December 04, 2024

「『プロレススーパースター列伝』秘録」原田久仁信

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「『プロレススーパースター列伝』秘録」原田久仁信(文藝春秋)

 

1980年代から90年代にかけて全国3000万人(by古舘伊知郎)のプロレスファンを魅了した漫画『プロレススーパースター列伝』(以下『列伝』)。
アブドーラ・ザ・ブッチャー、ミル・マスカラス、スタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ、タイガーマスク、ジャイアント馬場&アントニオ猪木など、当時の人気プロレスラーの来歴、秘話がドキュメンタリータッチで描かれるこの作品に、情報が乏しかった昭和時代のプロレス少年たちはみんな魅了されました。

後年、この『列伝』を読んでいたという人と出会うと

「あれな、日本で試合終わったブッチャーが奥さんへのお土産に博多人形買ってアメリカの自宅に帰ると奥さんいなくなってたやつな!」

とか、

「若かりしジャンボ鶴田とスタン・ハンセンがスパゲッティとコーラで食事している一方で、成功したザ・ファンクスはワインとステーキ食べてるやつな!」

とか局所なエピソードトークで必ず盛り上がり、一気に距離が縮んだものです。
私はこの『列伝』とビッグ錠の『スーパーくいしん坊』で”血の滴るようなステーキ"という表現を覚えました。
あまり人生で使う機会のない言葉です。


今作ではそんな『列伝』がどうやって書かれていたか、梶原一騎原作の物語を作画していた原田久仁信によって語られます。


『列伝』は1981年から1983年にかけて『少年サンデー』で連載されていました。
当時の『少年サンデー』の看板作品は『うる星やつら』『タッチ』『サイボーグ009』などラブコメ作品が強く、その中で『列伝』ほぼ女性が登場しない漫画だったにもかかわらず読者人気3位とかになってたそうですが、当時原田氏にはそういった読者の反響が伝えられることもなく、ひたすら梶原一騎から毎週送られてくる原稿を時間のない中で漫画にしていく毎日を送っていたそうです。
原田氏は連載終了後に大量の読者ハガキをドサッと渡されて初めて読者からの熱い支持があったことを知ったそうで、当時は「連載中の漫画家に人気を伝えると天狗になる」みたいな考えが編集部にあったのかもしれません。
『キン肉マン』のゆでたまごさんも同じように編集部からほめられなかった、と聞きます。


今作は連載舞台裏の証言がいろいろ出てくるわけですが、その中で一番衝撃なのは

「作中で(アントニオ猪木・談)として出てくる、ストーリーテラー役の猪木コメントはすべて梶原一騎の創作だった」

という部分で。
思わず「ええー!」となりました。
まあ、今思えば若干おかしいんですよね。
新日本プロレスはまだしも、全日本プロレスに出ている選手のことをライバル団体の猪木がああだこうだコメントするのは。
当時はなんとなく「猪木は業界の語り部なんだろう」くらいに思い込んでいました。

原田氏は毎週、梶原一騎から送られてくる文章を読んで、その上でストーリーを作画していた。
それは「真実」として描く必要がある。
そうすると、中には「これ本当に…?」というようなエピソードがあってもそれが本当のことなのかどうか、裏を取ることができない。
なので「本当のこと」と信用して描かざるを得ない。
かつて『週刊ファイト』の井上善啓編集長はプロレスのことを「底が丸見えの底なし沼」と評したことがありましたが、梶原一騎の書く「物語」もまさにそんな感じだった。

たとえばアブドーラ・ザ・ブッチャー編ではそれまで「スーダン出身」とされていたブッチャーが、劇中内に登場するインタビューで(聞き役は当の梶原一騎)「ユーは本当にスーダン出身なの?」と聞かれて「違う、それはマガジン(雑誌)が作った嘘」と答えてたりする。

プロレスを見ていて、「これって本当なの?」とファンが薄々考えていることを「いや、それは設定」とレスラーが作中で答えてたりするのだけど、その会話自体もまた梶原一騎が独断で書いている「設定」だったりする。
もはや「クレタ人の嘘」みたいな、「嘘」と「真実」が入り混じっていてどこまでが本当なのかわからない。
まさにプロレスそのもの、といった漫画でした。

もう一つ今作から伝わるのは、「1980年代当時、梶原一騎がいかに出版界・格闘技界で大きな影響を持っていたか」で。

梶原一騎は『巨人の星』『あしたのジョー』『タイガーマスク』など数々の大ヒット漫画・アニメの原作者でありました。
実際、どの作品も今読んでも面白いので(ずいぶん時代背景が変わりましたが)、ベストセラー作家であったことは間違いない。
そうすると出版社も、アニメを作るテレビ局の側も、「先生、先生」になりますよね。
そういった中で「『タイガーマスク』を実際にプロレスラーに演じてもらってリングで闘ってもらおう」というプロジェクトが始まる。
マスクをかぶったのが佐山聡という稀代のプロレスラーだったこともあって、タイガーマスクと新日本プロレスは爆発的な人気を得る。
すると新日本プロレスは原作者である梶原一騎を怒らせて「もうタイガーマスクは引き上げる」ってなったら一大事になるので、梶原一騎に何も言えなくなる。
そんな関係が「創作」に鷹揚だった背景として横たわっていたことがうかがえます。

思うに、70年代から80年代の漫画というのは今となっては考えられないぐらい、人々の乾いた心に沁みた娯楽だったんじゃないかな、と思います。
だって『あしたのジョー』で力石徹がジョーとの試合で負けた後に亡くなると、寺山修司が「力石の葬儀をやらないと」と言って、それで講談社で本当に力石の葬式やったんですよ?

https://gendai.media/articles/-/104629?page=3

それって人々が『あしたのジョー』を「娯楽」とか「エンタメ」とか、果ては「コンテンツ」とか言って距離をとって軽く扱うのではなく、おおげさに言えば「自分の人生そのもの」くらいの近さで内面に取り入れてたんじゃないか、と思うのです。

なんで、そうやって漫画で「人生」を作ってた人たちは、それはそれはやりがいがありつつ、同時に重い使命感をもって書いてたんじゃないかな…とこの本を読んで思いました。
先に挙げたように梶原一騎は『巨人の星』『あしたのジョー』『タイガーマスク』といったヒット作の原作者でありますが、これらの作品は全部作画は別々の漫画家なんです。
つまり、だいたい揉めて仲たがいするか、梶原氏が不満をもって別の人に代えさせた。

今作で、『あしたのジョー』のラストをめぐって梶原一騎とちばてつやが揉めた話が出てきます。
梶原の原作では、ジョーは真っ白な灰にならなかった。
「試合が終わった後日、ジョーがどこかのベランダからぼんやり外を眺めて、それを遠くから白木葉子が眺めている」という場面が梶原原作のラストシーンだったそうですが、ちばてつやは「それはありえない」として「真っ白な灰になる」ラストにこだわった。
結果、揉めた末に最後は梶原が「勝手にせえ!」となり、あのラストになったからこそ、『あしたのジョー』は伝説になった。
後年、梶原は「(『ジョー』のラストは)あれでよかったんですよ」と言っていたそうです。
ただ梶原とちばてつやとは結果的に断絶した。
梶原には作画担当の漫画家とはそういった衝突が絶えずあった。

1980年、「プロレス漫画を描かないか」と編集部に言われて原田氏が初めて会った梶原一騎はそんな頃です。
自分よりはるかに年若い原田氏は、梶原一騎からすると今までタッグを組んできた作画担当漫画家とはちょっと関係が違ったのかもしれない。
人は、どこで、どのタイミングで、誰と出会うかで人生が決まる。
あらためてそんなことを感じさせる回顧録です。


「連載が始まってだいぶたってから、練馬高野台の自宅で梶原先生に質問した。
『あの猪木(談)というのは大変ですよね。毎週、忙しい猪木さんに話を聞かなくてはいけないわけですから』
すると梶原先生はあまりにもあっさりこう言うのだ。
『お前、何を言ってんだ。聞くわけないだろう』」
(「『プロレススーパースター列伝』秘録」 P.67)

 

 

November 23, 2024

『ミスター・チームリーダー』石田夏穂

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〇『ミスター・チームリーダー』石田夏穂(新潮社)
建設機械レンタル会社に勤務する入社9年目の後藤は会社で係長を任される一方、ボディビルの選手でもある。
大会に向けて日々減量に励む一方、自らがまとめる課のメンバーたちは業務への意欲と能力に乏しく、不満を溜めている。
厳しい制限によって自らの身体を絞っていくうちに後藤は、身体の脂肪を落とすように、組織の中の「贅肉」を落とすことを考えてゆく…。
面白いわあ。
よくできてる。
朝井リョウ絶賛もこれは納得。
オチもちょっとこれは考えなかった。
石田夏穂は「働く人間の機微」の描き方が上手い。
中間管理職だったらほぼ間違いなく面白く読めると思う。
よくできてる(2回目)。

November 13, 2024

『おきざりにした悲しみは』原田宗典

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『おきざりにした悲しみは』原田宗典(岩波書店)


郊外のアパートで独り暮らしする65歳の独身男性、長坂誠。
老朽化が進んだアパートで細々と生きているが、アパートのオーナーは売却するために現在の住人たちには退去してもらいたいと考えており、決して居心地がよい環境ではない。
そんな長坂の隣の隣の部屋にはシングルマザーの女性が幼い子どもたちと住んでいるが、あるときその子供たちの様子がおかしいことに気づく。
母親がおそらくずっと前から部屋に戻ってきておらず、子供たちはちゃんと食事もとれていない。
長坂がそのとき咄嗟に取った行動で、彼らの人生は大きく動き始める…。


原田宗典は青春小説の名手である。

90年代前半、大学生だった私は氏の小説をいろいろ読んだ。

やるせない青年の青春を描いた『十九、二十』
危うい男女の関係を描いた『優しくって少しばか』
ある出来事をきっかけに自分から強烈な悪臭がするようになるSF小説『スメル男』

小説の内容は違えど、どの作品からも「青春」の匂いが感じられた。
感情的で、痛くて、人生で得るものと失うものを体感する、そんな作風。

あれから30年以上経って、小説の主人公は二十歳の大学生から65歳の独身男性になった。
もう主人公はピカピカしてないし、どう見ても明るい未来はない。
壮年男性を主人公とした小説にありがちな、「一回り以上若くて美しい女性が一方的に主人公に好意を持ってくれる」ような展開も書かれない。
けれども、地味な初老男性の生活が一転して「これはどうなるんだろう?」となり、主人公にもいろんな過去があることがわかり、そして意外な結末を迎える。
登場人物の年齢が変わっても、やはりこれは「原田宗典の小説」だった。

地味で、淡色な生活の中に予期せず降ってくる面倒事。
面倒になるとわかっているのに巻き込まれにいく長坂の姿は、映画『男はつらいよ』の車寅次郎を想起させた。
ああ、そうだった。
昭和の物語の主人公は、こうやって「面倒事」に自ら手を突っ込んでいくんだった。


壮年になっても「青春」はある。
『おきざりにした悲しみは』はそんなことを感じさせる小説である。

 

 

November 04, 2024

「本の産直市@伊野尾書店」二日間ありがとうございました

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「本の産直市@伊野尾書店」二日間の開催が無事終了しました。

予定していた初日が大雨で順延となりましたが、二日間たくさんの方にご来場いただき、本当によかったです。


お客さまにも、出展した出版社の方にも「ぜひまた2回目を」とリクエストいただいたので、前向きに考えたいと思います。

二日間、本当にありがとうございました!

November 02, 2024

11/4(月・祝)開催「本の産直市@伊野尾書店」二日目出版社配置図

11/4(月・祝)開催の「本の産直市@伊野尾書店」二日目の出版社配置図をお知らせします。
ご来場の際にご参照ください。

 

Day2

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