦の裏側を追うノンフィクション。


後半の「10.19」パートもよく調べたと思うが(有藤の抗議が長引いた背景に仰木の心ない一言があったという伏線、それ以外にも阿波野登板以降異様に時間がかかっていたことがやがて四時間ルールに引っかかることなど、知らない話多かった)、特筆すべきは前者の球団売却の事実だろう。


80年代に水面下で進められた「ロッテ福岡移転計画」、当初ダイエーが狙っていたのは南海ではなくロッテだったこと、これまで語られることのなかった中内功のプロ野球への関わり、水面下の情報が特ダネを狙ったマスコミによって表に出された時のハレーション…。


すべてが興味深く、面白かった。


歴史のアヤで阪急はブレーブスをオリエントリースに売却することになったし、少しタイミングが違っていたらロッテは福岡の球団になっていた。


そうなっていたら、その後のパ・リーグの歴史もまったく別の物になっていただろう。

西宮球場を改修した「阪急ブレーブス」にイチローは入団したのか。ホークスはどうなっていたのか。

マリーンズは生まれなかったのか。

想像はつきない。


大雨で地盤が緩んだ山肌がちょっとした刺激で崩れるように、パ・リーグはこの年を境に大きく姿を変えていった。

あれから30年が経った今だから知る、貴重な時代の証言集である。

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