May 25, 2019

「掘り出し本屋大賞」開催中

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毎年4月に発表される本屋大賞は1位の大賞作品と、2位から10位までの候補作が発表になりますがそれ以外は公式に発表されません。
しかし毎年「本の雑誌」が発行している特集号には11位以下の作品と投票した書店員の選評コメントも記録されています。

この「本屋大賞である程度票を集めながら候補作には残らなかった11位~30位」の作品を集めた「掘り出し本屋大賞」というフェアを開催してます。
今回は2015~2017年の投票作品の中から、すでに文庫化されたもので揃えました

全25作品すべてに推薦書店員の方のpopをつけています。
読んでるとどの本もみんな面白そうです。
出版社が書店員にコメント求める理由がなんとなくわかりました。

フェアは6/1(土)で終了します。
まもなくですが、みなさまのお越しをお待ちしております。

胸を刺す強烈な物語 ~辻村深月「噛み合わない会話と、ある過去について」

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〇「噛み合わない会話と、ある過去について」辻村深月(講談社)

2018年6月に出た小説。

この春に退職したスタッフが「とてもよかった」と言ってたので買ったものの、ずっと積ん読だったのをようやく読む。

4篇の短編集。

読み始めてすぐに沸き上がる感情。

やばい。

これはやばい。

読みながら「うわあああ!!」と声が出そうになった。

どうして昨年話題にならなかったんだろう。

心臓をナイフで刺されたかのようなショックがずっと胸に残ってる。

4つの短編集だがすべてあるテーマで共通している。

それは「他者の認識」である。

自分はあの人をどう見ていたのか。

そしてあの人は自分をどう見ていたのか。

大学時代を共に過ごした男友達が結婚することになり、その相手が「ちょっとヤバい人じゃ…」となる『ナベちゃんのヨメ』。

国民的スターになったかつての教え子(でも担任はしていない)がテレビの収録で学校にやってくる。それに立ち会うことになった女性教師の話『パッとしない子』。

引っ越し準備の際にたまたま見つけた成人式写真をきっかけに語られる、女友達の「厳しかった」母親の話『ママ×はは』。

事業で成功したかつての同級生に取材をすることになったタウン誌記者。その同級生は「痛い人」だったのに…『早穂とゆかり』。

人間の底の底まで見通している辻村深月の観察力が恐ろしい。

ホラーとはちょっと違うのだと思う。

ただ、人の心をのぞき込むとそこに映っているのはホラー同様、暗くおぞましいものなのかもしれない。

そしてこんな社会現象になってもおかしくない作品がほとんど触れられてないままスルーされていく今の出版界にも「大丈夫なのか」という不安の感情を持ってしまう。


(H)

May 15, 2019

今村夏子「むらさきのスカートの女」

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○今村夏子「むらさきのスカートの女」(「小説トリッパー」春号掲載、単行本6/7発売)


その町には「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性がいる。
小柄な体形、肩まで垂れ下がった黒髪はパサパサで、頬のあたりにシミがぽつぽつ浮き出ている。
決して若くはない。

「むらさきのスカートの女」はよく商店街のパン屋でクリームパンを買っている。
それを公園で、3つ並んだ一番奥のベンチを指定席にして、そこで食べている。
仕事は期間工なのか、働いてたり働いてなかったりする。

物語はずっとこの謎多き「むらさきのスカートの女」の日常について語られることで進んでいく。
同時に読み手の誰もが気になるもう一つ謎が同時進行する。
すなわち、この「むらさきのスカートの女」を観察し続けている、語り部である「わたし」はいったい誰なのか?という謎だ。
「わたし」はなぜここまで「むらさきのスカートの女」に固執するのか?

中盤で「むらさきのスカートの女」はついに定職を見つけ、安泰な日々を迎えんとする。
が、安泰な日々は次にやってくる不穏な出来事の前兆であったりする。

町の「変な人」として語られる「むらさきのスカートの女」と、彼女を取り囲む共同体。
本当に「変」なのはどちらなのか?
淡々と語られる文体はフォークロアのようにも怪談のようにも感じる。

今村夏子は常に「異常」と「正常」のあいだに壁などなく、それは日常の中で出たり消えたりすることを作品で表現する。
彼女の小説はいつも読んだ後頭に残るが、この「むらさきのスカートの女」もそうだった。人の「異常」はどこにある?

(H)

May 02, 2019

ネットとスマホのない時代から届いた手紙 ~島田潤一郎「90年代の若者たち」

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○「90年代の若者たち」島田潤一郎(岬書店)


「そのころのカラオケは曲数がすくなかった。
だから二時間も、三時間もカラオケルームにいると、だれかが必ずリンドバーグの『今すぐKiss Me』をうたった。
あとはブルーハーツの『リンダリンダ』。
うたう本人(100%男だ)は席から立ち上がって、ぴょんぴょん跳ねて楽しそう。
ぼくは『またこれかよ』と思うのだが、“歩道橋の上から 見かけた革ジャンに”と歌がはじまると、アルコールも入っているから、やっぱりみなと同じように楽しくなって、小さな声で『ウォウウォウ』といっしょにサビをうたう」
(P.96)

 

 


去年の誕生日で僕は44歳になった。

あと2カ月で45歳になる。

 

年を取ると、寂しく感じることが多々出てくるようになった。

髪が薄くなる。
顔にしわが増え、身体がたるんでいく。
体力の低下を感じる。

そういった身体の変化に加えて、地味にショックだったのが「過去の記憶が薄くなっていく」だった。

10代のころ。20代のころ。
楽しかったこと。悲しかったこと。
いろんな感情を揺さぶられた出来事があったのに、その記憶がどんどん抜けていく。
かつて頭の中で鮮明な映像としていつでも再生できた情景が、今ではうすぼんやりした解像度の低い画像としか再生できない。

けれど、そんな薄くなった記憶が、あるきっかけで突然クッキリとした映像でよみがえることがある。

音楽を聞いたときだ。

自分では音源を持っていない曲、自分では能動的に聴くことのない曲をテレビやラジオ、映画や映像のなかで受動的に耳にした瞬間、「その音楽を聞いた場所」がフラッシュバックする。
そして思いだす。
あのときこんなことをしていた。あの人がそこにいた。こんなことを思っていた。

一瞬前までは思いだすこともなかった思い出のディティールが、解凍されて沸き出てくる。

 

  

夏葉社の代表である島田潤一郎さんが書いた「90年代の若者たち」というエッセイを読んだとき、そんなことをいくつも思いだした。

静謐で、味わいのある本を作り続けファンも多い出版社である夏葉社の代表である島田さんは本への造詣が深く、古本や書店などについてのエッセイを数多く書いている。

一方で島田さんの自著「あしたから出版社」ではパッとしなかった自身の青春時代のエピソードが描かれる。
若き日の島田さんはきらびやかな青春とは程遠い、文学サークルに所属するイケてない男たちだけで集まり、ウダウダと時間を過ごす。

「90年代の若者たち」は、そんな島田さんの「パッとしなさすぎる」青春エッセイだ。
しかし、その中にはあの時代を生きた世代であれば、誰しも触れてきたであろうキーワードがいくつも出てくる。

 

 
1990年代。
インターネットやスマートフォンはなかった時代。
僕らはテレビを深夜まで見て、CDを買って部屋で聴き、雑誌を読んでいた。
友達には家に電話をした。
家にいない時は留守番電話に用件を吹き込み、外出先の公衆電話からそれを聞いたりした。
携帯が出てきたのは後半の頃で、それまではポケベルを持ち歩いていた。

島田さんは90年代を「みんながCDを買った時代」と言う。
買った。
たしかによく買っていた。
そして年中カラオケに行っていた。

カラオケに行くとかならず誰かがBOOWYの「B・BLUE」をうたった。
電気グルーヴの「N.O.」も、光GENJIの「ガラスの十代」も小沢健二の「ラブリー」も、誰かがうたった。
僕はいつも尾崎豊の「15の夜」をうたっていた。


あったなあ、という情景を島田さんは温かく描く。
その情景はいま40歳くらいから50歳くらいのひとたちがみな、少しずつ共有している気がする。

 


高校一年の夏休み、学校の林間学校で長野に行かされた。
三泊四日くらいで、山の中にある宿舎にクラスメイトと泊まり、運動をしたり山登りをしたりする。
集団生活でストレスばかりかかった。

その帰りのバスにはカラオケ設備があった。
誰かがやろう、と言いだした。
クラスのヒエラルキー上層にいる、目立つ人たちが順番に歌いだし、それを内心(うるせえ…)と思いながら聞き流す。

あるときイントロで「あ、これ知ってる」という曲が流れた。
誰かが「これ歌ってるのって、TM NETWORKのサポートだった人らしいよ」と言った。
林間学校で何をしたかは全然覚えていないけど、長野県の山間部を走るバスの中でクラスメイトが歌うB'zの「太陽のKomachi Angel」が流れたときのことは今も頭に残っている。

 


どうっていうことのない話。つまらない話。

それでいいんだ。

そんなどうっていうことのない話を、僕らは日頃そこまで考えないけど、実は大切な関係である身近な人としないといけないんだ。

だって、その身近な人は、いつまで自分の近くにいるかわからないのだから。

明日、その人は病気で入院してしまうかもしれない。
家庭や仕事の事情で、遠距離に行ってしまい、もう二度と戻ってこないかもしれない。
気持ちの変化で、もう会わなくなってしまうかもしれない。

何か重要な話とかではない、どうっていうことない雑多な話をした時間だけが、会えなくなってから映像のように残るから。

 

 
この本を読んでから、僕はある人の顔が頭に思い浮かんだ。
学生時代、一緒によく遊んだけど、もうずいぶん交流のない人だ。
その人に、この「90年代の若者たち」を読んでほしい。いろんなことを思いだしてほしい。

でも、十年以上音沙汰がない人に、いきなり「久しぶり。元気?ちょっと読んでほしい本あるんだけど」とは送りずらい。

だから僕はこう送ろうと思ってる。


「ピエール瀧、逮捕されたね」と。


その人が「今さら!?」と返してくれることだけを願って。


(H)

 

April 24, 2019

ゴールデンウイークの営業につきまして


いつもご利用ありがとうございます。

今年のゴールデンウイークは下記の営業時間となります。

 

4/28(日) 休み

4/29(月・祝)~ 5/3(金・祝) 11:00~20:00営業

5/4(土)、5/5(日) 休み

5/6(月・祝) 11:00~20:00営業

5/7~ 通常営業

 


どうぞよろしくお願いいたします。


※4/30、5/1、5/2は新刊の発売があります


伊野尾書店

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