「偶々放浪記」小指
○「偶々放浪記」小指(白水社)
○「偶々放浪記」小指(白水社)
9/2(月)から、伊野尾書店にゆかりのあるさまざまな方々におすすめの本を紹介してもらうフェア「中井無差別選書2024」を開催いたします。
今回は選書にあたって文庫、単行本、コミック、児童書といったジャンルの壁を取っ払ったので「無差別選書」としています。
今回ご参加いただいた選者の方々は下記の通りです。
「中井無差別選書2024」参加者一覧(五十音順)新井見枝香さん 踊り子/作家
石川透さん 目白大学メディア学部准教授
石田夏穂さん 作家
今成夢人さん プロレスラー/映像作家
岡元大さん ガードパイプ研究団団長
カルロス矢吹さん 作家
川添愛さん 言語学者
こがわあゆさん ラジオ構成作家
鈴木忠平さん ノンフィクション作家
土屋 貴司さん バーテンダー(ラム酒とチョコレートのお店)
爪切男さん 作家
富岡志文さん 接骨院院長 (落合中央接骨院)
長崎健一さん 書店店主(熊本県熊本市・長崎書店)
西 麻沙子さん 文芸誌編集長(「小説新潮」)
藤澤千春さん 書籍編集者(太田出版)
古橋さん 取次会社社員(楽天ブックスネットワーク)
松岡教平さん 音楽事務所マネージャー(A-Sketch)
松田洋太郎さん 出版社社長(ニュートンプレス)
見野さくらさん 出版社営業(柏書房)
山本渉さん 歴史研究家
伊野尾書店店長、スタッフ
合計25名
今回もバラエティーに富んだ方々に本を選んでいただきました。
開催期間は 9/2(月)~10/31(木)です。
店頭では選者のみなさんのコメントを集めた小冊子を配布します。
(頒価110円)
110円は「冊子のみを欲しい」という場合の値段で、店内で何か買い物をいただいた方は冊子無料となります。
ぜひ店頭まで足をお運びください!
「言語学バーリトゥード2 言語版SASUKEに挑む」川添愛(東京大学出版会) 8/20発売
言語学に関する幅広い雑学を、言語学者の川添愛先生が普通に紹介するだけでなく時には寸劇、コント、フリースタイルラップバトルにしたり多種多様な表現方法で遊びながら教えてくれる本、第二弾。
前著に続き、学問的な内容なのにエンタメ度数が高い。
言語学の観点からRGの「あるある」、「ジョジョの奇妙な冒険」、永田裕志の「いいんだね、やっちゃって」、錦鯉(コントをする方)、アントニオ猪木など多彩な世界で使われる“言葉”の構成を解読する。
多彩な世界、と言いながら「プロレスとお笑いが多いな」と今気づいたぐらいだが。
どの話も笑いがあって読みやすい。
いろいろ読んでるとたまにえらい読みにくいエッセイに当たってしまうことがあるが、さすが言語学者、言葉の使い方が上手でリズムがいい。
受験の例題に使われたのも納得である。その内容は猪木の話だったらしいが。
特に倒置法がいかに聞く人にインパクトを与えるかを説明するのに永田裕志の「いいんだね、やっちゃって」をテキストに使うところが最高である。
これは2004年に一度は新日本プロレスを退団して出ていった佐々木健介が、いろいろマグマなことが起こった末に新日本に出戻り参戦することになった際、その行動に対して怒りを表明していた永田選手が対戦することになり、試合前に発したセリフだ。
これが「やっちゃっていいんだね」だとインパクトが弱い。
「いいんだね、やっちゃって」と言うからインパクトがある。
日本語の面白さを実感させてくれる解説だ。
なおこれだけセリフが伝説化しているわりに、肝心の健介vs永田戦の試合のことを覚えている人は少ない。そこがプロレスの楽しいところである。
アントニオ猪木が試合前に「この試合に負けるようなことがあれば、勝負は時の運ということだけではすまないと思いますが」と聞いたテレビ朝日のアナウンサーに一拍置いたあと「やる前から負けることを考える馬鹿がいるかよ」と張り手を見舞ったことはみんな知ってても、肝心の猪木、坂口征二vs橋本真也、蝶野正洋戦の試合内容を覚えている人は少ない。そんなものである。
読んでると雑学のようで、いや雑学なんだけど、言葉ってかなりの部分「共有」で成り立ってるんだなあ、ということに思い至る。
居酒屋に入って「いらっしゃい!」と声をかけてきたお店の人に「生で!」で通じる。
正確に言えば「生ビールを一つ、注文します」だが、極限まで削られて「生で!」でも通じてしまう。
それはお互いが「こういうことだろう」という認識を共有しているからだ。
共有があれば多少日本語としておかしくても、主語がなくても通じてしまう。
それがとても面白い。
「重複表現は短いと突っ込まれるが、長くなると違和感が減る」という話も面白かった。
「頭痛が痛い」と書くと「重複表現だ!」(重言というそう)と突っ込まれる。
だが「長年苦しんでいる頭痛が今日は特に痛い」だと、あまり気にならない。
「会社に入社する」だけだとおかしいけど、「第一志望の会社に入社した」だと気にならない。
なにげなく使っている言葉の不思議な構造に気づかせてくれる本である。
言語学の専門的な話が出てくる一方、なぜかRGに対抗して川添先生もいろんな題材で「あるある」を作っている。
プロレスラーは「余計なことをする」方が面白い。
「無駄なことはしない」プロレスラーは技術的には優れているが、見てて面白くはない。
川添先生は完全にプロレスラーである。
『小山田圭吾「炎上」の嘘』(中原一歩著 文藝春秋)
2021年の東京五輪開催直前、開会式の音楽担当として発表された小山田圭吾は、過去の雑誌インタビューで「学生時代に障がい者をいじめた」と話した記事がネットで紹介され、炎上する。
開会式5日前ということもあって一度は謝罪しながら職務を務める旨を発表したが炎上はさらに加速し、結局開催直前で担当を降板する。
小山田は五輪終了後、週刊文春の取材に対して「あのインタビュー記事は、実際に自分が行ったことと、そうではないことが混ぜられた書き方になってしまっていた」と語った。その上で「当時自分はその訂正を求めなかった」と。
あの炎上事件はどうして起きたのか。
実際のところ、小山田によるいじめはあったのか。
小山田、関係者、かつての同級生たちと多くの人間への丹念な取材をもとに構成した、「事実」をたどるノンフィクション。
よくここまで取材したな、という感想がまず出てくる。
著者の中原は小山田の言い分を丁寧に聞く一方で、「小山田のいじめは本当にあったのか」を検証するために、現在は小山田と利害関係のない同級生」を探し当てて取材している。
その同級生が最初に発した「圭吾ってそんなキャラだっけ?」という言葉が、この調査を始めたきっかけだったという。
中原は「どちらか側」だけの視点に寄らない。
小山田の釈明を丁寧に聞きながら、並行してその話が事実なのかウラをとっていく。
その結果判明するのは当該記事が小山田の話したいくつかの子ども時代のエピソードが混同されて記事が作られ、それが訂正されることなく紙媒体として掲載され、修正されることなく残り、ネットで拡散したという経緯だ。
「小学生のときになんでも口に入れる同級生がいて、あるときそいつが道端の犬の糞まで口に入れてしまって吐き出した」話と、「中学生の修学旅行の時に、部屋でプロレスごっこをしていたら一歳上の先輩が来てしまって同級生を裸にして布団でグルグル巻きにした」話が一緒になって
「全裸でグルグル巻きにしてウンコ喰わせてバックドロップして」という見出しになっていた。
小山田は当時この雑誌が出たときに訂正・修正を求めなかった。
90年代、インターネットがない時代。
雑誌に書かれたことは「読んでいる人だけが知る」ものであり、しかも当該の雑誌は月刊誌で、一か月すれば書店の店頭から消えていた。
消えてしまえば、もうその記事を見る人はいない。
拡散されることがないのだから、「誰かの言葉」の扱いが、今と全然違ったのだ。
小山田はその前から「雑誌に事実と違うことを書かれる」ことが多々あり、慣れっこになっていた、
だから「なんだかな~」と思いながら、このときも修正を求めなかった。
このことが、結果的にずっと「喉に刺さった棘」のようになり、それが一番酷い形で暴発した。
この本ではオリンピックに関心がなかった小山田が開会式の音楽担当をすることになった経緯、炎上が始まって広がり降板するまで、その後音楽活動を復活させるまでの小山田とその周辺の人々の出来事が詳細に書かれる。
一番酷い時期には殺害予告が届き、小山田と家族は家に帰れない時期もあった。
炎上するSNSを見てしまい、次々仕事が休止していく中で眠れない日々を送っている。
正直、思い詰めてもおかしくない環境だった。
この本を読んだ人の中には、最後まで取材に応じなかった当時の雑誌編集者や、炎上当時不確定情報で小山田を叩いたテレビタレントを批判する人がいる。
考えてほしい。
すぐにわかりやすい「悪」を作って叩くことがそもそもの原因ではないか。
小山田から別の人に移すのは、いじめの標的を変えているだけではないか。
私は、取材に応じなかった当時の雑誌編集者の理由がわかる気がする。
もう、これ以上収まってきた火をまた広げてほしくない、という気持ちではないか。それによって自分も、自分の近しい人も、ダメージを負うのに耐えられないのではないか。
「正しい」を追求することで傷つく人がいるなら、「正しくない」でかまわない─そう判断したということではないか。
私はこの編集者の対応は、仕方ないことだという気がする。
炎上から一年が経過し、ずっと休んでいた音楽活動を再開するにあたって、小山田はそのことでまた暴風雨のようにバッシングされるだろうと身構えていた。
が、実際にはほとんど何も反応がなかった。
良くも悪くも「民」の怒りは次の人に向かっていた。
小山田と、その周囲の関係者は「あれはなんだったんだろう」と思ったという。
「悪」を攻撃したい、というエネルギーの集積は恐ろしいほどの熱量があり、それは簡単に、本当に簡単に誰かの精神を潰してしまう。
そのことをスマホに向かう我々も、伝えるメディア側も、今も理解されないまま進んでいることをこの本を読んで否応なく実感させられる。
いつも伊野尾書店をご利用いただきありがとうございます。
8月の下記4日間を夏季休業とさせていただきます。
8/11(日)~ 8/14(水) 休業
8/15(木) 11:00~19:00営業
8/16(金)~ 通常営業再開
ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。
伊野尾書店
※8/10~8/15の期間、新刊の発売はありません
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