February 12, 2017

地図共販の彼

神田村の日本地図共販の店売には二十代半ばくらいの顔立ちの整った男の子がいた。
彼を見ると「雑誌の『FINEBOYS』に出られそうだなー」といつも思った。
俳優の大東俊介が、当時の彼の面影に近い気がする。

地図共販の店売はそこまで広くないので、だいたいカウンターに社員が一人でいて対応することが多い。
それまでは特に特徴のないスーツの中年男性だったが、あるときからイケメンの彼に代わった。
彼はなぜか私服で働いており、白いシャツとブルージーンズをよく着ていた。

神田村というのは神保町の裏手にある中小の出版取次が集まった地域で、都内近郊の書店はそこに行けば現物を仕入れることができた。
その名の示す通り関係者だけが出入りする“村”で、顔を覚えられれば挨拶されるが、それまでは「誰?」といういぶかしげな視線を浴びることになる。
地図共販というのは地図、旅行ガイドに特化した特殊な取次だったので他の取次とは若干毛色が違っており、そういう閉鎖的な空気はあまりなかった。

ある日、地図共販の店売で持ち帰りの本を棚からピックアップしていると、イケメンの彼が「僕、代わりにやりましょうか?」と声をかけてきた。
よほど「あれはどこだ、これはどこだ…?」と右往左往していたのだろう。
当時の神田村の空気感で言えば「本は書店が持ち帰らせていただく」ものであって、取次側の人間が「書店のために本を探してピックアップしてくれる」というのは相当珍しい対応だった。
彼の前にいた前任者はそんなこと言うこともなかったので、おそらく彼自身の判断なのだろう。
ありがたくお願いすることにした。

それ以降、地図共販の店売に行くときは彼にピックアップをお願いすることが定番化した。
彼が店売の棚から本を抜いている間、私はヒマになってしまうのでよく棚を隅から隅まで眺めていた。

地図共販には他で見ない、いろいろな本が置いてあった。

引き出しのような平べったい棚に収納された、国土地理院発行の地形図。

東京都多摩地方に限定した街情報雑誌、「たまら・び」。

東南アジアの風俗情報誌、「Gダイアリー」。

日本各地の奇妙なものを集めた雑誌「八画文化会館」。

そういった雑誌を「こんなのもあるのかー」と眺めていると、彼が「お待たせしました」とピックアップを終えて、声をかけてくる。
そうすると読みかけの本を途中で置いていくのが忍びなくなり、「せっかくだから」とかなんとか言って一緒に仕入れて持って帰り、店で売ってみたりした。

けどその手の本はたいがい、たいして売れなかった。
あれはなんなのだろう。
店売ではすごく魅力的に見えるのに、自店に持ち帰ると途端に輝きを失う。
まるで旅先では「すごく良いもの」に見えたから買ってきたのに、家で開けてみるとそこまで魅力を感じないおみやげのような。
そういう空気が地図共販にはあった。

イケメンの彼は、あるとき部下らしき若い男性を紹介した。
「君、そんな若いのにもう部下ができたのね…」と心中思っていると、次の週からカウンターにいるのはその部下の男性になった。
部下の男性は、可もなく不可もない対応に終始していた。
「こないだまでここにいた彼は…?」と尋ねると、「ああ、営業に移りました」と言われた。

なんとなくつまんなくなったな、と思っているうちに、地図共販の店売は閉鎖されることになった。2012年3月のことだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170210-00010002-teikokudb-ind

地図共販が破産したというニュースを聞いたとき、イケメンの彼はどうしただろうか、と思った。

彼は最後まで会社に残っていたのだろうか。それとももうとっくに辞めていて、今は別の仕事に就いているだろうか。

私は彼の名前を知らない。
我々はあくまで事務員と客みたいな関係で、名刺交換とかは一切しなかった。
夏休み明けには「帰省したんですか」と聞き、甲子園が盛り上がれば「ハンカチ王子すごいっすね」と話し、雪が降って寒い日には「今日書店さん全然来ないっすよ」とか話してたのに、私は彼の名前を知らない。
『ハリー・ポッター』が出ると「売れてますか?」と聞き、村上春樹の新刊が出れば「売れてますか?」と聞き、かならずそのあとに「まあ僕ら関係ないっすけどね」とつぶやき、時刻表と地図、旅行ガイドを出し、伝票を作っていた彼が今どうしているか、私は何も知らない。

『FINEBOYS』に出られそうだった彼も、もう三十代前半くらいになっただろう。
きっと今もイケメンなんだろうなと思っている。

February 04, 2017

世界のヤバいところばかり行く人たちの本

2/1からTBSの人気番組『クレイジージャーニー』出演者と、いつ番組に出演してもおかしくないだろうという方々の本を集めたフェア「世界のヤバいところばかり行く人たちの本」を始めました。

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並べてみるとすごい本、というかすごい人ばかり…!

「世界のヤバいところばかり行く人たちの本」フェアは下記の方々の著作(代表作を中心に)を

集めています。

(敬称略・順不同)

○丸山 ゴンザレス
スラム&闇社会に体当たり取材 「クレイジージャーニー」といえばこの人!

○佐藤 健寿
世界中の奇怪なものを追い求める写真家

○服部文祥
食料を現地調達する過酷なスタイルで山に挑むサバイバル登山家

○高野秀行
誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書くノンフィクショ
ン作家

○角幡唯介
極限の世界に身を投じる探検ノンフィクション作家

○KEI
アメリカの極悪刑務所を渡り歩いて来た男 

○松本 紀生
マイナス40度の氷河に一人で住みこむ写真家

○高井研
潜水調査船「しんかい6500」による最多潜行回数を誇る生物学者

○ヨシダナギ
服を脱ぎアフリカ民族と同じ姿で撮る女性写真家

○吉田悠軌
オカルトの旅案内人

○吉田勝次
今まで入った洞窟は国内外で1000以上!破天荒でロマンチストな洞窟探検家

○木原直哉
1年の半分をカジノで過ごす東大卒プロポーカープレイヤー

○塩沼亮潤
1300年でたった2人しか成し遂げていない『大峯千日回峰行』という修行を制覇した僧侶

○永瀬忠志
砂漠、ジャングル、リアカー引いて地球一周分歩き倒した男

いや…本当にこうして並べてみると…濃いなあ(笑)。

個人的に気になる本は「獲物山」(服部文祥)「洞窟ばか」(吉田勝次)ですね。

2/28までの開催予定です。

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January 10, 2017

成人式と年間ベストセラー

成人の日も終わってしまいましたが、2017年あけましておめでとうございます。
東京の成人の日って毎年天気悪い印象があるのですが気のせいでしょうか。

自分が成人式に出席したのは今から22年前のことで、19歳のときに若気の至りで作った藤色のスーツを着ていったのですが、特に周囲からはリアクションはなかった気がします。
「こっちが考えるほど周囲の人間は自分に関心など持たないのだな」ということを新成人として学びました。

その年の成人式にはゲストとして爆風スランプのみなさんがいらしてくださり、区長の挨拶や新成人の誓いのあとに「Runner」と「大きな玉ねぎの下で」を歌っていました。

ちなみに前の年のゲストはGAOだったそうです。
知っていますか?GAO。
中性的な方で、「サヨナラ」って歌を歌ってたんですけど。まあGAOのことはいいや。

式が終わると会場の外で出身中学別に友達の輪ができていて、しかし中学から私立に行ってしまった自分はこれといって加わる輪がなく、なんとなく顔見知りが多い小学校の同級生が多数いた近くの中学の輪の外側にいたのですが当然輪には入れず、そのままその場を立ち去って一人電車で帰りました。

駅で電車を待っていたらそこに同じ小学校の同級生で、とはいえそこまで仲が良かったわけでもない、まあ顔見知りくらいの武藤君という人がやってきて、声をかけるとなんとなくそのままの流れで二人並んで電車に乗りました。

武藤君は明るくて友達も多かったような印象があるのでこんな早い時間に帰るのは意外だなと思い、「みんなまだいたけどもう帰るの?」と聞くと、武藤君は「いや、まだいたかったけど、俺いま板前の仕事やってて。このあとも店に行かないといけないんだ」と言っていて、ああ、大人だ…!とショックを受けました。

それが自分にとっての成人式の思い出です。

二十歳って、バラバラですよね。いろんな二十歳がいて。
そのバラバラが一緒くたにされているのが、あの集まりだったと思います。

新成人のみなさん、おめでとうございます。
バラバラに生きてってください。

今年も伊野尾書店をよろしくお願いいたします。

 

 

うちの店は業務的に年末がいつまでもバタバタしていて、年始はわりと余裕があったりするので2016年の当店の年間ベストセラーを算出してみました。
販売実数も出してしまいましょう。
こんな感じです。

 

【総合】 2016/1/1~2016/12/31

1 天才 石原 慎太郎 幻冬舎      55冊
2 プロレスという生き方 三田 佐代子  中央公論新社  54冊        
3 ネットのバカ 中川淳一郎  新潮社   45冊
4 九十歳。何がめでたい 佐藤 愛子  小学館   42冊
5 羊と鋼の森        宮下 奈都  文藝春秋   40冊
5 嫌われる勇気 岸見一郎  ダイヤモンド社  40冊         
7 コンビニ人間 村田 沙耶香  文藝春秋  39冊
8 つくおき 週末まとめて作り置きレシピ nozomi  光文社 38冊
9 どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法 Eiko  サンマ-ク出版    37冊     
9 ハリー・ポッターと呪いの子 第一部、第二部 特別リハーサル版 J.K.ローリング  静山社  37冊     

三田さんと中川さんの本以外はわりと普通だと思います。
三田さんの本はイベント、中川さんの本は一括購入がありましたがこの2冊はそれ以外でも店頭でも根強く売れました。

 

データを見てて「これ、こんなに売れたんだ」って本はこれですかね。

○「正しい日本語の使い方」 吉田裕子 エイ出版社  22冊

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コミュニケーション実践本は常に一定売れるのですが、この本はムック扱いで596円(税込)と安いのでお求めやすかったのかもしれません。

あとは何回か紹介している

○「断片的なものの社会学」 岸政彦(朝日出版社)   18冊

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これは2015年5月発行の本なんで、2016年だけでこれだけ売れたのはすごいことだと思います。

 

そして文庫はこんな感じです。

 

【文庫】

1 小説 君の名は。 新海 誠 KADOKAWA  82冊
2 命売ります 三島 由起夫 筑摩書房  49冊
3 ぼくは明日、昨日のきみとデ-トする 七月隆文 宝島社  48冊
4 竹屋ノ渡 居眠り磐音江戸双紙(50)  佐伯 泰英 双葉社  44冊
5 旅立ノ朝 居眠り磐音江戸双紙(51) 佐伯 泰英 双葉社  41冊
6 何者  朝井リョウ   新潮社     37冊
6 お前なんかもう死んでいる 有吉弘行 双葉社 37冊
8 村上海賊の娘 (1)   和田 竜  新潮社 36冊
9 夢幻花  東野 圭吾  PHP研究所   35冊
10 手紙  東野 圭吾  文藝春秋  35冊

 
                 
「命売ります」はもちろん新刊じゃなくて初版1968年発行の、三島由紀夫が昔書いたエンタメ小説で、それを出版元の筑摩書房が「隠れた怪作小説発見」みたいな感じのプロモーションをずっとしていて、それが功を制して一年通じてのロングセラーになりました。
確かに「三島由紀夫、こんな小説書いてたんだ」という作品です。

http://www.chikumashobo.co.jp/special/inochi_urimasu/

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東野圭吾「手紙」は何年か前のベストセラーですが、春先に展開した「本を読んで泣きたい」というフェアで好評だったので継続して出してたところこれもロングセラーになりました。
累計で100冊を超えた有吉さんの「お前なんかもう死んでいる」もそうですが、文庫はロングセラーが強いです。

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☆年末年始に読んだ本

○「聖域 関東連合の金脈とVIPコネクション」柴田大輔(宝島社)

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「いびつな絆」「破戒の連鎖」に続く関東連合三部作。
今作から筆名を止めて本名にしたところに著者の覚悟のような気持ちが見えます。

ロバート・ホワイティングの『東京アンダーワールド』現代版というか、1990年代後半から2000年代にかけて東京の知らないところでこんなことが起きていたんだな…!とため息の出るような話です。
アウトローの世界で生きてきた著者が表のビジネスに転出しようとしてもがきながら徐々にその事業を大きくしていく様は圧巻でした。

そして暴力の支配する世界は揉め事が飯の種のような世界であり、率先して揉め事を起こそうとする人物が多くいて、そんなのに始終まとわりつかれる生活に著者がいい加減嫌気がさしてゆくのもそりゃそうだろうな、と思いました。
(もちろんその昔は著者自身が暴力を仕向ける方の立場にいたこともあったのではないかと推測しますが)

そんなトラブル続きの中でうまく切り抜けたり、屈辱的な結末を迎えたりしていく場面は迫力がありました。

著者の経歴的に「読む気になれない」という声もあると思いますが、「知らない世界を教えてくれる」ノンフィクションという本の特性を考えると、稀有な内容ではないかと思います。

 

○「1984年のUWF」柳澤健(文藝春秋) ※1月27日発売

http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163905945

1月末に発売される柳澤健さんの「1984年のUWF」、単行本原稿を一足先に読ませてもらいました。
(「Number」で連載されていたので読んでいた方も多いと思います)

面白かった。そしてこれは論議を呼びそうだ、と思いました。

UWFを富士山に例えると、今まで前田日明が「富士山は静岡から見るものや」と言ってたのを柳澤さんは「いや、富士山は山梨から見るとこうですよ」と描いた、そんな感覚があります。
どちらも富士山を見てるんだけど、見る場所が違うので見える風景が微妙に違う。

おそらく「柳澤は何を書いてるんだ」という声が出てくるような気がします。
今まで捉えられていたUWFの見方とはちょっと違う。
けどそれもまた一つの「UWFの真実」なのではないかという気がします。

個人的には、よくオランダまで行ってクリス・ドールマンやジェラルド・ゴルドーの話聞いてきたな、と。

そして私自身はそんなにUWFに愛着がなかったのですが、最後に出てくる堀江ガンツさんが「自分にとってのUWFとは」に続く言葉はものすごく沁みました。

「プロレス」に興味がある、すべての人に読んでほしいです。
読めば、いつの時代にも既存の価値観とは別の価値観を作ろうとする若者たちの姿があることが伝わってくるのではないかと思います。

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☆「大人の科学」アウトレットセール

学研「大人の科学」アウトレットセールを始めました。

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箱に傷みがあるけど中身は新品同様のものを安く売ってます。
手を触れずに演奏できる電子楽器として有名になったテルミン(定価2500円→特価1200円)、ワイヤレス給電の実験ができる「電磁実験スピーカー」(2800円→1400円)など4種類。

2月下旬までの期間限定商品です。
お早目にどうぞ。

 

☆1月下旬にある企画を始めます。
 その名も「どうしても読んでもらいたい本」。
 詳細はまた追って発表します。
 「どうしても読んでもらいたい本」があります。

 

(H)

December 30, 2016

伊野尾アワード2016

私はほとんどSMAPに関心のないまま半生を送ってきてしまったのですが、そんな私が先日「せっかくだから最後に見ておくか」と軽い気持ちで12/26放送「SMAP×SMAP」を見てたら最後に彼らのこれまでの歴史を振り返るVTRが流れて、そのあとに真っ白なスタジオで最後の「世界に一つだけの花」を聞いていたら自分でもビックリするくらいの欠落感に覆われてしまいました。
ずっとこの一年解散報道があったりして騒動になってたわりにはほとんど映像を見てなかったというのがあるのですが、歌う5人を見てて「過ぎ去った時間と戻らない関係」みたいなのがすごく感じられて、それが結構きました。

一つの時代の終わりを、年の瀬に痛烈に感じました。
「笑っていいとも」の終了とSMAPの解散は、時代の移り変わりを象徴する結構なトピックだったように思います。

そんな年の瀬でバタバタしているうちに今年も残りあとわずかになってしまいました。

今年はあまり更新ができなかったなあ…。

この時期になると
「去年の大晦日は○○さん(スタッフの名前)と働いたなあ」
「その前の年は××さんと働いてたっけ」
とかそういうことを思い出します。
同じ店にずっといると店も人もあんまり変わっていないようで、実は少しずつ少しずつ変化してきているんだなと一年の終わりに実感します。

10年くらい前の大晦日、Nさんという当時まだ入って半年くらいのアルバイトの女の子と入ったことがありました。
Nさんは本屋の仕事はあまり要領がよくなかったのですが、大掃除になった途端急にイキイキと動いてくれて、「あ、そんなところまで掃除してくれるんだ、ありがたいなあ」となったことを思い出します。

人によって才能を発揮できる場所は違ってて、上司にあたる側はその場所を見つけ出してやらないといけないんだなあ、と。
あれは勉強になりました。

伊野尾書店は来年はどうしてるんでしょう。
「小さな変化はいろいろあったけど、なんとかまあ今年もやってこられたね」と言えてますように。

 

さて、今年も誰が待っているのかわからない謎の選定グランプリ「伊野尾アワード」を発表したいと思います。
すっかり伊野尾慧さんが有名になってしまったおかげでまるで慧さんが選んでるかのように誤解されるおそれがありそうですが、中井の本屋が勝手に発表している極私的アワードです。

 

では発表します。

【2016年伊野尾が選ぶ最高の本】はこの本です!

 

○「漂流」角幡唯介/著(新潮社)

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はい、以前ここでも紹介した本ですが、この本にしたいと思います。

これはそうそう書けないです。
冒頭のつかみが良すぎる。
本筋から離れた佐良浜(沖縄の伊良部島にある漁村)に関する歴史話、漁業エピソードの数々が面白すぎる。
話の急展開。
遠く異国のどこにいるのか見当もつかない人間を訪ね歩くその努力と、その努力が結実する瞬間のカタルシス。
そして予想外の結末。

生存が絶望的な状況から奇跡的に救出された漂流事故の真実を「本の核」にしながら、そこにたどりつくまでの急展開する取材過程がそのまま物語になるという、よくできたドキュメンタリー映画のような構成のノンフィクションです。

本当にこれは面白かった。
角幡さんはノンフィクション作家として一段上に行ったな、という気がしました。
角幡さんは書いてる本のクオリティの高さに比してなぜかまだそこまでの知名度が出てませんが、時間の問題でこれから必ず有名になりますので、いまのうちにチェックしてほしいです。

でもうっかりすると角幡さんは「クレイジージャーニー」に呼ばれてそっちで有名になってしまいそうな気もするんだよな…。高野さんも出ちゃったし。
チベット奥地のツアンポー峡谷に行った話をテレビでしてほしいです。

 

■小説部門

 

○角田光代「坂の途中の家」(朝日新聞出版)

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もう角田さんの小説がいかに素晴らしいかを書くのはイチローがどれだけ野球選手として素晴らしいかというのを説明するぐらい、当たり前すぎて逆に難しいんですけどこの「坂の途中の家」は本当っにやばかったです。
やばかった、というしかない。
グサッとしました。

ストーリーとしては小さな子供がいる主人公の女性が虐待事件の裁判員裁判に選ばれ、渋々関わっているうちに事件の話が少しずつ自分の内面を掻き乱していく…という小説なのですが…電車ベビーカー問題とか、結婚/未婚、子供のいる/いないにまつわるどうにもならない断絶、SNSでのリア充投稿とそれにイラッとする気持ち、そういった男女、夫婦、家族といった人間関係にまつわる問題の根っこみたいなものがすべて書かれてます。

多くの人に読んでもらいたい小説です。

 

■実用書部門

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今年の実用書業界はとにかく「どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法」(サンマーク出版 )、通称「開脚本」の独走でしたね。
100万部いったとか。
おめでとうございます。

この本、中見てないとよく勘違いされやすいんですけど、開脚のやり方がただ載ってるガイド本じゃないですからね。
もちろんそういうページもあるんですけど、大半を占めてるのは「開脚もできないやつが何かを成せると思うな」という小説ですからね。
40歳の商社課長と32歳同僚女性社員、それに45歳部長さんの3人による『開脚できて人生変わった』物語が本の中心です。

構成としては「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」みたいな本なんですよ。
そのへんがあまり認知されておらず「え、こんな本なの?」みたいなことが起きているないような気がいたします。

 

あとは「金スマ」でとりあげられたのをきっかけに2016年終盤にかけて怒涛の勢いで盛り上がった「やせるおかず 作りおき」(小学館)だと思いますが、実はこの何年かずっと「常備菜」(主婦と生活社)とか「つくおき」(光文社)が売れてたり、ちょっとした作り置き料理ブームなんですよね。
そういう流れが来ているんだなあと思います。

そして私の大好きな健康書本界隈でいうと、今年は「レモン酢」ですかね。
知ってますか?
レモン酢。
その名のとおり、レモンの酢漬けを食べると健康によくなるそうです。

○「レモン酢でやせる!病気が治る!」(マキノ出版)

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あれ、去年「酢たまねぎ」ってのが流行ってなかった?…と記憶力の良いそこのあなたへ。

大丈夫です。なんなら「酢キャベツ」ってのもありましたから。

○「ドカンとやせる!酢キャベツダイエット」

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もうなんでも酢に漬けたらいいんじゃないかな。

 

■児童書部門

2016年の児童書トピックスとしてはまず

☆ヨシタケシンスケ大ブレイク

ですね。

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ヨシタケシンスケさんといえばもともと知られた存在の絵本作家ではありましたが、そのヨシタケさんがいかに今ブレイクしているかを説明するには絵本雑誌「MOE」が選定している「MOE絵本屋さん大賞」という絵本界の一番すぐれた本を決めるアワードを取り上げましょう。

この「MOE絵本屋さん大賞」はその年に出た絵本の中から「全国の1900人の絵本専門店・書店の児童書売り場担当者にアンケートを実施、その年に最も支持された絵本30冊を決定」というアワードなのですが、今年2016年の(第9回)第一位はヨシタケさんの『もうぬげない』(ブロンズ新社)でした。
そして第二位は同じくヨシタケさんの『このあとどうしちゃおう』(PHP研究所)です。

去年の「第8回MOE絵本屋さん大賞」はヨシタケさんの『りゆうがあります』(PHP研究所)でした。
3年前の第6回MOE絵本屋さん大賞第1位はヨシタケさんの『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)です。

過去4年のうち3回を一人で制覇という、将棋の渡辺竜王か白鵬かイチローか、というような圧倒的な強さを見せてるのがヨシタケさんなのです。

ヨシタケさんの絵本は独特のおかしみのあるイラストで、哲学的なテーマや発想の転換が描かれるのが特長です。
『もうぬげない』はお母さんに「お風呂に入りなさい!」と言われて仕方なくお風呂に行こうとしたらシャツが脱げなくなった少年の話ですが、「もしもこのままシャツが脱げなくなったらどうやって生きていこう」とか「もしかしたら世界には僕と同じようにシャツが脱げなくなった子がいるんじゃないか」とか壮大なことを考える、楽しいお話です。
ヨシタケさんの絵本は大人が読んでも面白いです。

そしてもう一つが、

読むだけで子どもがすぐ眠くなるという絵本「おやすみ、ロジャー」(飛鳥新社)大ヒット

ですね。

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これたしかに子どもも眠くなると思うんですが、読む方も眠くなるんですがどうなんでしょうか…。

そんな2016年の児童書でわたしのイチオシはこの本です。

○「いしゃがよい」(福音館書店)

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山で迷子のパンダを見つけたエンさんは、ファンファンと名付けて育てます。
ファンファンは体が弱く、エンさんはファンファンを自転車に乗せてひと山越え、ふた山越えて医者通いする…というお話なんですが。

これねー!泣けると同時にめっちゃ現代的なテーマを内包してるんですよ(笑)
あんまり言うとネタバレになるのでこのへんにしますが。
「いい話だね」で終わらない絵本です。
なんだったら「現代社会」の棚に並べたいくらいの内容です。

 

 

■雑誌部門

今年の雑誌はもうこれしかないんじゃないでしょうか。

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○週刊文春

いやもう、想像してみてください。「週刊文春」のない世界を。

きっと今でもベッキーはCMにも「世界の果てまでイッテQ!」にも出てたし、紅白歌合戦にゲスの極み乙女は出ていただろうし、東京都知事はまだ舛添要一さんだったかもしれないし、選挙になったとして当初は支持率高かった鳥越俊太郎さんが今頃都知事になってたかもしれないわけだし、日本レコード大賞は何事もなかったように…このへんにしましょう。

でも真面目な話、週刊誌メディアというのが世の中になかったら官製情報というか、「大きい組織からの公式発表」 だけで世界が動いていく、そんな怖さがあります。
ネットは「市民発SNS炎上」的な市民生活の中から社会問題を告発する分野は得意だけど、大きな組織の出てこない情報を取ってくるというのは極めて難しいメディアです。

本来なら朝日新聞とかがやってほしいなと思いながら新聞もそういうスクープ報道にはすっかり元気がなくなってしまい、やってるのが週刊誌(=出版社)くらいしかない、ってのが何より問題なんだろうなと思います。

今やってる「ユニクロ潜入記」とかすごいですよね。横田さん解雇されちゃいましたけど(そらそうでしょうね)。あんなのどこもやれないです。
2ちゃんねるでの「ユニクロで働いてるけど質問ある?」と違って掲載責任を取って出してるわけです。

そもそも載せた内容をユニクロ広報部にぶつけて「この内容は本当ですか?どうお考えですか?」と毎週聞いてるんです(そして毎週「お答えすることはありません」とユニクロ広報部が答えるのが定番化してます)

数年前、週刊誌の売り上げはどんどん落ち込んでいって「週刊誌はもうダメなのかな…」と思ったことがあったのですが、ここに来て回復傾向にある。(週刊現代なども回復してます)

何より、今や女子高生がみんな「週刊文春」を知ってる、記事によっては読んでいるというのは、5年くらい前の状態を思えば奇跡のようなことです。
そういう意味もこめて「週刊文春」に一票。

 

■映画部門

☆「孤高の遠吠」

「静岡県富士宮市の名物は焼きそばじゃなくて喧嘩」と言う小林勇貴監督が地元の不良たちに実際にあった出来事(揉め事)を取材し、それを軸に書いたストーリーを富士宮の本物の不良たちに演じさせて撮影した青春群像映画。
これ今年見た映画で一番インパクトありました。
衝撃度で言うと「ゆきゆきて神軍」を最初に見たときと同じくらいに。
いちおう「フィクション」なんですけど、出ている人は「本職」だし、エピソードの数々は実際に聞いた話を再現したということで異様にリアリティのある暴力の恐怖が伝わってきます。

これ私新宿のK's cinemaで見たんですけど、隣の隣に座ってた男性4人組のグループが上映中に何度も席を立つ、上映中にスマホを見て光らす、上映中にお仲間の方と談笑される、あまり柄のおよろしくない方々だったのですが、映画とリンクしてとても注意できる気分になれなかったことも印象深いです。

DVDは一般販売されてませんが、TSUTAYAではレンタルしているらしいです。
尊野蛮!!!

 

■音楽部門

☆never young beach - 明るい未来

最初に聴いたときから「あああ…」って感覚があったんですよね。
昔っぽいですよね。昭和フォーク的な。どこかで「はっぴいえんどの再来」と書かれてましたが、ああなるほどと思いました。
こういうどこか物悲しさを感じさせる曲が私は好きです。

 

■プロ野球部門

毎年このアワードでは、その年のプロ野球での一番印象的な場面を書いてるんですが、2016年のプロ野球はこの場面ではないでしょうか。

マンガ「大谷翔平物語」があったら、これ第一部のクライマックスじゃないでしょうか。
実況アナウンサーが「164キロ!自己最速!」のあと、「165キロ!!」で札幌ドームが異様などよめきになったあたりで私は「こんなん…あるのか…」という気持ちでいっぱいでした。
子どものころからプロ野球をずっと見てきましたが、プロ野球にはこんな人が出てきたんだ…!という驚きと呆れみたいなのが混ざって、その結果ただ「すげえ…」とだけしか言えない、茫然自失とした感覚でした。

プロ野球の歴史に残る場面だったと思います。

 

■最後に

最近出たコミックから一つ。

○「人間仮免中つづき」卯月妙子(小学館)

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壮絶すぎる半生と闘病記を描いた「人間仮免中」。
2012年の伊野尾アワードはこの本を「伊野尾が選ぶ最高の本」にしました。
http://inoo.cocolog-nifty.com/news/2012/12/index.html

今作はこの「人間仮免中」の続編です。

まず卯月さんが続編が書けるコンディションにあったんだ、というのに驚きます。
読んでみると「よくこんな状態で書いたな…」と違う意味でさらに驚く。
前より病状が悪化しながら、それでも書くという物書きの魂に震えます。

そしてそんな状態の悪い卯月さんを25歳年上の恋人・ボビーが必死に護る。
二人はたびたび些細なことで喧嘩しながら、互いを必要として面倒のある生活を受け入れる。
苛烈な生活のそこかしこに「…愛だ」と思わずにいられないエピソードが多々描かれます。
ある理由で下剤を飲んだ卯月さんがボビーが入浴中のユニットバスにかけこんだときのボビーのかける言葉の温かみは、過去読んだことのないものでした。

前作が「病気になった!」話ならこちらは「病気になった」後の話で、作品を貫くニュアンスは少しだけ変わってますが「人間とは何か」というテーマは変わってません。
これからの人生で繰り返し読みたいと思います。

…長くなったなあ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。

2016年はいろいろありました。
2016年も、いろいろあったというべきでしょうか。
一年あるといろんなことが起きました。

長く勤めてくれたスタッフさんとお別れしたり、新しいスタッフさんが来てまた一から教えたり、「一週間前にここで買った旅行ガイドに載ってる情報が現地にいったら違ってた、それで損害を受けた、だから返金しろ」という要望を断ったところから警察を呼ぶような事態が起きたり、税務調査が入ったり(笑)。

いい話もありました。
三田佐代子さんのイベントを店でやったり、鈴木健さんのDDT講座を開いたり(次回は来年1/29開催です)、NumberWebで書評を書く仕事いただいたり、今年も「中井文庫」にいろんな人が参加してくださったり。
いろんな作家さんが来店してくださってサイン本作ってくれたり。
楽しい、っていうよりありがたいなあ、って話が多々ありました。

悲しい別れも多くあったり。

「閉店のおしらせ」から始まる同業者の寂しい知らせも多く届いたり。
僕がこの仕事を始めたとき、「すげーなあー」って見上げていた本屋が閉めたりやめていってて。
何年か前までそこに本屋があったのに今はもう無い、という場所を通りがかって「まさかここが閉まって自分ところが残ってるとは思わなかったな…」と考えたことが今年何回かありました。
毎回書いてますが、「バトル・ロワイヤル」に生き残ってる気分です。
って「バトル・ロワイヤル」ももう若い人には通じなくなってきてるんだろうなあ。

年々お客様が来てくれるのはありがたいことだなと感じるようになってます。
同じぐらい店で働いてくれてるスタッフの人たちはありがたいなあ、って。
本当にいろんな人の支えがあって商売できてるんだな、って思います。
…なんか「お客様は有り難い」とかそういう格言書いてトイレに貼る居酒屋とかラーメン屋の店主の気持ちがわかるようになりました。

2017年もがんばります。

ここを読んでくださってるみなさまがずっと元気でありますように。

(H)

December 18, 2016

「鈴木健.txtのDDT20年史ドラマティック講座 第三回」開催のおしらせ

こちらに書くのは直前になってしまいましたが、12/25(日) 16:00~「鈴木健.txtのDDT20年史ドラマティック講座 第三回」を開催いたします。

詳しい内容・講座へのお申し込みはこちらのページをご参照ください。
http://kokucheese.com/event/index/440508/

なお、第四回の講座は2017年1月29日(日)16:00~の開催です。

「鈴木健.txtのDDT20年史ドラマティック講座」についてはTwitterの告知が早いので、ときどきご覧いただけると幸いです。
https://twitter.com/inooshoten

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