June 13, 2021

『こんなときだから海外に行った気分になる本が読みたい』フェア開催中

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気軽に海外旅行に行けなくなってしまってるので、海外に行った気分になる旅行記、特集雑誌、現地の料理を紹介した本を集めたフェアを始めました。


『こんなときだから海外に行った気分になる本が読みたい』


個人的に面白いなーと思ったのが日野トミーさんの『中国秘境紀行』(イーストプレス)。

中国の大都市ではない各地を巡るコミックエッセイ。

美味しそうな食事の直後にお腹を下したり、知らない文化を見ながら日本人への視線を感じたり、リアルです。

June 12, 2021

「喰うか喰われるか 私の山口組体験」溝口敦

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〇「喰うか喰われるか 私の山口組体験」溝口敦(講談社)


日本最大の暴力団、山口組を約50年にわたって取材してきたノンフィクションライターが山口組とのかかわりの歴史を綴った回顧録。
書かれる人間はほとんど実名。
私は暴力団情報に明るくないのでわからなかったが、詳しい人だと読んでて驚きや発見は多いのだろう。


組織の中で誰が上に上がっていくのかを観察して一喜一憂する人はとても多い。
会社(自社でも他社でも)の人事情報をチェックしてその差配についてああだこうだ論じたり、政治について「誰がどこのポジションか」を論じたり、プロ野球のプレーよりも監督人事に盛り上がる人は少なくない。

暴力団はアウトローな世界であり、多かれ少なかれ男が抱える「力への憧れ」を一部体現する人たちだ。組織の中で上にいくには暴力だけでなく人脈や人間力、経済力も必要だろう。
そんな感じで同じ界隈はもちろん、そうでなくてもヤクザ情報を知りたがる人は一定数いる。
私が書店員になった20年前は「実話時代」とか「実話時代BULL」がまあまあ売れていた。
「アサヒ芸能」「週刊大衆」にもヤクザ情報が必ず載っていた。

それは実在する暴力団員をキャラクターみたいにとらえてて「この中で誰が上がってくんだろう」みたいにウォッチングするエンターテイメントだったんだと思う。
構造としてはプロレスを見るのと一緒だ。

だが暴力団はテレビの向こうや、リングの上だけで見るものではない。
私たちと地続きの世界に生きている。
自分の生活に特に関わりがなければ彼岸の人たちとして見られるが、彼らから「自分たちの収益になる」あるいは「収益を阻害することをやっている」人間と見なされれば、そういうわけにはいかなくなる。
目をつけられた者は暴力の恐怖に身をさらすことになる。
インターネットが登場する以前の時代、市民が暴力の恐怖に怯えても広く世に訴えられる場は少なく、警察は暴力団の摘発に今ほど真剣ではなかった。

そんな時代に著者はライターとして暴力団と渡り合っていく。
時には彼らから与えられた情報で飯を食い、時には家族ともども暴力の恐怖を味わうことになる。


一読して、著者は檻の無い動物園みたいな場所をよく歩いてきたな…と感じる。

作品内で「殺菌​には日の光に晒すのが一番だ」という名言が出てくるが、まさに「暴力」が日の当たるところに出にくかった1970年代から80年代、著者は胆力と交渉力を発揮して渡り歩いていく。
読んでいると驚嘆しかない。

時代が変わり、暴力団は国家や警察がもくろんだ通り、弱体化した。
アウトサイダーの主役は彼らから、半グレと呼ばれる組織のゆるやかな集団に変わってきている。
時代が変わり、環境も変わり、人間も組織形態も少しずつ変わる。

ただ、「組織の中で誰が上に上がっていくのか」についてはこの先もそんなに変わらないのでは、と思う。
暴力、人脈、経済力、人間力。
人が集まると山ができる。その山で誰かが上にたち、また別の誰かが落とそうとする。落とされた人間の仲間が復権を狙い、さらにまた別の誰かが山に登ろうとする。
それを遠くから眺めて楽しむ者がいる。

「極地」に生きた男たちとそこから生還した男の物語を読むにつけ、そんな光景を思い浮かべてしまう。

June 10, 2021

「漫画家しながらツアーナースしています」

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〇「漫画家しながらツアーナースしています。 現役ナース・先生・ママの“推し”セレクション」明(集英社)


修学旅行や林間学校に同伴する看護師「ツアーナース」の日常を描くコミックエッセイ。

小学生時分、修学旅行や移動教室などの際に具合が悪くなった子を見るための付き添いの看護の方がいた。
この本を読むまで、そういう職業の人がいるということを意識することがなかった。実際に見ていたのに。

そうか、あれはどこかから派遣されてた方ではなくて、単発の契約(業務委託?)のような形だったんだ…とこの本で知りました。


バスの中で気分を悪くして吐く子が一人出ると別の子に連鎖する…なんて“あるある”は序の口。

場面緘黙症という、話せない子が旅先で具合が悪くなる。でも原因がわからない。その子も説明できない。

真夏に「日焼けして背中が痛い」と背中を見てみたら起きていた惨事。

貧血をよく起こし、「貧血がつらいのではなく、貧血になると『またサボっている』と見られるのがつらい」と訴える子。


子供たちは自分の症状を伝えることができなかったり、病気への知識がまったくなかったりする。
だから想定外の事態が起こる。


子供たちには長閑さと同時にある不安定な心がある。
だから付き添いのツアーナースは常に突発的なアクシデントが発生する可能性を考えながら業務に当たらなければならない。

また、医学知識がないのは子供だけではない。
時には医学知識に反する主張を押しつけてくる教員や保護者ともコミュニケーションをとらないといけない。
しかも彼ら彼女らはツアーナースをやや下に見てくる。
そしてツアーナースは決して恵まれた雇用条件にはなく、不安定な仕事である。

そういった問題点を描きつつもこの本は「子供たち」に向けられる視線が優しく、読後感がとてもよかった。

子どもを持つ親はもちろん、多くの人に勧められる作品だ思う。

June 03, 2021

「一度きりの大泉の話」萩尾望都

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〇「一度きりの大泉の話」萩尾望都 (河出書房新社)

話題になってたので読んでみた。
萩尾望都の漫画で読んだことがあるのは3.11の直後に福島のことを描いた『なのはな』だけで、『トーマの心臓』『ポーの一族』といった代表作は読んでない。竹宮惠子の作品も読んでない。ただ、2人が少女漫画界のレジェンドであることは知っている。
レジェンド2人がどういった関わりをしていて、どういった経緯で離別したのか。下衆な興味だけで読んだ。


この本は出版の経緯が特殊である。

福岡出身の萩尾望都はデビュー直後に練馬区大泉で竹宮惠子と借りた一軒家で共同生活をしていた。その住まいに萩尾たちは若い女性漫画家や、漫画家志望の若者を呼び交流する日々を送っている。のちに萩尾や竹宮はその頃を「大泉時代」と呼んでいる。

そのときのことを近年、聞かれる機会が増えた。
竹宮惠子が2016年に出した自伝「少年の名はジルベール」の中で、この時期のことを書いている。
それに対して萩尾に

「読みましたか?どう思いましたか?」
「竹宮さんと対談しませんか?」
「この時期のことをドラマ化したいんですが?」

と言ってくる人が後を絶たない。

私(=萩尾)は読んでないし、読みたくもない。対談もしないし、ドラマ化もやめてほしい。
もう当時のことは思い出したくもないので、触れないでほしい。

と言っても言っても次から次に同じようなことを聞かれたり、言われたりする。

「竹宮さんの本、読みましたか?読んだ方がいいですよ」
「竹宮さん対談しませんか?」

もう関わりたくない。
けれど、当時のことについてのらりくらりとした対応をしてきて、拒絶の理由をハッキリ言わなかった自分もよくなかったのかもしれない。
だから一度だけ、話そうと思う。
これを書いたら私はまた当時の記憶を封印し、そして二度と開けることはないつもりだ─。


そんな悲痛な決意のもと出版されたのが、この『一度きりの大泉の話』だ。
萩尾が漫画家デビューするまで、大泉時代の出会いと別れを現在の心境も交えて綴っている。


萩尾の目線で語られる、蜜月になった二人が別れる経緯と決定的な事件については詳述を伏せる。
それは直接読んでほしい。


この本を読んで思うのは「人間関係を構築、維持するのは難しい」という当たり前のことで。

「大泉時代」を俯瞰する。
1970年から1972年。三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地で自決するのをカラーになったばかりのテレビで見ていた時代。
まだ女性漫画家が少なかった。
「女性漫画誌」はあっても、それを作っているのは大半が男性だった。
福岡の萩尾の両親は漫画家になることも東京で一人暮らしすることも許さなかった。

そんな時代に、同世代で、趣味嗜好は近く、同じ目標を持った数少ない女性漫画家が顔を合わせる。
親交は深まる。

しかし人と人の関係は変化する。
まして同じ仕事をしている間柄である。

萩尾も竹宮もまだ二十歳そこそこだった。
活力と希望を抱えていても、他人との距離の取り方はまだ不慣れだったとしか思えない。
けれどそれは第三者が何か言えるものでもないし、まして後の時代の現代から「ああすればよかった」とか「どっちが正しい」と言えるものでもない。
ただ、若さゆえの溌溂とした希望の日々と、破綻した人間関係の経緯が書かれるだけである。


これを読んだあとに竹宮惠子の側から書かれた『少年の名はジルベール』も読んでみた。
というか読まないとわからない。

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そこで竹宮が書いているのは、人気作を描く萩尾への編集者の評価が自分とはあきらかに違うことへの嫉妬であったり、自分は書けずに徹夜したりしているのに萩尾は着々と描いて早寝早起きの生活ペースが乱れないことへの焦りが当時はあったことだった。
「事件」の根っこにはこの竹宮の感情が大きく影響しているのだが、そのことを萩尾は知らない。おそらく今後知ることもない。


人と人の交わりは本当に難しい、と感じる。
関係が融和することだけが正義ではないのかもしれない。

懸命に生きた二人の女性漫画家の生きざまからは「貴重なお話をありがとうございました」という感情しか出てこない。

 

(H)

May 23, 2021

戦前小説の漫画化に圧倒される 「短篇文藝漫画集 機械・猫町・東京だより」山川直人

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新刊が出たら内容問わず一も二もなく買うという漫画家が何人かいて、その中の一人が山川直人である。

およそ今ぽくない画風、ファンタジックで苦味が残るストーリー。「ガロ」っぽい、と言えるのかもしれないが「ガロ」を読んでないのでよくわからない。


そんな山川直人の新作が出た。横光利一、萩原朔太郎、太宰治という戦前作家の短編集をカバーした作品集。

この三編がどれも余韻を残すのだが、中でも巻頭の横光利一『機械』が際立ってすごかった。


時代は昭和初期。

主人公の「私」はネームプレート工場で働いている。

金属を加工させる仕事は様々な劇薬を使用するため、薬剤が皮膚や喉を痛めつけ身体に堪える。

「いつか辞めよう」と考えつつ、「でもここまで仕事を覚えたのだから」とも思ってしまってなかなか辞められない。


工場は経営者である主人とその細君、私、それと軽部という先輩職人の四人で回っている。

軽部は粗野な男で、「私」に乱暴な振る舞いをする。活劇映画を「本当にあったこと」と思い込み、「私」のことを「加工技術を盗みにきた他社の間者」と疑っている。

ある時、工場の主人が「私」に軽部には扱わせない複雑な加工作業を任せるようになったことで、二人の関係はさらに捻れていく。

現代で言うパワハラを続ける軽部に金属加工の化学式を見せて「君がやれるなら代わってやってくれ」と言うと化学式を読めない軽部は気勢をそがれ、おとなしくなっていく。


二人の関係に一時平穏が訪れた頃、主人が役所から大口の注文を取ってくる。

奥様は喜んでいるが、「私」と軽部は注文量を聞いて「これは眠れなくなる」と不安になる。

すると主人が同業者の知人から屋敷という職人の男を借りてくる。

屋敷は要領もよく、頭の回転も早い男だった。

やがて、「私」は屋敷が「他社から加工技術を盗みにきた間者ではないか」と疑い出す…。



この作品はブラックな労働環境下で、「私」を通じて語られる心理描写がすごい。

わかりやすく言うと『カイジ』とまったく同じ構造。

違うのはギャンブルでなく、同じ職場での仕事という点で。

「これ、今はこいつの言うことを聞いておいた方がいいのか…?」

みたいな煩悶が何層にもわたって書かれます。

そして「え!」という終わり方。


横光利一すげえ。

吉村昭とかもそうだけど、昭和の作品は人間の深淵に迫った小説を書いてますね。

圧倒されました。



○「短篇文藝漫画集  機械・猫町・東京だより」山川直人(水窓出版)

«『怒羅権と私 ~創設期メンバーの怒りと悲しみの半生』汪楠(彩図社)